第28話 泥棒鼠
昼休憩を終えた一鷗たちは再びダンジョンに潜ると、メアエルが見つけたという八層の階段を目指した。
二時間弱の時間をかけて目的の場所に辿りつくと、ふたりはそれぞれ装備を整えた。
メアエルは道中手の中で転がしていた鈴を首にかけたお守りの中に仕舞い、一鷗は左腕にガントレットを装備する。
一鷗は加えて武器の状態を確認すると、装備の点検を終え、メアエルとともに階段を下った。
八層に入ると、相変わらずやる気の削がれるオレンジ色の光石が目に入る。心なしか七層よりも光石の量が多い気がした。
「よっしゃあ! モンスターどもかかってこいやあ!!」
階段を下り終えるなり、一鷗がガントレットに拳を打ち付け吠える。
勝負に負けた腹いせにモンスターを殴って溜まった鬱憤を解消しようという腹積もりである。
一鷗がドランにモンスターの居場所を尋ねると、すぐにモンスターの気配のあるほうへ案内された。
「グラゥ……」
導かれたさきにいたのはキャヴァンウルフが率いるケイブウルフの群れだった。
群れの大きさは合計で五体とそれほどでもないが、七層と比べると一体一体の体格が大きい。
七層で戦ったケイブウルフ十体にキャヴァンウルフ一体の群れよりもこちらのほうが危険度は高そうだ。
一鷗の脳裏に一瞬逃げるという選択肢が過ぎる。
しかし、気が付けば鉄剣を抜いて道の陰から飛び出していた。
「──メアエル、援護を頼む!」
「ちょっと、カモメさま!?」
メアエルに一方的に命令し、一鷗はまっすぐにウルフの群れに突っ込んでいく。
途中でキャヴァンウルフが接近する一鷗に気づき、ケイブウルフたちに注意を促す。
「グラウ!」
「ガウッ……!」
「ガオン!」
加えてキャヴァンウルフが二体のケイブウルフに命令を出すと、二体のウルフが一鷗を目掛けて駆け出した。
一鷗は剣を水平に構えると、迫りくる二体のウルフを横薙ぎに払った。
しかし、ウルフたちはその攻撃をするりと回避すると、そのまま後方に控えるメアエルを狙った。
「八つ当たりじゃあ!!」
一鷗は後ろに流れたウルフたちのことなど気にもとめずに目の前の三体の狼に向かって剣を振るった。
一体のケイブウルフが鉄の剣に首を落とされる。
さらに攻撃の軌道上にいたキャヴァンウルフにも銀の刃が襲い掛かるが、ひと回り大きな狼はそれを鋭い牙で抑え込んだ。
「ウウ!!」
「ガウッ!」
剣を噛んだまま離さないキャヴァンウルフは生き残ったケイブウルフに命令を出す。
命令を聞いたケイブウルフは一鷗の左側に回ると、彼の首を狙って噛みついた。
一鷗は咄嗟にガントレットで攻撃を防ぐ。
しかし、ケイブウルフの咬合力はなかなかのもので、ガントレットが軋む音が響いた。
「んのやろッ!」
いくらラッキーボックスのハズレ枠から出たアイテムとはいっても失うには早すぎる。
噛みついて離れないケイブウルフごと腕を振るうい、ケイブウルフをキャヴァンウルフにぶつけた。
「キャイン……ッ!」
ケイブウルフを受け止めたキャヴァンウルフが口から剣を放す。
一鷗はその瞬間を見逃さずにくるりと一回転して絡み合う狼たちに近づくと、回転の勢いを加えた鉄剣で二体の狼を斬り伏せた。
ふたつの黒い靄が天井に上り、地面に魔石がふたつ落ちる。
「ふう、スッキリした。──てか、ガントレット大丈夫か? うわ! 新品なのにちょっと傷ついてるじゃん!」
一鷗は胸につかえていた鬱憤を解消すると、晴れやかな顔で胸を撫で下ろした。
かと思えば今度はガントレットの心配をする。
ガントレットの腕の部分に少し牙の痕がついているのを見て露骨にガッカリする。
落ち着いたり心配したり落ち込んだりと忙しい男である。
「防具の心配より先に仲間の心配をするべきじゃないかしら?」
「うわ! メアエル、無事だったのか……」
「遅いわよ!!」
一鷗が愛おしそうにガントレットを撫でていると、ヌッと現れたメアエルにジト目で睨まれた。
引き攣った笑みを浮かべた一鷗が、遅ればせながら心配の声をかける。
すると、メアエルから強い叱責が飛ばされた。
「いやあ、どうも視野が狭くなっていたみたいで……申し訳ない。──でも、メアエルなら狼二体くらい余裕で相手出来るだろ?」
「当り前でしょ。私が狼なんかに後れを取るわけないがないじゃない。でも、それとこれとは話が別だわ! 私を無視して防具の心配をするなんて私の古郷じゃ極刑よ!」
「極刑って……」
たった一度存在を忘れただけでなにを大袈裟なと思う一鷗であるが、そこで彼女が異世界では一国の姫であることを思い出した。
姫の存在を忘れたとなればこれは王族侮辱罪というやつになるのだろうか。
なるほど、確かに首を撥ねられても文句は言えないかもしれない。
「それに勝手に飛び出したことも許してないから!」
「ああ、悪かった。今はもう落ち着いてるから二度とやらないよ」
一鷗は自身の行動を反省し、素直に謝罪した。
真っ直ぐな謝意が伝わったのか、メアエルが重く頷く。
どうやら許しは得られたようだ。
「それじゃあ改めて八層探索と行こうか」
「ええ、そうね。早く九層の階段を見つけて今日中にボスがいる十層へ行くわよ!」
「だから十層は無茶だっての……」
大口を叩くメアエルに苦笑を零し、一鷗は通路の奥へと進み始めた。
彼の後ろにメアエルとドランが続き、八層の探索が本格的に開始された。
▼
八層探索から八時間弱が経過した。
しかし、未だに九層へ下る階段の発見には至っていない。
そろそろ地上へ引き返さなければならない時間なのだが、ふたりは広げたブルーシートの上から立ち上がろうとはしなかった。
メアエルが水筒の蓋をコップ代わりにし、中の麦茶を一口飲む。
「今日中に九層の階段を見つけるべきよ。だから時間の延長を認めて!」
「延長は認められない。あと二十分以内に階段を見つけられなければ今日の探索は終了だ。地上に帰るぞ」
「なんでよ! あと少しで見つけられるかもしれないのに、どうして……?」
「分からないのか? 俺もお前も明らかに午前と比べて動きが硬くなっている。疲労の蓄積で集中力が低下している証だ。今の状態でもしイレギュラーに遭遇したら確実に殺される」
「イレギュラーはあくまで
「イレギュラーだけじゃない。この階層の上澄みにいるモンスターたちなら今の俺たちを容易に殺すことが出来るって言ってるんだ」
「そんなの──!!」
自身の意見をことごとく否定する一鷗に苛立ち、熱くなったメアエルが勢いよく立ち上がる。
すると、目の前が一瞬暗くなった。
足から力が抜けてよろめき、倒れそうになったところを一鷗が支える。
「限界だ。このまま無理に探索を続ければまた気を失って倒れるぞ。そうなればモンスターの格好の的。俺もお前を守ってやれないかもしれない」
「……分かったわよ。カモメさまの言う通りにするわ」
メアエルは一鷗を押しのけてひとりで立つと、渋々といった顔で地上へ戻ることを受け入れた。
彼女が折れてくれたことにほっと安堵の息を吐いた一鷗は広げたブルーシートを片付け、帰る支度を整えた。
「それじゃあ帰るか──」
「──チュイ!」
一鷗が来た道を引き返そうと踵を返したそのとき、目の前に一匹のモンスターが現れた。
黄色い頭巾をかぶった二足歩行の鼠のモンスター。背中には大きな風呂敷を担ぎ、片手には糸切鋏のような武器を持っている。
「モンスター!」
「──チュイチュイ!!」
「速いッ!?」
メアエルが敵を認識するや否や片手を前に突き出した。
すると、口角を上げた鼠が素早い動きで接近してくる。
そのあまりの速さに驚く一鷗であるが、即座に反応し剣を抜くと、一歩前に出て鼠を迎え撃った。
しかし、鼠は体を左右に振ると、あっさりと一鷗を追い抜いた。
「ヂュウ!」
「きゃあっ!」
鼠が糸切鋏を構えてメアエルに飛びつく。
メアエルは迫る鼠に驚いて、悲鳴を上げて目を瞑った。
彼女の耳元でパチンと鋏が閉じる音がする。
「あ、あれ……?」
メアエルはてっきり自分が切られるものとばかり思っていたのだが、いつまで経っても痛みが襲ってこず、恐る恐る目を開けた。
振り返ると、そこにはさきほどの鼠がいる。
鼠がメアエルのほうを見て悪戯っぽい笑みを浮かべた。
いったいなにがそんなに面白いのか、と訝しむメアエル。
しかし、鼠の手元を見た瞬間、彼女の顔色が変化した。
「ああ! 私のお守り!!」
「チュチュチュ!!」
鼠が手に持っていたのはメアエルが首に下げていたお守りだった。
メアエルが気づいて叫ぶと、鼠は人を小馬鹿にしたような笑いを零して逃げ出した。
「待ちなさい!」
「おい、メアエル!?」
メアエルが逃げ出した鼠を追いかける。
突然のことでなにが起こったのか正確に理解出来ていない一鷗はいきなり鼠を追いかけて走り出したメアエルの後を追うことしか出来なかった。
鼠を追いかけるメアエルを追いかける一鷗という不思議な構図が完成する。
「チュチュ!」
「あ! 階段!!」
鼠を追いかけまわすこと数分。
鼠が逃げ込んだ先にあったのは九層へ続く階段だった。
幸か不幸か階段を見つけられたメアエルはこれまで感じていた疲れなど吹き飛んだ気がして、湧き上がるエネルギーを全て鼠を追いかける力へと転換した。
鼠が九層へ逃げ込む。
逃げた鼠を追いかけてメアエルもまた九層へ下りた。
「待てって言ってるでしょ──…………うそ」
光石のない暗い階段を飛び越えたメアエルは、九層の地面を踏むとともに目を丸くした。
後から追いついてきた一鷗も同じ光景を見て、同情の眼差しをメアエルに向ける。
彼らの眼前に見えたのは五つの方向へ向かう分かれ道だ。
いずれの道も少し行った先で曲がり角となっており、遠く先まで見通すことが出来ないようになっている。
つまり、メアエルのお守りを奪った鼠がどの道へ逃げ込んだかが分からないようになっているのだ。
「……」
不意にメアエルが正面の道に向かって歩き始めた。
即座に彼女の不審な動きを察知した一鷗が彼女の腕を掴んで引き留める。
「待てよ、メアエル。さすがにこの中から追いかけるのは無謀だ」
「無謀でも行かなきゃ! だってあのお守りの中にはモナカにあげる予定だった鈴が入ってるのよ! もし壊されでもしたら……」
「メアエル……」
メアエルが一鷗の手を振りほどいて叫ぶ。
彼女の目尻にはうっすらと涙が浮かんでいた。
一鷗がかける言葉を見失う。
すると、ドランがメアエルの横に立った。
『恐らくあのモンスターはヌスラットと呼ばれるものだ。物を奪い、自身のコロニーに集める習性がある。故に姫様が想像しているようなことにはならないだろう』
「…………そう……それは、良かったわ……。でも、早く見つけて取り返さないと──」
「メアエル! 今日はダメだ。また明日探そう」
「嫌よ! そんなの、嫌に決まってるでしょ!」
「お前がどれだけ駄々を捏ねようが、こればっかりは譲れない。今のふらふらなお前を見逃したら俺は絶対に後悔する。だから、今日の探索はここで終わりだ」
一鷗は前にメアエルが気絶したときのことを思い出し、もう二度とそのようなことが起こらないように譲れない線を一本引いた。
その線の前に立ち、頑として退かない態度を示す。
メアエルはなにか言いたそうに口を開いたが、一鷗の硬い決意を前に閉口した。
顔を俯かせ、肩を震わせる。
「……分かったわ。今日はもう帰るわよ」
「ああ、ありがとな。それと──すまない。明日は絶対にモナカの鈴を取り返そう。絶対。絶対だ」
「うん……!」
メアエルは鼠を追いかけたいという大きな衝動を呑み込むと、地上へ戻る決断をした。
彼女の英断に一鷗はほっとし、同時に彼女の想いを折ってしまったことに対する悔しさを感じていた。
悔しさは怒りへと転じ、それはメアエルからお守りを盗んでいったヌスラットに向いた。
一鷗の言葉に重く頷いたメアエルは階段を上る前にもう一度五つの分かれ道を振り返った。
その先にいるであろうヌスラットを睨みつけ、
「絶対に取り返してみせるわ」
そう言い残すと、彼女は九層の地を離れた。
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