第7話 黒いワープゲート

 宝箱から出てきたアイテムを手に、オレたちは先に進んだ。

 しばらくすると再び広間が現れ、そこにいたのは長さ一メートルほどの真っ赤な炎を背負ったトカゲのようなモンスターだった。

 優汰がモンスターを刺激しないように小声で言った。


火炎フレア蜥蜴とかげだ。それも十匹以上いる」


 ランクCのモンスターだったか。力は黒疑竜アライクブラックドラゴンよりは弱いが吐き出す炎の強さは同じくらい。

 最初の発見者は日本人で、だから名前の後半はそのままとかげと読む。

 もはやダンジョンの法則なんて関係ないな。


 ヤツラはすでにこちらに気づいて臨戦態勢だ。

 一番近くにいた火炎フレア蜥蜴とかげが大きく口を開けた。その口の奥には炎が見えた。

 まずい! 火炎の息がオレたちに襲いかかってきた。


「くっ、みんな下がれ!」


 挑英が叫び、ミスモリアの盾を構えてオレたちの前に進み出た。さすがはミスモリアの盾。炎をすべてはじく。

 だが、それは盾を持つ挑英に全く熱が伝わらないという意味ではない。


「くっ!」


 盾を持つ手は熱そうだし、盾の上下左右から漏れ襲いくる熱はオレたち全員を苦しめる。

 他の火炎フレア蜥蜴とかげたちも追撃するために炎を吐こうとしているようだ。

 さすがにあれをくらったらたまらない。


 オレは電撃刀ビリビリソードをのばして……と思ったが、優汰が「待って」と言って止めた。


 優汰は暴風の杖ストームスティックを使った。

 杖から吹き出した暴風が、火炎フレア蜥蜴とかげを炎の息ごと吹き飛ばした。

 優汰が叫んだ。


「蒼ちゃん! 火炎フレア蜥蜴とかげの弱点は氷だよ!」


 蒼ちゃんはハッとした顔になり、氷河の杖グレイシャースティックを使った。

 あまりにもすさまじい吹雪と氷の壁が火炎フレア蜥蜴とかげに襲いかかる。

 十匹以上いた火炎フレア蜥蜴とかげはすべて、それだけで黒い霧となって消えた。


 教官があきれたように言った。


「相変わらず貴様の魔力はとんでもないな」


 部屋の半分は巨大な氷の塊で埋まっていた。

 いくら氷河の杖グレイシャースティックが強力な武器だとはいえ、これは規格外だそうだ。


 挑英が言った。


「向こう側の通路が氷で埋まらなかったのは幸いか」


 たしかにこの氷河のような氷で通路の入り口が埋まったら面倒だったかもしれない。

 蒼ちゃんは「ごめんなさい」と謝ったが、彼女に救われたのだから文句はない。

 優汰が引きつった笑顔で言った。


「かき氷屋さんやったら儲かりそうかな」


 それはいろいろな意味で宝の持ち腐れだろうけど。

 いずれにせよ、ここにこのままいたら凍えてしまう。オレたちは次の通路へと進んだ。

 その後も、モンスターは次から次へと襲いかかってきた。

 さすがに黒疑竜アライクブラックドラゴンのようなランクBはもちろん、火炎フレア蜥蜴とかげのようなランクCも現れなかったが、ランクDやランクEのモンスターが次から次に数の暴力で襲いかかってきたのだ。


 オレと教官が電撃刀ビリビリソード光の刀ライトニングソードでたたき、挑英がミスモリアの盾で仲間をかばい、優汰が暴風の杖ストームスティックで吹き飛ばす。

 蒼ちゃんは自分の魔力を恐れてしまったのか、氷河の杖グレイシャースティックを使おうとしなかった。

 いずれにしても、この階層に来てから、黒疑竜アライクブラックドラゴン火炎フレア蜥蜴とかげを含めて二十二匹のモンスターを倒した次の広間で、オレたちはようやくワープゲートを見つけた。


 だが、その扉は……

 オレは自分の顔が引きつるのを意識していた。


「な、なあ、こういう黒いワープゲートってさ、たしか……」


 優汰が、オレ以上に顔を引きつらせながらうなずいた。


「うん、次の階層がボスのだってことだよ」


 ボスの間とは、文字通りダンジョンのボスが待ち構えている階層だ。もちろん、ボスというからには、他のモンスターがザコに思えるほど強力な相手だ。

 初心者向けダンジョンにボスの間なんて出現しない。というよりも、ボスの間の出現が確認されたダンジョンは、問答無用で上級者向けとされるくらいだ。


 オレは青ざめながら誰にともなく言った。


「え、えーっと、ボスってランクC以上だっけ? しかも普通の個体より強いんだっけ?」


 優汰が引きつった表情のまま解説してくれた。


「その通りだけど、さらに言えばそのダンジョンの他の階層で現れたモンスター以上のランクのことが多いね」

「つまり?」

「ランクBのモンスターが現れたダンジョンなら、ボスはランクAってことかな?」


 おいおい。


 さすがにオレだって知っている。

 ランクAっていうのは、もう普通には倒せないモンスターだ。

 よほどのアイテムがないなら逃亡必須。

 一番用意すべきは墓石だといわれるような相手だ。


 しかも、ボスの間では戦わずにワープゲートを探すのも無理だ。なにしろ、ボスを倒した瞬間にワープゲートが現れるのだから。


 オレはもう一つ確認した。


「たしかボスの間って離脱の指輪リタイアリングも……」


 教官が苦々しく言った。


「黒の洞窟と同じく、緊急離脱系のアイテムはボスの間では使えん」


 それから、沈黙が流れた。

 その沈黙を破ったのは挑英だった。


「教官、今の俺たちにボスを倒すことは可能ですか?」

「わからん。ボスが本当にランクAなら勝ち目はない。それはないと信じて進むしかないだろうな」


 蒼ちゃんが「そんな」と泣きそうな顔になった。


「せっかく万能の霊薬ハイパーエリクサーを手に入れたのに。こんなところで……」


 悔しそうな蒼ちゃんの声を聞きつつ、優汰が提案した。


「もう一つの方法としては、この階層をもっと探索してみることかな。強力なアイテムが手に入る可能性もある。それこそ即死爆弾デス・ボムとか」


 あらゆるモンスターを問答無用で即死させるアイテムか。

 たしかに万能の霊薬ハイパーエリクサーが手に入ったくらいだし見つかるかもしれない。

 だが、挑英が言った。


「お前らしくもないな。仮に即死爆弾デス・ボムが見つかったとしても、ボスに即死系アイテムは無効だったはずだ」


 優汰は「うっ」と口ごもった。

 オレが優汰に代わって言った。


「でもさ、即死系はダメだとしても、もっと強力なアイテムはあるかもしれないぞ」

「たしかに一理あるが、お前や優汰の魔力はもつのか?」

「それは……」


 この階層に来てから、オレたちはかなり魔力を使ってしまった。これ以上この階層でモンスターと戦い続ければ、いつ電撃刀ビリビリソード暴風の杖ストームスティックが使えなくなるかもわからない。


 それに体力の問題もある。すでにオレは肉体的にも精神的にもクタクタだ。

 これ以上モンスターたちと戦うのはキツイ。

 魔力と違って体力はワープゲートを通っても回復しない。ならば少しでも体力が残っているうちにワープゲートを開けてボスの間へ行くべきなのか?


 オレたちが議論するのを聞いて、教官が決断した。


「このまま行こう」


 オレが教官にたずねた。


「その理由は?」

「貴様らの前に、私の魔力が限界だ。はっきり言うが、単純な魔力数値をくらべるならば、私の魔力は志音疾翔、お前よりも低い。だからあのとき、飛翔を犠牲にしてしまった」


 やっぱり。なんとなくそうじゃないかなとは思っていたけど……


「教官は飛翔兄ちゃんの仲間だったんですね?」

「その通りだ。黙っていてすまなかったな」

「それはかまわないですけど、オレのテストを教官が担当するなんてすごい偶然ですね」

「偶然ではない。飛翔の弟が見習いアドベンチュラ-の試験を受けると聞いて、私は試験官に志願した。飛翔の弟がどういうヤツなのか見てみたかったからな。結果は飛翔と同じくらい勇気があって暴走しがちなガキだったよ」

「それって褒めていますか?」

「さあな。飛翔との違いがあるとすれば、勉強が苦手ということくらいか。飛翔は勉強も優れていたからな」

「そこは絶対褒めてないですよね?」


 オレが言うと、挑英が口を挟んできた。


「そりゃそうだろ」


 優汰と蒼ちゃんもうなずく。


「そりゃあねぇ?」

「あのテスト32点はちょっとねー」


 みんなで苦笑し合う。

 少しだけ緊張が解けたところで、教官が全員を見て言った。


「さて、先に進むからにはこれ以上無駄話をしている場合ではないな。貴様ら、覚悟はいいか?」


 オレはうなずいた。


「もちろんです。飛翔兄ちゃんならここで逃げたりしないから。オレは最高のダンジョンアドベンチュラ-になる男です」


 挑英も言った。


「そもそも逃げようがないでしょう」


 蒼ちゃんも神妙な顔で言った。


「私は、なんとしても弟に万能の霊薬(ハイパーエリクサー)万能の霊薬ハイパーエリクサーをとどけます」


 最後に優汰が涙目で言った。


「ボクは怖いですよ。でも、怖いからこそ、最善を尽くします」


 それぞれがそれぞれの言葉で覚悟を示したのを確認して、教官は黒いワープゲートを開けた。

 その先には漆黒の空間が渦を巻いていた。

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