KAGUTSUCHI -日本最強の元軍人は、愛する妹の為にアキバを蹂躙する-
橋塲 窮奇
第1話 元・軍人の日常
——『朝起きたらまず、コーヒーを一杯流し込め。そして森を駆け抜けるんだ』
俺を育ててくれた教官は、耳が痛くなる程にそう言い聞かせてきた。
小鳥が囀る音と、草花が風で揺れる音。そして差し込む陽光で俺は目を覚ます。
即座に起き上がり、ベッドメイキング。それからすぐにキッチンへ向かう。電気ケトルでお湯を沸かしている間にコーヒーフィルターにコーヒー粉を入れる。
ドリッパーにセットして、沸いたお湯をゆっくり注ぐ。
ポタリ、ポタリと落ちる音が心地よい。そして広がる芳醇な匂いもたまらない。
「よし」
マグカップに並々注がれたコーヒーを、一気に喉に流し込む。
感じる。カフェインが脳へと一直線に向かい、寝惚けた脳味噌を叩き起こす。
目覚めのコーヒーで目を覚ましたところで、俺は自室に戻りスポーツウェアに着替える。そして外へと駆り出す。
俺——
周りに家は少なく、隣にあるのは湿った未開拓の森林である。
俺はそんな場所へと踏み込み、走る。
舗装もされていない、ほぼ獣道と呼んでもいい所をひたすらに駆けていく。
道に迷わないのか? と心配する必要はない。
ここに住んで二年。そしてこのルーティンを繰り返す事、二年。どこに行けば抜け出せるかは感覚で理解している。
「今日も十キロ……っと」
森の中を端から端まで走って、俺はスマートウォッチを確認する。
そこには心拍数と走った距離、カロリー消費量などが表示されている。
きっちりきっかり十キロ。身体も温まって来た。
「お兄ちゃん、おはよ」
「ああ、おはよう
「は~い」
家に帰ると、寝間着姿の可愛らしい黒髪の少女がいた。
俺の妹——
眠い目を擦りながら明澄は食卓へと向かう。
俺は顔を洗ってからキッチンに向かった。朝食の準備だ。
ベーコンを焼いて、目玉焼きも作る。次にトースターで食パンを焼く。
そうして朝食が完成する。至って普通のブレックファストだ。
「明澄、出来たぞ。そろそろ起きろ。今日も学校だろ?」
「うん……でも今日は中間テストがあるんだよ~……いやだぁ」
「大丈夫だって。お前は頭がいいからな、だからそんな顔をするな」
「お兄ちゃんはわたしを過大評価しすぎなんだよ~。どれくらい過大かって言えば、ヤサイニンニクマシマシな二郎ラーメンくらい過大だよ」
「まさか。俺はいつだってお前を正当に、慎重に審議した上で褒めているんだぞ。並の線審なんて蹴散らせるくらいには、公正公平だ」
「蹴散らす時点で思いっきり公正じゃない気がするんだけど」
「細かい事はいいんだ。それよりもほら、早く食べるんだ。遅刻するぞ」
「は~い」
俺の家族は明澄だけだ。
両親は幼い頃に他界している。色々とありつつも、今は平和に暮らしている。
正直、こんな日常が手に入るとは思っていなかった。
あんな地獄のような場所からこうして抜け出す事が出来た。それもこれも、周りの人間が応援してくれたおかげだ。
二十二歳の第二の人生は、まだ始まったばかりだ。
今は隠居生活のような事をしているが、そのうちちゃんとした仕事を見つける必要がある。幸いにも貯蓄には余裕がある。だが、それに頼っているだけではいずれ困窮してしまう。
それだけは避けなければいけない。明澄の為に。
——だが、俺に出来る仕事など、あるのだろうか。
「ごちそうさま!」
明澄は朝食を食べ終えるとすぐに登校の準備を始めた。
バタバタと奔走する姿は、とても微笑ましいものだった。
少し抜けている部分もあるが、それでも地頭は良い方だ。俺がわざわざ面倒見る必要も、ないのかも知れないな……。
「……そう考えると、嫌だな」
「ん? どうしたの、お兄ちゃん?」
「いや、何でもない。忘れ物はないか? ……って、寝癖ついてるぞ」
「ふぇ⁉ あぁっ、ほんとだ……おっかしいなぁ」
櫛でアンテナのように跳ね返った髪を梳かしているが、一向に直る気配はない。
仕方ないな、と思いつつ俺が寝癖を直す。綺麗なストレートロングヘアとなる。
「ありがとね、お兄ちゃん!」
「気にするな」
ローファーを履き、鞄を肩に提げて振り返る。その姿はきっと、全ての人間を魅了するものだろう。少なくとも俺は、その魔力に侵されている。
「それじゃあ、いってきますっ!」
ガチャリ——陽気に玄関の扉を開ける。
————それが、俺たちの日常に終わりを告げた。
「動くな、大人しくしろ」
飛び込んできたのは、黒服姿の男七人。
そして、銃口だった。
「え、な」
明澄が硬直する。俺はその瞬間に動いていた。
一瞬にして明澄を庇うように前に出て、一瞬にして黒服たちの拳銃を叩き落とす。
右手首を押さえ、後退る先頭の三人。
だが、残りの四人は機関銃を構えていた。なるほど、想定済みか。
「下手な動きをするな。他に四人、既にこの家を包囲している。意味が分かるな?」
機関銃を持つ黒服の一人が警告する。
要するに「お前の妹などすぐに殺せるぞ」と——そう脅している訳だ。
そんな脅しで、俺は簡単には狼狽えない。
バキンッ‼
俺はまず玄関の扉を素手で引き剥がした。
ブゥンッ‼
次に機関銃の四人組に向けて扉を思い切り振り回す。
ダッ、ガッ‼
そして扉を放して黒服たちの背後に回り込み、腕を折っていく。
機関銃がするりと手から落ちて、四人は悶え苦しむ。
ズガガガ‼
その音を聞きつけた包囲していた連中が機関銃をぶっ放す。
が、俺はすぐさま剥がした扉を拾い上げ、盾にして明澄を守る。
チタン合金製の扉だ、弾丸は貫通しない。そして扉を立てて、一瞬で奴らの足下に接近する。対応できずに、黒服たちは鳩尾を突かれ倒れ伏す。
そして扉が倒れる寸前に右手で支え、反対側に倒す。
砂埃が舞い上がり、家の中は大地震でも起きたのかと思うように破壊されていた。
どうするんだ、この惨状。
いや、その前にこいつらは何なんだ? どうして急に襲って来た?
心当たりがない——そう、言いたいところだが、俺には思い当たる節があった。
「いやぁ、流石は【カグツチ部隊】の〝
パチパチ。拍手が響く。
振り返るとそこには、先程の刺客と同じような黒服に白色のリンゴがあしらわれた腕章を身に着ける胡散臭い青年が立っていた。
その背後には軍服のような装いの男女が武器を構えて立っていた。
あの目は……間違いない、人間を殺す為だけに訓練された殺人マシーンの類だ。
しかもこの男、俺の事を〝静寂〟と呼んだ。
——つまり、コイツはかつての俺の同族という事になる。
「お、おにぃ……ちゃん……」
「心配するな。任せろ。……それで、こんな手荒な真似で訪問したからには、相応の覚悟はあるんだろうな? 他人様の肉親に手を出して……死にたいのか?」
「おおっと、落ち着いてください。そんな殺気を立てられては話が出来ませんよ。まずは落ち着いて、話をしましょう」
どの口が落ち着けって? ふざけやがって。
明澄はすっかり怯え切っていた。コイツら、絶対に許さないぞ。
俺は足下に落ちていた機関銃を拾い上げて目の前の胡散臭い男に銃口を向ける。
彼はただ肩を竦め、言葉を紡ぐ。
「この度訪問させていただいたのは、東風衝さま。あなたに仕事の依頼をしようと思いまして」
「だったらもう少し礼儀作法を部下に叩き込ませるべきだな。それとも、お前の入れ知恵か? いきなり襲って信用が得られると思っているなら、とんだ社会不適合者だ。大人しく生活保護を受けるべきだ」
「確かにあなたの妹さまを巻き込んだ事は謝罪しましょう。この家も、こちらの方で修理費用を負担させていただきます。……ですが、これは一種の試験なのです」
「……兵士として鈍っていないか、見定めていた訳か」
「ご理解が早くて助かります。という事で、東風衝さま——」
男は大袈裟に両手を広げて、高らかに申し出る。
「我々【ブラックアップル】の戦力として、是非とも一緒に世に蔓延る腐った常識を打ち砕いてほしいのです——‼」
【ブラックアップル】……聞き覚えのない名前だ。それに「常識を打ち砕く」だと?
「いまいち理解できないな。要するに、何をしろと?」
「簡単です。国家転覆です。一度は夢見る、国家転覆ですよ」
なおさら意味が分からない。国家転覆だと? つまり、テロを起こすとそう言っている訳だ、この男は。しかもその片棒を俺に担がせたいと来た。
「下らない話だな。もう少し推敲してから話をしろ。俺は今まで世話になった人たちを裏切る真似はしたくないし、何より——俺はもう、戦いたくないんだ」
「ほう、戦いたくない? 似つかわしくない言葉ですねぇ。かつて数多の敵国の兵をその身一つで殲滅した、伝説の軍人とは思えない。聖人君主ですか、あなたは」
耳が痛い話だ。
確かに俺は沢山の人間を殺してきた。何の躊躇もなく、何の同情もなく。
そんな俺が、戦いや殺しと無縁な生活をずっと送れるとは考えていない。
——が、それでも俺は、もう誰かを傷付けたくないんだ。
大好きな、
「いいや、俺は聖人なんかじゃない。俺はただ……普通でいたいんだ。もう沢山殺したからこそ、俺は沢山誰かを守りたいんだ」
「感動しますねぇ。殺戮マシーンが、人の心を得て生命を尊ぶようになる……なんてハートフルなお話でしょうか」
だが、胡散臭い男は「ですが」と続けた。
「それじゃあ困るんですよ。都合のいい殺戮マシーンが勝手に責務を放棄するのは、非常に困る。人には才能に応じた〝役割〟があります。あなたは日本最強の兵士が一人——〝静寂〟として我々の一度ならず千度も見た夢を叶えてほしいのですよ‼」
そう高らかに宣言した直後、彼は指を鳴らす。
パチン——ゴオオオオォォォォッ‼‼
眼前に飛び込んできたのは、炎の波であった。高温が皮膚を焼く。
流石に不味い。そう思って距離をとる。背後にいた軍服の連中が、一斉に火炎放射器を使い始めた。
最悪だ。銃弾や鉄球ならまだしも、炎は無理だ。
「くそっ……‼」
「いやぁッ⁉ やめてよっ! ねえってば!」
悲鳴が上がる。心臓が締め付けられる。
明澄の声だ。くそ、炎に気を取られて目を離してしまった。まさかこんな所で油断が現れるなんて……。
一瞬の間に、胡散臭い男の腕が明澄を包んでいた。
「ふざけるなッ‼ 今すぐ明澄から手を離せ‼」
「おやおや、立場を弁えてください。こちらはその気になれば妹さんの綺麗な瞳を抉って額縁に飾る事だって出来るんですよ? 適切な態度で臨んでもらわなくては」
「…………俺は、何を、すれば……いいんだ?」
拒否権はなくなった。
俺の身体能力なら一瞬で奴らを無力化する事は可能だろう。
だが、あっちには
更にあの火炎放射器……ただの火炎放射器じゃない。
俺の皮膚が、軽く爛れる程の温度——恐らく、一八〇〇度以上はあるだろう。下手に近づけば劫火の障壁で丸焦げになってしまうだろう。
——戦いたくない。
だが、俺は妹の為ならどんな願いも、信念もかなぐり捨ててやる!
「簡単な話です。現内閣総理大臣——
馬鹿な話だ。小学生が考えたのかと思えるような大雑把で荒唐無稽な計画。
本当に大人なのかと疑わしく思える程に、稚拙だ。
「そんな事、俺一人で出来るはずが——」
「いえいえ、勿論我々も死力を尽くします。こちらには既に兵器が用意されているのです。そこに最強のあなたが加われば……国家の一つや二つ、壊せる」
どこからそんな自信が湧いてくるのか分からないが、男の瞳は宝石のような輝きを帯びていた。ああ、これが俗に言う「純粋悪」というものなのだろうか。
「期間は二週間を予定しております。その期間内に目標を達成出来たのなら、妹さまはお返しいたします。そして莫大な報奨金や地位も授けましょう」
「明澄と報奨金はいるが、地位はいらない。俺はただ、明澄と一緒に不自由ない生活をしたいだけだ。それ以上は、何も求めない」
「潔いですねぇ。なんと深い家族愛でしょうか! これなら、仕事の方にも期待できそうですね」
男はニヒルに笑って、丁寧な礼をする。
「申し遅れました、私は【ブラックアップル】副首魁——
——こうして、俺たちの日常は崩壊を迎えた。
そしてこれから始まるのは、望んでいなかった戦火と鮮血に塗れた二週間だ——
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