第三階層 ボスの間

第1話 衝撃、ボスの間

 黒いワープゲートを抜け、オレたちはボスの間へとやってきた。

 周囲を見回し、蒼ちゃんがつぶやく。


「何ここ? 洞窟じゃない?」


 その場所は、まるでお城の中みたいだった。日本のお城じゃなくて、西洋のお城。

 ファンタジー映画かテレビゲームに出てきそうなお城。その玉座の間といったかんじだ。

 大広間の奥に王座のような立派な椅子があり、何者かがうつむいて座っていた。

 優汰が例のごとく解説してくれた。


「ダンジョンは必ずしも洞窟とは限らない。森や街みたいな階層が出現することもある。室内型のダンジョンも皆無じゃない。だけど……」


 挑英がミスモリアの盾を構えながら、王座に座る何者かをにらんだ。


「あれがボス……なのか?」


 その挑英の言葉に、ボスらしき存は王座からけだるそうに立ち上がった。

 その右手には黒い棒を握っている。ヤツは口を開いた。


「その通り、俺がこのダンジョンのボスだ。俺を倒せばお前たちは脱出できる」


 挑英が驚きの声を上げた。


「馬鹿な! モンスターがしゃべっただと!?」


 蒼ちゃんが、こちらも驚きながら言う。


「しゃべったっていうか、あの姿はまるで人間じゃない!」


 二人の言う通り、二本足で立ち上がったボスはモンスターよりも人間に近い姿だった。

 肌の色は青く、頭からは二本のツノが、口元からは鋭い牙がのびている。

 だがそれでも、ヤツの姿はモンスターというよりも人間的だ。

 あえて言うなら、昔話に出てくる青鬼とでも言えばいいのか。

 これまで見てきたモンスターとはまるで違う。


 そもそも普通のモンスターは言葉をしゃべったりしない。

 ボスの持つ黒い棒が、電気をまとってのびるのを見て、蒼ちゃんと挑英がさらに驚く。


電撃刀ビリビリソード!」

「モンスターがアイテムを使うというのか!?」


 たしかにそれも驚くべきことだ。

 だが、そのとき。

 オレは……オレと優汰と一角教官の三人は、挑英と蒼ちゃんの二人よりも何倍も、何十倍も、何百倍も驚きとまどっていたと思う。


 だって、ボスの顔は!!


 呆然となっているオレたちに、ボスが襲いかかってきた。

 驚愕で動けないオレ。それは優汰や教官も同じだった。

 蒼ちゃんも反応できず、唯一動いたのは挑英だ。

 ミスモリアの盾で、ボスの電撃刀ビリビリソードを受ける。


「何をしている! 全員構えろ!」


 挑英の叫び声に、オレは何もできなかった。

 頭の中がごちゃごちゃになって、体が動かせない!


 だって!


 動かないオレに、挑英が再び叫んだ。


「疾翔! 何をしている!?」


 だが、彼はそれ以上言えなかった。

 ボスの力は強く、ミスモリアの盾ごと挑英は壁に吹き飛ばされてしまった。

 挑英を吹き飛ばしたボスは、教官に電撃刀ビリビリソードをふるう。


「くっ!」


 教官は光の刀ライトニングソードでボスの電撃刀ビリビリソードを受け止めた。そして叫ぶ。


「何を……飛翔、お前は何をやっている!?」


 やっぱり、教官も気づいている。

 目の前にいるボスは青い肌とツノと牙を持っていても。

 優汰が呆然とつぶやいた。


「飛翔……お兄さん……?」


 そう。

 ボスの顔は、教官が、優汰が、そして誰よりもオレがよく知っている相手のものだった。

 二年前にダンジョンで行方不明になったオレの兄ちゃん――志音飛翔にしか見えなかった。


 蒼ちゃんがオレに……あるいは教官か優汰にたずねるように叫んだ。


「どういうこと!?」


 優汰が蒼ちゃんの言葉に応じた。


「アイツの顔、疾翔のお兄さん……飛翔お兄さんにそっくりなんだよ!」

「何それ!?」

「わかんないよ! そもそもこんな人間みたいなモンスターがいるなんて、パパもママも教えてくれなかったし……」


 蒼ちゃんと優汰がそんなことを言っている間も、ボスと教官の戦いは続いていた。

 教官がボスの攻撃を受け止めながら叫んだ。


「どういうことだ、飛翔! お前に何があった!? 答えろ、飛翔!?」


 ボスは……兄ちゃんは電撃刀ビリビリソードを振るいながらも答えた。


「呪いだよ」

「呪いだと?」

「あの日、お前をかばって転移の罠を踏んで。飛ばされた先で俺はモンスターに囲まれた。そして、呪いにかけられたんだ」


 たしかに、Cランク以上のモンスターには『呪い』と呼ばれる現象を操るヤツがいる。

 呪いをかけられたダンジョンアドベンチュラ-は、動くことができなくなったり、アイテムが使えなくなったり、あるいは高熱が出たりと、様々な影響を受けるという。


「この姿に……モンスター人間とでも呼ぶべき姿になる呪いだ」

「そんな馬鹿な。ありえん! 人をモンスターに変える呪いなど聞いたこともない!」


 だが、優汰がつぶやくように言った。


「ダンジョンのことも、モンスターのことも、呪いのことも、まだまだ研究途中なんだ。『神様が作った』なんていう言葉でごまかしているけど、結局のところダンジョンは『何がなんだかわからない迷宮』で、モンスターは『何がなんだかわからない生き物』で、呪いは『何がなんだかわからない現象』なんだ。誰も知らない呪いがあったって、なんの不思議もないよ」


 だからって、こんな……こんなことって……

 飛翔兄ちゃんは続けた。


「モンスター人間になっても俺は自分の意思で動けた。離脱の指輪リタイアリングはなぜか使えなかったが、元の世界に戻るためにワープゲートを探して先に進んだ。だが、最後の黒いワープゲート……ボスの間へのゲートを通った途端だった。俺はこの場所にやってきて、ダンジョンのボスとなった。その瞬間から自分の意思で自分の体を動かせなくなったんだ」


 なんだよ、それ? 意味がわからないっ!


「俺はここで、何人ものダンジョンアドベンチュラ-と戦った。日本人だけじゃない。世界中のダンジョンアドベンチュラ-がやってきた。俺は……彼らを殺した」


 え? 殺したって……


「意識はある。だが、ダンジョンアドベンチュラ-がやってくると、モンスターの本能を抑えられない。こうやってひたすら電撃刀ビリビリソードをふるって、ダンジョンアドベンチュラ-を倒してきた」


 オレは呆然と言った。


「う、うそだ……そんなこと……飛翔兄ちゃんがするわけない……」


 飛翔兄ちゃんは暗い表情で言った。


「事実だよ、疾翔。お前が憧れた兄貴はもういない。いるのは何人ものダンジョンアドベンチュラ-を倒した人殺しのモンスター人間だ」


 いつの間にか、オレは膝をついて震えていた。

 どうしたらいいのか全然わからなかった。


 これは本当のことなのか?

 飛翔兄ちゃんがモンスター人間になった。


 ダンジョンのボスになって、ダンジョンアドベンチュラ-を倒した?


 人を殺した?


 そんなこと……そんなことありえない!

 気がつくと、オレは叫んでいた。


「うそだ! 絶対にうそだ! お前は飛翔兄ちゃんじゃない! モンスターが……ボスが化けているだけだ!」


 きっとそうだ。そうに決まっている!

 モンスターについてわからないことだらけだっていうなら、人間そっくりに変身できるモンスターがいたっておかしくない。

 コイツは飛翔兄ちゃんに化けている卑怯なモンスターだ。

 それだけのことだ。


 そう思った。

 そう考えたかった。


 オレは電撃刀ビリビリソードを握りしめ(のびろ!)と念じた。

 この卑怯なモンスターをやっつける!


 それだけを考えて。


 だが、そのときにはもう手遅れだった。


 ヤツの……兄ちゃんの姿をしたボスの持つ電撃刀ビリビリソードが、教官の脇腹にクリーンヒットした。


「ぐふぁ」


 教官は苦しげにうめいて、たまらず光の刀ライトニングソードを落とし、倒れ込んでしまった。

 ボスは電撃刀ビリビリソードを教官の顔面に振り下ろそうと動く。


 まずい!


 お腹ならまだしも、顔面に直接電撃刀ビリビリソードをくらったら死んでしまうかもしれない!


 助けなきゃ!

 どうやって?

 オレが戦って?

 誰と?

 飛翔兄ちゃんと戦う?

 いや、違う。ヤツは飛翔兄ちゃんなんかじゃ……


 混乱する頭は、オレの動きを止めていた。

 オレの代わりに動いてくれたのは優汰だった。


「教官!」


 叫んだ優汰の暴風の杖ストームスティックから、暴風が発生しボスを吹き飛ばした。

 吹き飛ばされたボスはあっさり立ち上がる。たいしたダメージは無かったらしい。


 そのとき、挑英の声が響いた。


「蒼! ヤツを凍らせろ!」


 挑英も相当ダメージを受けている様子だが、それでもミスモリアの盾を持って立ち上がっていた。

 その言葉に、蒼ちゃんがハッとなって、氷河の杖グレイシャースティックをボスに向かって構えた。

 火炎フレア蜥蜴とかげの群れを凍らせた時とと同じ……あるいはそれ以上の吹雪と氷が荒れ狂い、ボスの全身を氷が包み込んだ。

 ボスはまるで氷に封印されたかのように動かなくなった。

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