大事

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「少女が消えた?変なこと言いますねお姫さん」

「変じゃない!本当だよ!」


武縁総合学舎の事件から五日後。雪見はことの顛末を弓弦に話していた。というのも、雪見は二階フロアを凍らせた後、死んだように眠り、時折目覚めることはあれどすぐに再び眠るという状態が続いていたのだ。


「全く……。雪見、オレは別に貴女のことを疑うつもりはさらさらありません。貴女のこと、愛していますしね」

「愛……?」

「ええ。愛してます。だから思うんです」


弓弦はやや浮ついた言葉を口にしつつ、雪見に説いた。


「いつか、貴女がその善性で身を滅ぼすかもしれないと」


ゆっくりと言い聞かせる。


「オレの元から消えてしまうのではないかと」


貴女は危険なことをしていると。


「貴女が人を殺そうが、他者から嫌われようがどうでもいい」


大事だから守らせて欲しいと乞い願う。


「ただ、オレのそばに居て。危険なことはしないで」


すべてはひとりの少女の為だと囁く。


そう願う弓弦の頬に触れ、雪見は呟く。


「弓弦、大丈夫よ。私は貴方のモノだもの。絶対、離れない。もう危険なこともしないわ」


ひとりにしないで。


「本当は、事件に関わるつもりはなかったの。二階が、変だなって思って、居ても立っても居られなくなったの」


あなたがいなくなったら生きていけない。


「こういうのが、弓弦の言う善性、なのよね」


あなたのおかげで私が居るの。今、こうして立っていられる。


「弓弦が嫌って言うなら、善性なんて要らない」


すべてはあなたのために。


「弓弦の為なら、私、何でもする。名誉も、恥も、富だって、あなたのためなら捨てられる」


置いてかれないように。


「弓弦だから、良いの。弓弦以外要らない。あなたが言うならなんだって辞める」


だから、尽くす。


「あなたに、すべて捧げられるの」


少女雪見貴方弓弦に尽くし続ける。



いつの間にか、雪見は泣いていた。ほろほろと涙を流す姫君を、弓弦は抱きしめた。


「すみません、オレのせいで泣かせましたね。少し眠りましょう。起きたらまた、お話ししましょう」

「うん……」





********************



3/26




事件翌日。武縁総合学舎では緊急会議が行われていた。


「山辺理事長。この度の責任はいかがなさるおつもりで?」


理事長、山辺瑞葵は困窮していた。

今回の件は、実のところ、未だ不明な点が多い。二階フロアの妖怪の封印を怠ったのは誰か。同時刻に起こったシェルター避難民の暴徒化及び六階フロアで変死していた一般男性など、今回の事件だけで、兎角おかしい事が多い。


「それは……こちらの、責任不足です。妖怪を預かる者として、至らぬ点も多くあると考えております」

「ならば、早急に解決しろ!おまえ達の所から一匹妖怪が逃げたんだぞ!?」


男が怒気混じりに叫ぶ。


「承知しております。逃げ出した妖怪を駆除するため、我ら武縁総合学舎は討伐隊を編成いたしました。選りすぐりのエリートで構成されていますから、駆除も時間の問題かと」


瑞葵は言い切った。この連中は人の話を聞かず、自分の話ばかりで非常に面倒だったが、静まり返った室内を見て内心ほくそ笑む。

__ざまあみろ。


「では、ワタシはこれで」


瑞葵は退室した。




********************





4/3



八十女はゆったりと歩いていた。

山の中だった。わざわざ下駄を履いて、足場の悪い山道を往く理由は不明だが、顔は緩んでいた。


「やっと来たか、クソ女」


緩んでいた顔も、とある男の一言で冷めるのだが。


「クソ女だなんて酷いわ。わたしは八十女よ?あの人のお気に入りで、花嫁なんだからね!」


子供のようなおとなだった。身体は女性だが、性格や態度はいやにこどもっぽい。金刺繍の着物をはためかせ、八十女は男を見た。


「なあに、前会ったときと変わんないじゃない。つまんない!」

「うるせぇよ。お前馬鹿なんだから黙ってろ」


馬の合わないふたりである。男が煽り、八十女が反論する。これでも仲間なのだから恐ろしい。


「馬鹿じゃないわ!酷いこと言わないで!殺すわよ!?」


耐えられなくなったのか、八十女が手を振った。瞬間、


「八十女、やめなさい」


深く響く声がした。それを聞いた八十女は勢いよく振り向いた。


「主上。お見苦しいところを見せて申し訳ございません」

「あるじ様……!」


男が謝罪し、八十女が嬉しそうに微笑む。


「構わないよ。八十女、僕の大事な部下を安易に殺さないでくれるかな?キミのためを思って言っているんだよ」

「はあい。ごめんなさい、あるじ様」

「良い子だね」


素直に従った八十女に男は侮蔑的な目線を寄越し、再び主に目を向ける。


「それで、主上。おれ達に何の用です?」

「ああ、そうだった」


主と崇められるそれは、八十女に近づいた。


「キミにね、大事なことをお願いしたいんだ。キミにしか出来ないことだよ」


八十女は目を輝かせて頷いた。

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