Ⅳ:建造/エリルジナス
ナイラとの交渉を済ませた後、おれはひとまずウー氏に連絡し、ラトナハヴィスの売却をすべてキャンセルした――というか、システム上は即座に買い戻したことになるのだろう。ウー氏がまだ部品の買い手を見つける前だったので穏便に話はついた。彼に雑費と査定費用を振り込むと、作業場とは別の構造体である倉庫街まで、解体途中のラトナハヴィスを運び込んでくれた。ここは作業場と同じく円筒型かつ、穴の開いた構造体ではあるが、駅がないので〈廊下〉から入ることはできず、他の構造体から投げ渡すことでしかアクセスできない。つまり、穴の役割が作業場とは真逆になっているわけである。
一応、作業場から倉庫に向けてジップラインが伸びていて、人を運ぶゴンドラが往復しているので、絶対に人間が入れないわけではないが――船の残骸やEVE(EVA外骨格)を渡すためには、やはり無人機に運んでもらわなければならなかった。
倉庫は、実際には作業場と一対一対応するように割り当てられている。ナイラの作業場に当たる位置の穴から中に入ると、周囲の空間から隔てられた空っぽの倉庫があるわけだ。作業場の表面が回転しているのは重力を発生させるためではなく、この倉庫へのアクセス性を高めるためである。
またインハビターについてはウー氏と相談し、一旦、ワブランガ星人のバグパイプという名目で搬入してもらった。もしも本当にそうだったら、誰も近づきたいとは思わないだろう。このアイデアにはさすがのでんたくも「趣味が悪いよ」とつぶやくほどだった。このおれでさえおぞけが走ったほどだ。これでしばらくは安全なはずである。
倉庫に搬入するとき、驚くべきことが判明した。というのも、ウー氏とナイラは親戚関係のようなのだ。おれがそれを直感したのは純粋にひらめきだった。年末に実家に帰るのかについてお互いに質問し合っていた際、ウー氏が突如、ある機械油について苦言を呈したのである。そしてウー氏のいう「姉さんの独創的な生体兵器禁止法違反」とナイラの言う「母さんの魚介尽くしのカルパッチョ」は、文脈上同じ意味を持っているらしかった。
『ノジール』という呼び名はオジサン(すなわち、近所に住んでて挨拶はするけど、何してるかはよく知らない中年男性)という意味と――そのままずばり、伯父を意味する語でもあったのだ。ウー氏が技師としてナイラを勧めたのは、姪っ子かわいさがあったのかもしれない。
「騙したみたいでごめんね」とナイラは言ったのだが、おれはそんな風には思わなかった。EVA外骨格の販売におけるアンダールの最大手が『モトラ・イスマル』だということは、さすがに事前調査で知っている。そう言うと彼女は不思議そうに目を丸くして「だったら、うちの設備が貧弱だってことくらい、すぐにわかったんじゃない?」と訊いてきた。おれは答えた。「おれが探してたのは『建造』ができる人間だ」
その返答は多少なりとも彼女を喜ばせたらしく、ポイントを20もらった。
これは割引かなにかに使えるのかと訊かないだけの自制心はおれにもあった。
それからというものの、トリビュートの建造作業を手伝う日々が始まった。そう約束したからというのもあるが、作業が終わるまでじっと待っているのは、この何ひとつ楽しい所のない港ではあまりにも退屈だからな。ナイラとふたりで人造人間を造っていくのは、思いのほか心躍る経験だった――建造工程にここまでがっつり関わったことが無かったので、新鮮な発見が多い。議論を戦わせ、技術屋と操縦屋、それぞれの視点で
しかし、各種装置同士の配線に関しては、おれもナイラもお手上げだった――その手のクリエイティビティは両者ともに欠如しているのだ。いつも、旅先で旅行鞄を新しく一つ買うはめになる。そして古い方で溢れかえっている中身を移し替えたら、なぜか新旧そろってジップが締まらなくなるのだ。しかし、WORK‐BOTの面目躍如というべきか、でんたくがうまくその部分を補ってくれた。修理に関する膨大な知識を蓄積している彼の仕事は、もはや芸術的でさえある。ただこの一件のせいで、ナイラがでんたくを狙う目がいよいよ本気っぽくなってきたのが不安なところだった。そのうち、よく似た精巧な人形とすり替えられているかもしれない。
当初予想されていたよりも、アンダールでの生活は悪くなかった。相変わらず地元民はおれに厳しいが、こちらから絡みに行かなければ、遠巻きに睨んでくるだけで何も言ってこないし(もしかしたら言ってるのかもしれないが)、路地裏に投げられたりもしない。閉鎖空間で一か月間過ごしてきたばっかりなんだ、こっちは。のけ者にされてもなにも感じないぜ。
しかし、宿泊施設が取れないことは困った。
どうにか泊めてくれないかとウー氏に頼んだのだが、彼は「知らない男を家に入れたくない」という旨を、およそ三倍くらいに引き延ばした敬語できっぱりと拒絶してきた。即席の取引相手と親密になるのは危険だということを裏付ける信頼性の高いデータについて教えてもらい、おれは気まずくなって全螺子を一本買った。
おれはだめもとでナイラに泣きついた。
「別にいいけど?」ナイラはふたつ返事で住所を教えてくれた。〈廊下〉構造体の駅の一つに、作業従事者向けの居住モジュールが存在しているようだった。
それとなく探ってみると、即席の取引相手と親密になるのが危険であるというデータについては、彼女はなにも知らないようだ。おれは黙っておくことにした。
ひさびさに体を洗えると思って、おれはアンダール宙港を駆けまわって洗体用具を求めたが、シャンプーはおろかボディソープすら、どの店の棚にも並んでいなかった。しかもその理由についてまともに答えてくれるアンダール人はひとりもおらず、聞いたこともない高額な洗車装置についての説明が始まる。思うのだが、この港全体でなにか危険な情報商材が流行っているのではないだろうか。「一丸になって外星人を騙そう!」みたいな。
それに結局、シャワーひとつ浴びられそうになかった。倉庫の周りで不審人物を見かけるようになったのである。
いずれもフードを被ったアンダール星人らしき人物で、おれが近づくとそそくさと逃げ出す。はじめはこの辺りに何か用事があるんだろう――ペットの散歩とか――と思ったのだが、どうやらインハビターが運び込まれた倉庫を探しているのではないかと、二日、三日と続くうちに思えはじめた。そもそも、人間が倉庫にアクセスするには、作業場からゴンドラに乗って構造体に入り、そこからエレベーターに乗って目当ての区画まで行かなければならない。区画に着いたら、倉庫モジュールの隙間を進んで中に入るのだ。意図しなければ迷い込むはずがない。
まあ――このプラントでは支払いきれない量のギャラカが倉庫街のどこかに埋蔵されているとしたら、欲に駆られた鼻の効く人物が、宝探しに来たとしても不思議ではない。おそらくそれが答えなのだろう。
だが、さすがにインハビターが盗まれたらたまったものではない。これをケアするためにおれは倉庫で寝泊まりするようになったので(無重力での睡眠は最悪だ!)、ナイラの家に泊まり込んで人間臭を味わうという計画はまたたくまに頓挫した。「幻滅されなくてよかったんじゃない?」とでんたくは言ってきたが、人は月に一度くらいは宇宙のことなんか忘れて、スーツも何も脱ぎ去って、ステテコパンツ一丁でリラックスすべきだというのがおれの意見だ。しかし、ナイラはフェイスシールドの透過を解除することさえ、頑なに拒んでいるようだった。
意気消沈しているおれを憐れに思ってか、何日かに一回はナイラも倉庫に立ち寄ってくれた。おれはストレスを吐き出すように、今までに繰り広げてきた冒険の数々を、盛りに盛って話した。気がつくとおれは、破壊された故郷の惑星から命からがら脱出し、宇宙を放浪して破壊者の本拠地を探している復讐者という立場になっていた――冗談だとしても不謹慎な話だ。
「自分の惑星が欲しいんだよ」と、ある夜におれは言った。「でかくて生き物が住んでるやつ」
無重力で眠るために、おれたちは自分の体を壁に係留している。眠っている間にあちこちぶつけたくなければそうするしかないのだ。もし重力子タービンがなければ、だが。生憎、おれもナイラもそんなものは持っていない。
その日の晩、おれとナイラの間には、彼女が持ってきた古風な手持ちランタンが浮かんでいた。おれはキャンプ気分だと言ったが、彼女は洞窟を思い出すと言った。次第に、話題はそれぞれの夢の話になった。ナイラのことは初対面の際に聞いたので、おれが喋らなくてはならなかったのだ。
「そんなもの手に入れてどうするの?」ナイラは心の底から不思議そうだった。
「住むんだよ。当然だろ?」
「ということは……、惑星を手に入れたら、シローの冒険は終わり?」
「いや、今度はその惑星を探検する毎日が始まるだけさ。宇宙船さえなけりゃ、惑星一個なんて一生かけても回りきれないだろ?」
ナイラの話も詳しく聞いてみたところ、あのトリビュートは本来、〈スウェン球状星団・外骨格エキスポ〉という展覧会に出品する予定の機体だったようだ。だからばかみたいに高くついたわけである――おのれの持てる技術すべてを注ぎこんで、その展覧会に人生を賭けるつもりだったのだ。「もし、このインハビターが売れたら」と彼女は布に覆われたインハビターを撫でながら、さらなる展望を語った。「もっとすごいことができるはず。シローが銀河中であたしの名前を売ってくれたら、パトロンもつくかもしれないし」
期待するような目で見られたが、気軽に約束はできなかった。もしインハビターが売れなければ、おれも彼女も、この港から永遠に出られないとわかっていたからだ。
それにしても――、プラントのアンダール星人たちは、どうやってこのインハビターのことを知ったのだろうか。
気になって、やんわりとウー氏に問い合わせてみたところ、もしかすると査定額についての会話をしているときに、その内容が盗聴されていたのかもしれないと言われた。盲点だ。よくよく考えてみれば、誰でも暗号鍵を知っている通信筒抜けスーツを着た外星人が、見たことも無いような外骨格の部品を取引している現場なんて、たとえカタギでも酒の肴にするつもりで盗聴するかもしれない。そこから噂が広がった可能性は大いにあり得た――これだから安物はよくない! おれはこれからも高級志向でいくことを改めて誓った。
おれは星間ネットの通販でちゃんとしたEVAスーツを買い、駅前で買ったものは、通信データを抹消してから下取りに出した。2千ギャラカ。その日の昼飯でそれを使い切り、ついに、おれは無一文となってしまった。すでに燃料代はナイラに振り込んでいるので心配ないが、外星人にまともな仕事をくれない港では、もう何ひとつできなくなった。おれはプラントの食糧配給舎に足を運び、クロレラを押し固めたブロックと、病院が提供しているサプリメントを食べて生きていかなければならなくなった。なんだかんだと言って、こういう食事が続くことが一番心を冷やす。はやくガスステーションのドライブスルーで熱々の宇宙ブリトーver1.2を注文したい。もうそろそろver1.3が来てしまいそうなのだ。もしこれを逃したらブリトー一個のために銀河系辺縁部まで飛んでいかなければならなくなる。はやくインハビターを売らなければ。
トリビュートの試験飛行はうまくいき、各機関の慣らし運転も済んだ。コックピットのデータ領域からは例の継ぎ接ぎシステムを抹消し、改めて最新の操縦システムをインストールした。でんたくは自分の仕事の成果が抹消されることに対し、「そういうもんだからね」とドライな反応を示した。
一番悩んだのが頭部だ。最終日付近は、この頭部をどうするかということに費やされたと言ってもいい。おれが当初、ラトナハヴィスの頭部を売らずに取っておいたのは、もし頭部そのままが市場に流れた場合、そこから芋づる式におれの名前が明らかにされて、グラファリン王家から文化財破壊を指摘される可能性があったからだ。つまり、トリビュートの顔として、ラトナハヴィスの頭部をそのまま据えるということは、はなからありえない選択肢だった。角装飾は片方足りてないし、そもそも傷やへこみも多い。それでも、最終候補にまで「頭部の移植」は残った。やっぱり既製品と比べて群を抜いてイカしてるしな。
最終的には、ラトナハヴィスをイメージしつつも、まったく別物になるようなデザインが発注された。モトラ・イスマルはものの二日で要求通りの顔を卸してくれた。兜をかぶった巨大な球形センサ。ぐっと今風の顔つきだな。
メインカラーは青。おれは冷却装置が放っていたあの青色こそが、このトリビュートにはふさわしいと思ったのだ。
「名前を決めないとね」スラスターの最終調整を終えたナイラが、少し離れた場所からトリビュートを眺めつつ言った。トリビュートは
「エリルジナス」と彼女は言った。ずっと前から決めていたような口ぶりだった。
「アンダール語か?」
「共通語の語彙じゃ説明できないけどね」
「気に入った。おれの故郷にも、似た音の言葉がある」
そういうと、ナイラは感心そうに笑った。「へえ、どんな意味なの?」
「二層式洗濯機」
ナイラは無視した。
そんなこんなでひと月が過ぎていたのである。
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