第11話◇温かい彼の魔力

「雀がお城に行くのなら 草の器にプレゼント

 四つの小箱を送りましょう

 白き息吹も 泉の水も 消えぬ炎も 満ちた地も

 全ての祝福あるでしょう」


 私はブツブツと何度も口に出して繰り返す。

 何かをつかもうとして。

 それは完全に独り言のつもりだった。


 けれどイデアは、死に巻き込むのは嫌だと考える私の気持ちとは裏腹に、積極的に私に関わることにしたみたいだ。


「ねぇ。その歌ってさ、魔法の四属性について歌ってるんだよね?そんな覚えやすい歌があったなんて、子供の時に知りたかったな」

「え?四属性……?って話しかけないでって言ったのにっ」


 さも楽し気に語り掛けられたことで、私はあれだけ無視しようと決めていたはずなのに、またしてもうっかり訊き返してしまった。


 だって、イデアが四属性なんていう、ちょうどイデアと会う前に私が考えていたことを、タイミング良く言ったから。


 途端、思い出の中のお父様が、お母様のこの歌に合わせていくつもの魔法を生み出していた様子が頭の中に蘇った。


 お母様が私を膝に乗せて歌いながら、対面に座ったお父様がその手を動かす。

 火、土、風、水、それぞれの属性の魔法を用いて四つの魔法のマークを宙に描くお父様。

 それを見て真似るようにと、お母様が私の手を握って「こうよ」と誘導して見せる……。


 もう遠く忘れかけていた、数少ない優しい思い出のひとつ。


 ……そうか。

 あれは、歌の歌詞に合わせて魔法をタイミング良く出していたんだ。

 手遊びのような、初級の魔法トレーニングのような、そういうものだったんだ。


 認識した私は記憶の通りに手を動かして、さらにその中身を思い出す。

 そうして、お父様の動きとお母様の歌を合わせて体現して繰り返してみる。


「雀がお城に行くのなら――」


 手を動かすたびに、ふ、とわずかに土臭い、温かく湿った風が舞うのが分かった。


 それは単に手を動かしたから、というわけではなくて。

 ああ、これはきっと、マナ自体が動いているんだ。

 それが「マナを感じる」ってことなんだ。


「両手、貸して。魔力を流される感覚、教えてあげる」


 すると、イデアがまた話しかけてきた。


「えっ……」


 話さないって言ってるのに。

 その上、突然、きゅっと両手を握られて、どうしたらいいか分からなくなる。

 男の人とお互いの手を触れ合わせている状況にちょっとドキッとしてしまったけれど、私は魔力を教えてもらえるものならと、つい言われる通りにこの腕を差し出すままにしてしまった。


 瞬間、触れ合った部分から温かい何かが伝わってくる。


 何なんだろう?

 これが魔力の感触……?


 まるで指先から熱がじわりと入り込んでくるような感じがした。

 きっと、これが彼の魔力なんだわ……。


「……うん。たぶん、これでいけるんじゃないのかな。このままさっきの歌、もう一回やってみて。イリス」


 よく分からないけれど、イデアと手を繋いだ瞬間から、私の体の中でも何だかザワザワするものが動いていると感じている。

 イデアに送り込まれた魔力に反応しているのかも。


「う、うん……分かったわ」


 私は応えて、歌う。


「雀がお城に行くのなら 草の器にプレゼント

 四つの小箱を送りましょう

 白き息吹も 泉の水も 消えぬ炎も 満ちた地も

 全ての祝福あるでしょう」


 歌に対応するかのように、フォン、と空気が震えるような小さな音が聞こえた気がした。

 その感覚に引っ張られるように、体の中がさらにざわりと蠢いたように思う。


 もう一度、やってみよう……。


 私は意識的に目を閉じて集中力を高めると、再度繰り返し歌ってみた。


「雀がお城に、行くのなら」


 途端、ざわざわと体内の魔力が騒ぎ出す。


「草の器にプレゼント」


 魔力は少しずつ流動するかのように指先に集まっていって。


「四つの小箱を送りましょう」


 こう呟いた時には、金の光の筋で描かれた謎のマークが四つ、宙に浮かび上がった。

 マークは少しずつその形が違っていて、歌詞が示す順番に強く輝く。


「白き息吹も」


 白色のマークからは風が吹き出して、私の前髪をほわほわと揺らしている。


「泉の水も」


 青色のマークからは水が溢れ出て、ぴちゃりと弾けた一部の雫が頬に跳ねた。少し冷たい。


「消えぬ炎も」


 赤色のマークからはろうそくのような炎が現れて、ちろちろとした頼りない灯火は風と水に煽られている。


「満ちた地も」


 焦げ茶色のマークからはポロリポロリとどんぐりがこぼれおちてきて、大量に足元に散らばる。


「全ての祝福あるでしょう」


 そう結んだ通り。

 そこには「全ての祝福」、全ての魔法の産物があった。

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