第13話◇精霊の召喚に挑戦します

「わ、私、今なら精霊を呼んで契約することも、できるかしら……。い、いけちゃわないかしら?このまま」


 少し気が大きくなった私は「今のこの勢い、逃したくないわ!!」と、次の目標をクリアすることを試みたくなった。


「やってみたら?きっといけると思うな」


 ふふっ、と軽い感じで笑ってはいるけれど、イデアもすぐさま後押ししてくれたから、勇気が少しずつ湧いてきた。


「う、うん。試してみるわ」


 私はさっき失敗しまくった精霊召喚のための呪文を、改めて唱えてみることにする。


 結局、さっきまでの、イデアがやってくる前の私には、何にも分かっていなかったのだ。

 だって、「精霊魔法を使おうとして、精霊召喚の呪文を唱えていた」のよ?

 精霊魔法も精霊召喚も、それでできるはずがないじゃないの。


 お母様とお父様の思い出の歌を思い出し、イデアに導かれて、私はもう私の体内の四元素に対応する全ての魔力の動きが手を取るように分かっている。

 この状態なら、きっと……。


 すう、と息を吸って、本にあったまま、精霊召喚の呪文を唱える。


「火、土、風、水、あまたの精霊にあまねくこの声、響き渡れ。我、イリス・フロレンティナ・ストレリチアがこの血をもって命じる。汝、その力をもって我が召喚に応えよ……」


 けれど。


「え、っ……!?」


 私は驚いて声を上げる。


 本によると、「精霊召喚の呪文を唱えると、召喚者本人の魔力の質、すなわち火・土・風・水のうち最も対応している属性の精霊が応じる。すると、精霊界から精霊が顕現する際のエネルギー源としてマナを吸収するため、対応する属性のマナが大気中から集まり(火属性の魔力に対応した者には火属性の精霊と火属性のマナが引き寄せられる)、その凝集点、すなわち召喚者の目の前に現れる」はずなのに。


 左ポケットが光っている。

 まるで「こちらがその凝集点となっております」とでもいうように。


 待って……そんなはずない、だって、そこには両親からもらったあの宝玉しか今は入れていないのに!!


 何でこれが光るの!?

 もしかして、私、何か呪文間違えちゃったりした!?


 慌てて口を押さえた私は、またふっと思い出す。

 あのとんでもなく分厚い本の、その記述を。


「精霊女王であるストレリチアに限っては、呼び出すにあたって特殊な条件がある。精霊魔法の素養が高い者、すなわち火、土、風、水の四元素全てを操ることが可能とされたストレリチアの血族者のうち、実際にそれらを自在に操れる者でなければ、ストレリチアの召喚者としての条件が満たされない。これが『四元素は精霊魔法の極み』と言われるゆえんである。なお、精霊は一度召喚すると召喚者が死亡するまでその契約が継続されるが、ストレリチアも同様である」。


 私、もしかして、さっきので条件満たしちゃってた……!?


 それに、さっきイデアが説明してくれた「魔法はどうなって欲しいかを具体的に」という話。


 私が口走ったあの呪文は、例の本に書いてあったものをそのまま丸暗記したものだ。例えば「精霊界に今いる精霊に呼びかける」みたいに、「どこにいる精霊を呼ぶのか」を指定していなかった。当然精霊界にいる精霊を、何でもいいから呼び出そうと思った結果、具体性に欠けていた。


 そのため、精霊界にいる普通の精霊でなく、たまたま一番近い位置にいた宝玉の中のストレリチアを呼び出す形になってしまったのかもしれない。ちょうど直前に四属性を使えるようになって条件が整っていたために。


 ということは――。


 私は思い出す。

 ストレリチアが「来る」かもしれない?この、宝玉の中から。まるで前回の、あの時みたいに……?


 そう深く考えた時。脳裏にあの恐ろしい、鳥の化け物のような存在と、目の前で繰り広げられた凄惨な光景が蘇る。


 ……本当は、怖い。だけど。


 それなら、私が召喚者としてストレリチアを制御しないといけない。もし制御できなかったとしても、せめて私の命にかえてイデアの命だけでも守らないと……!!


 宝玉はまるでそうするのが当然のように、自らポケットから飛び出て空中に浮かぶ。あいかわらず強い光を放ちながら。


「この光、は……あの時のっ……!?」


 イデアが何か口走ったけれど、それを気にかける余裕はなかった。光の奥に鳥の姿が垣間見えたと感じて、ゾッとした私は叫ぶ。


「イデア、下がって!!」

「っ、イリス!?」


 私はとっさにイデアをかばうように前に出た。


 四属性の魔法を使えると言っても、さっきはどれもほんの二十秒程度持続したくらいの、わずかな力しか出せていなかった。こんなぶっつけ本番みたいな状況で自分がどこまでできるか、全く分からない。


 だけど、それでも守りたいから。やるしかない。


 今度こそ、誰も巻き込みたくないの……!!


 火でも土でも風でも水でもいい、とにかく、防御のための何かが少しでも出てくれれば。そしてストレリチアが一撃を繰り出すタイミングに、うまく私の持続時間の約二十秒の魔法を合わせられれば、何とか……!!


 盾、いいえ、もっと大きな、壁のようになる魔法……!!


 適した防御のための魔法、と考えて、私は球状の壁を連想する。それこそ球体の宝玉の中に自分とイデアを閉じ込めたようなイメージで、想像する。


「火・土・風・水、どの属性の魔法でも、ああ、もう全部の属性でもいいわ!!とにかく、壁になって!!私たちのこの身を守って……!!」


 私は必死に叫んで両手を突き出す。


 瞬間、ヴンッ、とさっき四属性の魔法と共に現れていた四種類、四色のマークと全く同じものが宙に浮かび上がった。


 それぞれの色のマークがクルクルと回転しながら合流すると、新たな別の魔法陣が発生する。四分割された同心円に火・土・風・水の四種類のデザインが複雑に絡むその中心にあるのは、教会関係でよく見かける女神様のマークだ。


 そうして、ついにそこから、四属性全てを含んだ複合魔法が噴き出すように現れて、守りの盾を形作った。


 一部は燃え盛る火。

 一部は土壁。

 一部は水の奔流。

 一部は竜巻。


 そのイメージ自体はできていたけれど、出来上がったのは継ぎはぎみたいな、全く球にはなりきれていないレンズ状のものだった。


 それでも一応、前面のみなら守れる強度はありそうだ、これなら何とか……!!

 私は集中力を研ぎ澄まし、魔法を維持しようとする。


 しかし。


 その二十秒ほどを待つことなく、しゅるんと壁は消失する。


「なっ……全てのイリスの魔法が、マナに分解されてしまった……!?魔力も十分、魔法もちゃんと発動していたはず!!」


 こうイデアが驚きの声を上げた通りだった。

 魔法は霧状のマナに形を変えられて、そのまま光の線になって宝玉の方へと向かっていく。


 ひときわ明るく宝玉が輝いて、そのあまりの眩しさに、私もイデアも目元をかばうように腕で隠す。


 そして、現れた鳥の影。


 ああ……!!

 だめだった、私はまた守れなかった……!!

 せっかく女神様からの加護まで頂いていたというのに!!


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