オレだけが使える質屋~寿命も質草にしてパワーアップ! 後悔なんて絶対しない~

オレだけが使える質屋

万年荷物持ちのオレでも強くなれますか? ~誰も知らないヒミツの店で世界最強~



 あるところにエリタミノールという男がいました。


 彼は迷宮に潜る冒険者を生業としていましたが、なかなか芽が出ず不遇な立場に置かれていました。


 迷宮に巣くう魔物達との戦いでは大した役に立てず、怯えて逃げ回ってばかり。失禁しているところを他の冒険者に助けられ、「故郷に帰りな」と笑われる事もありました。


 それでも彼は冒険者稼業を続けました。


 冒険者として成り上がる夢を捨てきれませんでした。


 彼は荷物持ちとして冒険者パーティーについていき、小銭を稼ぐ日々を過ごしつつ、暇な時間があれば剣を振って自分を磨きました。


 ただ、重い荷物を持って迷宮を歩き回っているうちにくたくたになり、剣の訓練すらままならなくなりました。


 魔法を身につけようとした事もありました。魔道士に頭を下げ、教えを請おうとしました。煙たがられ、何の役にも立たない本を魔導書として売りつけられるのがオチでした。


 剣にしろ魔法にしろ、彼の努力は実りませんでした。


 荷物持ちとしてこき使われているうちに類い希な筋力が身につき、迷宮で無双する――なんて事にもなりませんでした。彼は彼のままでした。


「おい、エリタ! 俺の剣の手入れをやっておけ!」


「お、オレは……雑用なんかじゃ――」


「あぁん? 役立たずのお前を使ってやってんのに、口答えか!?」


「いたッ!! す、スンマセン……。へへっ……ちゃ、ちゃんとやりますよ」


 彼はうだつが上がらない冒険者として先輩冒険者どころか後輩冒険者にも笑われる日々を送っていました。そうしているうちに愛想笑いは上手くなっていきました。


 彼は自分の才能に絶望していましたが、それでも冒険者として成り上がる夢を捨てきれず、冒険者稼業にしがみついていました。


 いつか何か奇跡が起こる。そんな希望にすがっていました。


 そんなある日、彼に転機がやってきました。


「エリタ。お前最近、羽振りが良いらしいじゃないか」


「どんなズルをしてるんだ? 冒険者仲間からコソ泥でもしてんのか?」


「別に……。普通に魔物を狩って稼いでるだけだよ」


 ある日突然、エリタミノールは「冒険者らしいやり方」で稼げるようになりました。荷物持ちでも雑用係でもない方法で食い扶持を稼いでみせました。


 装備も新調し、途端に冒険者らしくなったエリタミノールに対し、彼をアゴで使っていた先輩冒険者達は絡みに行きました。


 先輩冒険者達は愛想笑い1つ浮かべず、淡々と食事をしていたエリタミノールの反応が気に入らなかったらしく、「表に出ろ」と喧嘩をふっかけてきました。


 多くの冒険者達がいつも通りの結果を――エリタミノールがボロ雑巾のようにされる結果を――予想しました。しかし、彼は大した傷を負わずに酒場に戻ってきました。逆に先輩冒険者達が拳で蹴散らされていました。


 荷物持ちと雑用ぐらいしか出来ない三流冒険者に過ぎないはずのエリタミノールが、複数人相手の喧嘩で軽く勝利した。


 そのうえ、冒険者として真っ当に稼いでいる。


 迷宮の魔物を真っ当な方法で狩っている。


 魔法どころか、剣すらまともに使えなかったエリタミノールが!


 皆はその事に驚きましたが、彼がどうやって急に強くなったかは理解できませんでした。何らかの「ズル」をしているに違いないと考えられたものの、誰もズルを証明できませんでした。


 エリタミノールは自分が急に強くなった秘密を探ってくる者達に苦笑しつつ、馴染みの酒場を後にしました。


 いままでずっと寝かせてもらっていた馬小屋ではなく、キチンとした宿の一室に戻り、迷宮で得た戦利品の勘定を始めました。


「さぁ、今日も行くか」


 彼は確認した戦利品を布袋に入れ、部屋の扉に手をかけました。


 扉の先には宿の廊下があるはずでしたが――。


「いらっしゃいませ。御客様、何か御入り用ですか?」


 廊下があるはずの場所は、雑多な品々が置かれた古美術店アンティークショップのような場所になっていました。


 店内には継ぎ接ぎで作られた外套コートを着込んだ大男がおり、その大男がエリタミノールを迎え入れました。


「店主、今日も戦利品を持って来た。これを買い取ってくれ」


「承知しました」


 店主と呼ばれた大男はエリタミノールが持っていた布袋を恭しく預かり、受付台カウンターに並べ、1つ1つの価値を調べ始めました。


 大男の振る舞いはとても丁寧なものですが、出で立ちは威圧感のあるものでした。頭まで外套で作られた頭巾に覆われており、よくよく見ると顔があるべき空間には底知れない闇が存在しています。


 明らかに尋常のモノではありません。


 エリタミノールもそれはわかっていました。初めて「店主」と出会った時は魔物と勘違いし、腰を抜かしてしまったほどでした。


 ただ、エリタミノールはこの店主に頼る事にしました。


 尋常なモノではないからこそ、力を欲して店主に頼る事にしたのです。


「査定終了いたしました。今回はこの辺りでいかがでしょうか?」


 店主は査定を終えると、何もない空間から紙を引っ張り出してきました。


 たったいま印刷されたようなそれを見ると、そこには男が持ち込んだ戦利品と交換できるものが記されていました。


 エリタミノールは査定表を見て、少し不満げに鼻を鳴らしました。


「寿命1秒分か。安く見られたもんだな」


「申し訳ありません。やはり寿命は貴重なものですから」


「そうだな。じゃあ……この剣をくれ」


「先日、取り置きさせていただいたエリティンの古品ですね? 少々お待ちを」


 エリタミノールに促された店主は、何もない空間から剣を引き抜きました。


 少し使い古されているものの、手入れはしっかり行き届いている名工の品。迷宮街でよく見る粗悪品と違うそれを見たエリタミノールは唸り、それを新しい得物にする事を決めました。


「良い剣だ。しばらくはこれでやっていこう」


「ご一緒に膂力りょりょくは如何でしょうか? その剣を十全に振るうのであれば、もう少し筋肉をつけた方がよろしいかと」


「そうだな……。この間の貯金を足すから、あるだけ力をくれ」


「かしこまりました」


 店主が手を伸ばすと、エリタミノールは心得た様子でその手を握りました。


 店主が力を込めると、その手越しに「力」が流れ込んできました。


 エリタミノールの筋肉が活性化し、急激に成長を遂げていきました。彼はその感触に満足げな吐息を漏らし、改めて剣を振るいました。


「悪くない。剣が羽のように軽く感じる」


「より大きな対価を用意いただければ、さらに多くの力を用意いたします」


 満足げなエリタミノールに対し、店主は礼をしました。そして「さらなる対価を用意していただければ、より強力な力を用意いたしますよ」と言い出し始めました。


「魔法の力だってご用意いたします。御客様のいる世界では魔法が使えますからね」


「でも、それは高いんだろう?」


「ええ。しかし、御客様は既に対価をお持ちですよね?」


「ん……。まあ、考えておくよ」


 慇懃な店主に対し、エリタミノールは僅かに警戒しながらもそう返しました。


「また来るよ」


 エリタミノールは店主に見送られ、店の表口から出ていきました。


 出て行った先は自分がいた宿屋の一室でした。エリタミノールが再び扉を開くと、そこには本来あるべき宿屋の廊下が戻ってきていました。


「……やっぱり、アイツの店は別の場所にあるんだな」


 店主は異空間に店を構えていました。


 そこにエリタミノールのような「何かを欲している客」を招き、価値あるモノを――質草を差し出す事で様々なモノを貸し与えていました。


 店主は金や物品に限らず、様々なものを用意することが可能でした。その中には膂力も含まれており、エリタミノールは質屋を通して手に入れた膂力によって並大抵の冒険者を遙かに凌ぐ力を手に入れていました。


 それもほんの一瞬で。


 エリタミノールは店主の力を体感し、有用だと考えていました。


 同時に「恐ろしい」とも考えていました。


店主アイツは悪魔かもしれない」


 自分が迷宮で得た戦利品をせっせと持ち込んでいくうちに心まで奪い、奴隷にしてくるかもしれない。尋常ならざる力を持つ店主に対し、エリタミノールは警戒の心も持っていました。


 怪しむのであれば、あの店の利用は控えるべきでしたが――。


「……でも、オレはあの店に頼るしかない。アイツに追いつくためにも――」


 あの質屋にいけば、一瞬で強くなれる。


 実際、自分は強くなった。


 うだつが上がらない荷物持ちが、一端の冒険者に成長した!


 よく警戒して利用すれば、きっと大丈夫。


 エリタミノールはそう考えつつ、宿屋のベッドで眠りにつきました。


 明日も迷宮に潜り、さらに稼ぐ。


 得た戦利品を質屋に持ち込み、さらに強くなる。


 自分なら得た力も質屋の存在も、上手く扱える。


 元々は何の力もなかった男は、そう信じていました。



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