第4話 終わらない危機

 そして、ヤツの体はゆっくりと黒い霧に変わっていった。


「たおした……?」


 規格外の蒼ちゃんの炎に焼かれ、教官に目を潰された。その時点でダメージは甚大だっただろう。そして、オレの今の攻撃がヤツの最後の体力を奪い取ったのだ。

 いつの間にか、蒼ちゃんとともにオレの後ろにやってきていた教官が言った。


「信じられんな。小学生がBランクモンスターを倒すとは」

「蒼ちゃんと教官のおかげですよ」


 答えたオレは、自分の体がガクガクと震えだしたのを自覚した。


 いまさらのように恐怖が湧き上がってきた。

 剣道の試合とは違う。牙ネズミファングラットのような弱いモンスターをやっつけるのとも違う。

 一つ間違ったら、オレは……いや、オレたち全員は死んでいた。

 そう考えたら腰が抜けそうだ。


 このまま座り込んでしまいたい。

 だが、そうもいかない。

 優汰の火傷は治ってないし、教官だって怪我をしている。

 蒼ちゃんも、自分の火炎のせいで若干火傷を負っているみたいだし。


 なにより、またすぐ強力なモンスターが現れる可能性もある。

 なにしろ、現実に黒疑竜アライクブラックドラゴンがいたのだ。

 のんきに倒れてなんていられない。

 蒼ちゃんもオレに言ってきた。


「優汰くんは?」

「死んではいないし、さっきはまだ意識もあったよ。だけど、火傷がひどかった」


 優汰はどう見ても全身に火傷を負っていた。本来ならすぐに病院に連れて行くべき傷だ。

 オレは周囲の黒い岩肌を憎々しく見た。


 黒の洞窟。抜け出すためにはワープゲートを見つけるしかない。だが、優汰のあの状況では動くことも難しいだろう。


 教官が先ほど投げ捨てた布袋を持ち上げながら言った。


「春風優汰の火傷に関しては問題ない」


 教官は袋の中から、黄色い液体の入った小さな瓶を取り出した。

 オレたちは優汰と挑英がいる通路へと向かった。


 やっぱりひどい怪我だ。

 オレはあらためて優汰の状況を見て顔をしかめた。

 手足だけじゃなくて、顔も大火傷を負っている。意識もすでにない様子だ。

 教官は瓶の蓋をとると、中に入っていた黄色い半透明の液体を優汰に飲ませた。


「薬ですか?」

上霊薬ハイエリクサーだ」


 上霊薬ハイエリクサー。ダンジョンで見つかる回復薬の中でも強い効果があるアイテムだ。万能の霊薬ハイパーエリクサーほどではないが、重傷をもいやす効果があるという。

 貴重さレアリティはBだったか。

 はたして、優汰の火傷のあとはあっというまに消えた。


 すごい。


 一般の薬とは全く違う。

 劇的な効果に目を見張ってしまった。

 こういう素晴らしいアイテムが手に入るからこそ、アドベンチュラ-は命がけでダンジョンを探索するのだ。


 優汰は「うぅぅ」と声を上げて目を覚ました。

 そして、ゆっくりと起き上がった。


「ボク、どうして……そうだ、黒疑竜アライクブラックドラゴンの炎で……」


 それから、自分が何かの薬を飲まされたことに気がついたらしい。


霊薬エリクサー……いえ、上霊薬ハイエリクサーですか?」

「よくわかったな」

「この回復力はたぶんそうじゃないかって。ありがとうございます。貴重なアイテムを」


 霊薬エリクサーならともかく、上霊薬ハイエリクサーはそう簡単には見つからない。

 効果の有用性もあって、ダンジョンの外では何十万円もの値段で売買されている。


「気にすることはない。試験中に受験生に万が一のことがあったら、躊躇なく使うように言われている。五年前の死亡事故を教訓にしたらしい」


 岩に頭をぶつけて亡くなった子がいたって話か。

 そこまで言って教官がオレたちに頭を下げた。


「それよりも、すまないな」


 いきなりの謝罪に、むしろ驚いてオレは言った。


「何がですか?」

「やはり、私の判断が甘かった。ダンジョンに異常があるとわかった時点で、試験は中止して脱出するべきだった。まさか、黒の洞窟やBランクモンスターが出現するなど、想定外だった」


 オレたちはあわててしまった。


「教官のせいじゃないですよ。オレたちが試験を続行してほしいって言ったんですから」


 蒼ちゃんも言う。


「そうです。むしろ私のわがままのせいで、教官だって怪我をして……」


 そういえば、教官も岩の壁に吹き飛ばされた。怪我もあったはずだ。


「お前たちに責任はない。試験官として、先達として、私の責任だ」


 オレたち受験生と教官とが、おたがいに自分に責任があると言い張る。

 うーん、なんだか気まずい雰囲気だ。

 が、そんな空気なんて気にしないヤツもいた。もちろん挑英だ。


「今は責任がどうこう言っている場合ではないのでは? これからどうするかです。まだ、危機は去っていない」


 たしかにその通りだ。こうしている間にもあらたなモンスターが現れるかもしれない。

 優汰が立ち上がってうなずいた。


「そうだね。とにかく一刻も早くワープゲートを見つけないと。このダンジョンは第二階層までだから、次のゲートを通れば元の世界に戻れるんですよね?」


 教官がうなずいた。


「その通りだ……その通りのはずだ」


 彼女のその声は、自分自身に言い聞かせているように聞こえた。

 挑英がそんな教官に確認した。


「ここまでダンジョンに異常があっても、それは間違いないのですか?」


 教官は「それは……」と目をそらした。それがつまり答えだ。

 オレは挑英に言った。


「どっちにしても、オレたちにできることは他にない。仮に第三階層が出現したとしても、黒の洞窟でなければ離脱の指輪リタイアリングが使えるんだし」

「それはその通りか。ならば一刻も早く動くべきだろうな。優汰、蒼、体は大丈夫か?」


 挑英の問いに、優汰と蒼ちゃんはうなずいた。

 こうして、オレたちは第二階層の探索を開始した。

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