魔王と勇者の異世界召喚記

マスカレイターズ

第1話 魔王は勇者と出会う

 我は今まで、さまざまな危機を乗り越えてきたと思っている。

 それなりに修羅場も潜ってきたはずだ。

 だが我は今、非常に困った状況になっていた。

 

「おぉ勇者様、この世界をお救いください。この世界は今、未曾有の危機に瀕しており……」


 神殿の様な場所で、神官らしき人間たちが魔法陣の上に座り込んだ我を取り囲み、なにやら訳のわからぬ事を言っている。

 勇者? 世界を救う? 誰に言っているんだお前たちは。


 ――我、魔王なのだが。


 一度状況を整理しよう。

 我は魔王として、こことは異なる世界に君臨していた。

 とはいってもここ100年ほどは魔王らしいこともしていない。

 部下が有能すぎたのだ。

 そんな我はいつも考えていたことがある。


 『勇者エメリアは、なぜ突然消えてしまったのか』


 勇者エメリアとは、不老不死の加護を持ち80年間魔王軍と戦い続けた白髪の少女であり。

 ――100年前に忽然と姿を消した勇者である。

 しかし彼女は我と対峙し、戦っている最中に突如として消えてしまった。

 そのことは我の記憶から消えることはなく、彼女のことが忘れられなかった我は、部下の力を借りようやく判明した彼女のいる世界へと、転移することにした。


 

 そうして今に至る。

 

 ふむ、やはりわからん。

 なぜ我は勇者などと言われているのか。

 まぁ大方、我々の転移がこちらの勇者召喚の儀式に干渉してしまったのだろう。

 だが疑問だ、魔族と人間では見た目が違うはずだ。なぜこうも自然に話しかけられるのだ。

 まぁ理由など一つしかないのだが。


「すまないが鏡を貸してはもらえぬか」

「ええ、どうぞ勇者様」


 鏡を見た我は深くため息をついた。

 想像はついていたが、現実を受け入れるというのは難しいな。

 青白い肌は肌色になり、とがった耳は丸く、額の角もない。

 黒目に黒髪の17歳ほどの青年がそこにはいた。

 

 ――つまり我は人間になっていた。


「勇者様、どうかなさいましたか」

「いや、なんともない」


 我は、鏡を返し立ち上がって違和感を感じた。

 目線が少し低い。

 大柄な我に合わせて作っていたローブの袖や裾が少し余っている。

 今の身長は170cmほどか、どうやら背も少し縮んだようだ。

 後で裾を調節せねばならんな。


「詳しい説明は国王よりさせていただきます。それまで控え室にてお待ちください」


 そう言われたので、我は一つ疑問に思っていた事を聞くことにした。

 

「勇者というのは我一人なのか? 何やら強力な力を感じるのだが……」

「流石は勇者様、実は召喚の儀式は二回行う決まりでして。先に召喚された勇者様は既に控え室におります、さぁ向かいましょうか」

 

 もう一人の勇者か、どの様な人間か楽しみだ。

 神官に促されるままに廊下を歩くと、ふと例の気配に既視感を感じた。

 その既視感は、廊下を進むごとに強くはっきりと感じられるようになり、疑惑は徐々に確信に変わる。


「こちらです」

「……本当にここなのか」

「ええ」


 この気配、間違いない。

 こんなにも早く会えるとは思っても見なかったが。

 

「勇者様、もう一人の勇者様をお連れしました、入ってよろしいでしょうか」

「どうぞ」


 中から聞こえた声で確信する。

 久しぶりの再会だ、どんな反応をするのか楽しみだ。

 そんな思いを胸に我が扉を開けた瞬間。


 目の前に閃光が走り、我は咄嗟に障壁を張る。

 

 ガキンッ


「ずいぶんな挨拶じゃないか、勇者エメリア」

「あなたこそ何しにきたの、魔王ガリアス」


 そこには白い髪に金の瞳をした少女がいた。



 

 ――――――


 

「まさかあなたが勇者様になるとはね」

「我も少し困惑しておる」

 

 我と勇者は二人で紅茶を飲みながら話をしていた。

 どうやらエメリアは、我が召喚される数時間前に来たらしい。

 ちなみに神官はしばらく部屋にいたのだが、なにやら問題が起きたようでそちらに向かってしまった。

 というか我、斬られそうになったんだが、このまま放置していいのか。

 

「貴方こそ何でこの世界にきたの、まさか魔王の貴方も突然呼ばれましたなんて言わないわよね」

「そうだな、お前を探すために転移してきたのだ」

「えっ?」

「そうしたら勇者召喚の儀式に干渉してしまったのだろう、ここに飛ばされた。まぁお陰で当初の目的は達成でき……」

「ちょっと待って」

「何だ?」


 エメリアが慌てて話を遮る。


「私を探しに来たってどういう意味よ」

「どこから話したものか」

「さっきまで殺し合ってた相手に、急に探しにきたと言われても、意味が分からないわよ」

「100年だ」

「100年って一体」

「お前が消えてしまって100年、ずっとお前のことが気がかりだったのだ」

「100年も……私にはついさっきのことなのに。でも私たちは敵同士だったじゃない、気がかりって」

「確かに我とお前は魔王と勇者、敵同士だ。だがお前は我が対面した唯一の勇者だ。敵同士とはいえ、目との前で消えられては気にもなるというものだ」

「そう……だったのね」

 

 困惑し考え込むエメリア。

 当たり前だ、戦っていたら急に知らぬ場所に飛ばされ、戦っていた相手が現れたと思ったら自分の消えた100年後からきたと言われる。

 誰だって困惑するだろう。

 

「それとだが、会ったらお前に伝えようと思っていたことがある」

「伝えること?」

「世界平和、我は成し遂げたぞ」


 驚くエメリア、それもそのはずだ

 なぜならそれは、我が昔聞いた彼女の願いだったのだから。


「お前が願った平和は、我が成し遂げた」

「魔王のあなたが?」

「知っているだろう? 魔王というのは欲張りなのだよ。望むものはすべて手に入れる、それが世界平和だとしても」

「確かにそうね、100年経っても変わってないのね」


 そう返す我にエメリアはクスクスと笑いだした。

 そんなエメリアを見ていると、やはり彼女は優しいのだと改めて理解する。

 彼女は他の勇者と違いただ戦う道具にはならず、何故戦わなければならないのかを考えて動いていた。

 最初会った時も、彼女は我に対話を申し出た。

 だが我にも譲れぬものがあり、それ故に決裂してまった。

 だが今、こうして話すことができて良かったと思う

 そうして穏やかな時が流れていたそんな最中。

 

 ――突如、爆発音が響き部屋全体が大きく揺れた。


「ガリアス、今のは」

「外壁のどこか……恐らく城門だ」

「行きましょう」

「それならこの方が早い」


 我は魔力を練り指を鳴らすと、空間が歪み城門に転移する。


「相変わらず正確な転移ね」

「我を誰だと思っている。さて、ノックの力加減も知らん無礼者は一体どこの誰だ?」


 辺りを見ると、崩れかけた門と転がる兵士の姿、そしてその奥に佇む黒い騎士がいた。


「そのただならぬオーラ、お前たちが勇者だな?」

「それがどうした、そのような無粋な真似をせずとも我らに直接挑めばよいではないか。なにゆえこのような無駄なことをする」

「理由などただひとつ、すべての種族を蹂躙し、我ら魔族の世界を作るためだ」

「そのためにこんなことを……赦せない」


 怒りに燃え、腰の剣に手をかけるエメリア。

 今にも斬りかからんとするその時、我はこう呟いた。


「美しくない」

「えっ?」

「おい勇者……今なんといった」

「貴様らの、その欲と血にまみれた思想が美しくないといったのだ」

「なんだと……貴様死にたいのか?」

「殺せるものなら殺してみろ。もっともその腕で戦えたらの話だがな」

「はっ……一体何を」


 鼻で笑う黒騎士だったが、自分の腕を見た瞬間、悲鳴をあげる。

 

「腕がぁぁーーー! 私の腕がぁぁぁーー!!」

「これはお前のものだ、返しておこう」


 そう言って我は黒騎士の両手首を投げる。


「空間収納を利用した切断、何度見ても恐ろしいわね」

「ああ見えて欠点は多いのだがな。止めは任せてもいいか? どうもこの体にはまだ不慣れでな」

「ええ、いいわよ」


 エメリアが居合の構えを取った直後、彼女の姿がぶれ、いつのまにか抜き放っていた剣を鞘に戻す。

 その直後黒騎士は首から血を吹き絶命した。


「100年経って腕が鈍ってるのかと思ってたけど、そんなことはなかったみたいね」

「我があの程度に遅れを取るとでも? それはそうとエメリア」

「何? ガリアス」

「今の会話を経て、この世界の魔王軍をどう思う」

「控えめにいって屑ね」

「それなら、提案だ。我らでこの世界を変えてみないか?」

「魔王が勇者と共に魔王討伐? なんの冗談よ」

「それもそうだな、だが今は同時に勇者でもある」

「勇者で魔王、ほんと冗談みたいな肩書きね。いいわ、その提案乗った」

「久しぶりに退屈しないですみそうだ」


 これは魔王だった我……いや俺が、かつての宿敵と共に勇者となり世界を救う物語。

 魔王ガリアスの英雄譚である。

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