ご注文は秩序ですか?
御客様は天使です
「新聞1部くださいな」
「あいよ」
ある日、店主は店の扉を駅のホームに繋げ、そこで新聞を買ってから店内に戻りました。椅子に座ってそれを読みふけり、嘆息を漏らしました。
「うぅむ……。また1つ、世界が滅んでしまいましたか。さすが<源の魔神>」
新聞の1面には天使達を率いる<源の魔神>の所業が記されていました。
彼の魔神は世界を創造し続けつつ、その世界の文明が育つと――農作物の収穫をするように――文明を滅ぼし続けていました。
世界が1つ滅んだところで質屋の店主こと<訣別の魔神>に大きな被害があるわけではありません。しかし彼は大勢が死んだ事を惜しみました。ひょっとしたら自分の御客様になってくれたのかもしれないのに、と――。
「やはり出来の良い弟です。とはいえ、彼の支配は少々暴力的すぎますね。滅ぼした以上に人類の種を撒いているものの、芽は出ても大樹は育たない……。これは一種の停滞と言っていいのかもしれません」
彼はしばし末弟に思いを馳せつつ、自分達の使命について考えていました。ただ、その思考は一時中断せざるを得なくなりました。
「失礼する」
店の扉から音も無く入ってきた女を見て、店主は僅かに腰を上げました。
ただ、相手が中折れ帽子を胸に当てながら「敵意はない。逃げないでほしい」と伝えると、店主は彼女を客として扱い始めました。
「本日はどのようなものをお探しですか。天使の御客様」
「やはりお見通しか」
中折れ帽子を持ち、白いスーツと黒い外套を纏った彼女は背中に光翼を出しました。頭上には光輪を出し、天使らしい姿を晒しました。
「貴殿に力を貸してほしい。訣別の魔神・メディチ」
「力ですか。多種多様な力を取りそろえているので、きっと気に入って――」
「貸してほしいのは貴殿自身の力だ。源の魔神の暗殺に協力してほしい」
天使は「自分の創造主を殺してほしい」と依頼してきました。
質屋は思っていた取引ではない事を残念がりつつ、依頼を固辞しました。
「御客様……。当店は質屋であって殺し屋ではありません」
「話だけでも聞いてほしい。貴殿も源の魔神は目障りだろう?」
「いいえ、別に。彼は私を嫌っているようですが、私は彼の事が好きですよ」
天使はその後もしつこく「話だけでも聞いてほしい」と言ってきました。
それに対して店主は「御客様でもない御方とお話をする時間はありません」と返しました。すると天使は嘆息しながら貨幣を指で弾いてきました。
「古レンプロバルク王朝が最初に作った銀貨だ。貴殿ならそれの価値がわかるだろう? これで話だけでも聞いてもらえないか?」
「私の時間を提供する代わりに、これを質草にするという事でよろしいですか?」
「話を聞いてくれるなら何でも構わんよ」
天使はそう言いつつ椅子に座り、さっそく話の続きをしようとしました。
しかし店主は「まず最初に当店の決まりについて聞いてください」と話始めました。彼は何億回と繰り返してきた説明を口にし、新たな客に対して「これに同意していただけるのであれば取引を開始します」と言いました。
天使は本題になかなか入れない事で辟易としていたので、適当に聞き流して「構わんよ」と同意の言葉を返しました。
「さて……源の魔神暗殺の協力でしたか? お断りします」
「貴殿はあの邪神に敵視されている。貴殿がどう考えていようと、彼の魔神が生きている限り、貴殿の命は脅かされ続けるぞ」
「命を狙われるぐらい、私は気にしませんよ」
店主はそう言いつつ、気になっている事を問いかけました。
「そもそも、彼の魔神は天使の創造主。貴方達の親のような存在でしょう?」
天使達は源の魔神が創造した尖兵。
多くの天使が彼の魔神に付き従い、世界を滅ぼし続けていました。時には人類を繁栄に導く事もありますが最終的に刈り取るのは変わりません。
彼の魔神は世界という畑を作り、そこに人類という種を撒いて育て、刈り取ることを
「ハッキリ言って、源の魔神がやっている事は愚行だ。何の意味もない」
店主の前にやってきた天使は表情を歪めつつ、自身の創造主を批判しました。
世界を増やし、人類の種を撒いて育て刈り取る事で得られるものもありますが、それ以上に人類から恨みを買いすぎている――と言いました。
「源の魔神の力は確かに凄まじいものだが、彼の魔神にも限界はあるはずだ。実際、彼が考え無しに世界を増やして人類を増やすものだから管理が行き届かなくなっている。多くの抵抗勢力が生まれ、天使は迷惑しているんだ」
天使は「世界はもう必要ない。9割以上の人類を滅ぼし、家畜として必要な数だけ残しておけばいいのだ」と断言しました。
「人類の事はまだ何とかなるとしても、我らはもう限界なのだ。彼の魔神の暴力性は人類だけではなく、我々にも向けられている」
源の魔神はとても感情的な神でした。
ちょっとした事で癇癪を起こし、味方に対して当たり散らす事も珍しくありません。何体もの天使が理不尽な理由で彼の魔神に痛めつけられ、殺されてきました。
源の魔神が何をしても、誰も罰する事は出来ません。彼の魔神は法の上に立つ存在であり、人類どころか天使すらその時の気分で屠る事が可能でした。
耐えかねた天使達が謀反を起こすこともありましたが、源の魔神はそれを羽虫に殺虫剤を撒くが如く処分し続けてきました。
店主を頼ってきた天使は「誰かが彼の魔神を殺さなければ、我らの同胞は苦しめられ続けるのです」と深刻そうに言いました。
「ただ、真っ向勝負で彼の魔神に挑むのは愚策。ゆえに私は密かに同志を集めているのです。奴を暗殺できるだけの戦力を水面下で集めているのです」
「私もその戦力候補なのですね」
「協力してくれるか?」
「直接的な協力はお断りします」
「訣別の魔神・メディチ。貴殿はかつて源の魔神と互角の戦いを繰り広げた事もあるのでしょう? 敗北はしたものの、死ななかった実力もある」
天使は「貴殿の力に
「私が彼と『互角の戦いを繰り広げた』なんて事実はありません。私は単に逃げ回って、いまここにいるだけですよ」
「仮にそうだったとしても、それはとてつもない事なのですよ。彼の魔神は多次元世界最強の魔神です。アレに何年も付き纏われ、生きている事が奇跡なのです」
「では、奇跡的に存在しているだけ。偶然生きているだけなのでしょう」
「このままでいいと本気で思っているのですか? 立ち向かわなければ奴の刃はいつか貴殿の首を跳ね飛ばしてきます。貴殿も死にたくはないでしょう?」
「死は1つの結果です。私が必要とされなかっただけです。可能な限り死なないように足掻きますが、避けようのない死は受け入れますとも」
暗殺計画にまったく乗ってこない店主に対し、天使は苛立ちを覚えました。
店主は天使の苛立ちを感じつつも、のほほんとした様子で「直接的な協力は出来ませんが、間接的な協力は出来ますよ」と言いました。
「暗殺向けの異能・技術もあるので、それらの用意なら――」
「<ウィンフィール>の子らの仇討ちをしなくていいのですか?」
天使の言葉に対し、店主はピクリと反応を示しました。
しばしの沈黙が流れた後、店主は「古い名をご存知ですね」と呟きました。
その声色にはいつもの喜色だけではなく、微かな悲しみも混ざっていました。
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