異世界転移事件の傍観者~隣のクラスが異世界転移したようなので、俺は現実世界でレベルアップする~

ハルマサ

第一章 異世界から英雄を訪ねて

プロローグ

 世の中にはどうしようもないことというのが往々にしてある。

 それは大人だろうと、子供だろうと、高校生だろうと変わらない。


 少年──十川とがわ一鷗かもめは毎日、二年C組の前を通るたびにそれを思い出す。

 二年C組が今は使われていない空き教室だからだろうか、あるいは他の教室と比べて綺麗な外観をしているからだろうか。

 恐らくそのいずれでもあって、いずれでもない。

 でも、とにかく一鷗はこの教室の前を通るとき、いつも後ろめたい気持ちになるのだ。


 事件があったのは今から半年前。一鷗が高校一年生だった冬のある日だ。

 その日は冬期休暇前の最終登校日で、同時にクリスマスだった。学校はどこか浮かれた雰囲気に包まれ、一鷗もまたそんな雰囲気を助長させるひとりだった。

 昼休みを前にした授業中、突如けたたましい警報音が学校中に鳴り響いた。

 地震ではない。火事でもない。その旨が放送にて流れた。

 誤報だろうかと誰もが思ったが、念のため、グラウンドに避難をすることが決定した。

 誰もがゆったりと気だるげな様子で廊下に出た。当然だ。パーティを目前に水を差されたら誰だって気落ちするものだ。

 だが、廊下に出たところで教師を含む全員が固まった。


 本来ならば列を作り、移動しなければならないところだ。そうしないと、ちんたらしていたとしてグラウンドで教頭に雷を落とされる。

 だが、誰ひとりとしてその場から動こうとするものはいなかった。

 ところで、一鷗が所属するD組はどこへ移動するにしてもC組の前を通らなければならない。D組はC組の奥に教室があるからだ。

 当たり前だが今回もそのとおりにしなければならない。

 だが、それが、それこそが出来なかった。


 ──D組の隣にC組がなかったからだ。


 C組の教室が消えていた。まるでもとからなにもなかったかのように、ぽっかりと四角い穴が開いている。切り口の綺麗な配管が天井から顔を覗かせる。

 廊下からグラウンドの様子を見る事が出来た。グラウンドに飛び出した他学年の生徒や教師たちも消えたC組みを眺めていた。

 全員がしばらく混乱し、ひとしきり慌てたあと、教頭がまともな指示を出した。

 とりあえず、全員グラウンドに整列するよう指示が出た。

 幸いにもC組の前の廊下は消えておらず、D組の生徒も外に出ることが出来た。

 グラウンドに並び、隣を見る。

 一列──正確には男女合わせて二列──隣の列と間が空いていた。

 校内を見て回った教師が戻って来る。そして、深刻な表情で校長になにかを告げている。

 校長が教頭に伝え、教頭が生徒に伝える。


『現在、一年C組の生徒及び当時間に授業を担当していた山口先生が行方不明となっております』


 C組の教室が消えていた時点でその可能性は誰もが頭の片隅に思い浮かべたことだろう。だからこそ、生徒たちの間に大した驚きは生まれなかった。それはさきほど思う存分やってしまったからだ。

 驚きはないが悲しみはある。一鷗のクラスメイトの女子にも泣き崩れるものが大勢いた。

 かく言う一鷗も女子に生まれていたら彼女らと同じように泣いていたことだろう。

 なぜなら、あの教室には一鷗の幼馴染がふたりもいたのだから。高校に入ってからふたりとも疎遠になってしまったが幼馴染とはいつまで経っても大切なものだ。

 特にそのうちのひとり──癒椎雨花は一鷗がずっと片思いをしてきた相手だ。悲しくないはずがない。

 実際、一鷗の当時の心境はグチャグチャだった。そのせいでそのあとのことはあまり記憶にない。

 覚えているのはそのすぐあとに警察と救急、消防が来たことくらい。

 三種類のけたたましいサイレンとそれぞれの赤い光。それと、規制線の目が痛くなるような黄色と黒だけだった。


 その後、学校は冬期休暇ということもあって全面立ち入り禁止とされた。日々、朝早くから夜遅くまで警察やらなにやらが学校に入っていく姿を見かけた。

 C組が消えた事件はニュースにも取り上げられた。毎日毎時間どのチャンネルを開いても同じ内容のニュースばかり。気取った評論家たちの的外れな見解には食傷気味になった。

 だが、一鷗はそれらのニュースを食い入るように見漁った。どんなことでもいいから情報が欲しかった。

 当時の一鷗は幼馴染が行方不明になったということもあって自分の手で事件を解決してやろうと意気込んでいた。

 だが、所詮はなんの能力もない学生。どれだけ調べたところで得意げに持論を述べる評論家たちより的を射た答えは思い浮かぶはずもない。

 それでも、二年に上がる前までは事件を解決できると信じて調査を続けていた。

 その心がぽっきりと折れたのは警察が事実上事件から手を引いたという噂を耳にしたときだ。

 それはまさしく迷宮入りという奴で、そんなものは親父が推理小説家の高校生探偵でもなければ解決は不可能だ。

 当たり前だが、一鷗の親父は推理小説家ではない。一鷗もただの高校生。

 人生にはどうしようもないことがあると知ったのはまさにこのときだ。

 この事件はどうしようもないから諦める。

 ……そう、簡単に割り切れたならどれだけ楽だっただろうか。


「どうしようもないことなんだ……」


 一鷗は新たに建て直されたC組の前で呟くと、目を瞑って前の廊下を突っ切る。

 彼はそのまま一階の昇降口へ下りると、靴を履き替えて校外へと飛び出した。

 ここまでくれば後ろめたい気持ちは消えている。恐らくは下駄箱に仕舞い込んでいるのだろう。だから、明日また登校したときに同じ気持ちを抱えることになる。

 少しだけ憂鬱な気持ちになるが、かぶりを振って忘れ去る。

 心を空っぽにした一鷗は事件の前も後も変わらない道を歩いて自宅へ帰った。

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