月夜

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夜。民家に戻った雪見は仕立ててもらったお嬢様服を着たまま寝転がっていた。


「お姫さん、起きて。服にしわが寄る」

「嫌。つかれた」

「何があったんです、昼に」


見かねた弓弦が雪見へと近づく。


「……良い人が居たの」

「へえ……。珍しい、根明ですか?」

「うん……」


討伐隊の人間は、大概頭のおかしい連中の集まりである。卑屈で、卑怯で、妖怪を殺すことを躊躇しない。そんな組織の根明は、まあ、珍しいものである。


「香炉さんって言うんだよ。すごく優しいの。私、その人のためなら……」

「目的を放棄しても良い、と?いけませんよ、そんなの」


雪見の本音は、あっけなく否定された。


「ど、して……」

「雪見、貴女は消えた少女を救わなきゃいけない。討伐隊は冷酷です。少女も蜘蛛に与していたと見なされ殺される可能性が高い。その前に、貴女が救う。そうでなければ、オレは貴女をここから遠ざける。放棄するなら怪我をしないよう戻りましょう。どちらを選ぶのです?」


捲し立てられ、雪見は小さく呟いた。


「分かっ、た。あの子を助ける。討伐隊より、先に」

「それでいいのです。場所は聞きましたか?」


回答に満足した弓弦が、微笑みながら言う。


「うん、祠だって。神社のところって言ってた」

「お手柄です。さあ、準備をして。夕餉を食べたら向かいましょう」

「はーい」





********************




「へえー、女の子に会ったの?」

「そう!良家のお嬢様って感じの子!夜に外に出ることは無いと思うけど、心配だなー」


討伐隊、野営地。ふたりの軍服姿の女が鳥の串焼きを食みながら語らっていた。

ひとりは白鷺香炉。昼に雪見と会話した女である。

もうひとりは灰烏融美はいがらすゆうみ。香炉の友人である。少し子供っぽさの残る口調の融美は、香炉にとっていちばんの友人といえた。


「そう、危ないからって言ったんだー」

「うん!ああいう子を守るためなら、アタシなんだって出来るよ!」

「わたしには真似できないなー」

「出来る出来る!親友の融美だもん!」

「無理なものは無理だもん!」


融美はなおも否定する。観念したのか、香炉は以降それを話題にすることはなくなった。


「全員、集合!」


大きな声が響く。


「あら、隊長が呼んでる」

「そうだねー」

「行こうか」


ふたりは立ち上がり、ひらけた広場へ向かった。


「国民を守るため、討伐隊、出陣!」


隊長の演説を終え、隊員は昂揚していた。


沸き立つ雰囲気の中で、かさかさと動く獣がいた。



神社に向かい始めてから数十分。香炉と融美は、なおも語らっていた。

緊張感がないが、実際、そこまで苦労せず終わるだろうと思っていた。

今までもそうだった。

自分たちがなにもしなくても、隊長が何とかしてくれる。エリート達は弛緩していた。


「あ、融美。その扇、すごく綺麗だね」


途中、香炉が融美の持つ扇の話をし始めた。


「本当?これね、わたしの大切なお婿様からもらったの」

「お婿様?え、融美お嫁さんなの!?」


驚愕する香炉を見てクスクスと笑いながら、融美は続けた。


「そうよ。わたし、花嫁なの。この世でいちばん格好いいお方の、お嫁さま」


融美は香炉の手を引き、列の一番前、隊長のすぐそばまで近づいた。隊長の服の裾を掴み、扇を這わせた。


「だからね、とっても申し訳ないけれど」


月明かりに、白地に金の刺繍の入った扇がきらめく。


「ごめんね、香炉。ごめんね、隊長さん」


赤い飾り紐が揺れる。


「ごめんね、みんな」


扇を振った。


「せめて、怖くならないように」


扇と同じ配色の着物が染まる。


「すぐに楽にしてあげるからね」


紅く、紅く。


「わたしと、あるじ様の為に」


扇がばさりと開かれる。


「だから、もう、あきらめて」


融美、もとい八十女は告げる。


「糧になるのを怖がらないで」


この世でいちばん、残酷な宣言を。


「さよなら、みんな」


月明かりに、紅く染まった扇と、同じく紅に染まる隊長が照らされていた。


エリート達の安寧は、今、この時をもってあぶくとなって掻き消えた。

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2025年1月4日 19:00
2025年1月11日 19:00
2025年1月18日 19:00

あやかしレイン 猫舞花矢 @sikineko-0827

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