第4話 ダンジョンに異常事態!?

 こちらに向かって牙をむく牙ネズミファングラットを前に、オレは挑英に言った。


「この場合も慎重にか?」

「すでに戦闘状態に入っているなら相手なら話は別だろうが。しかし五体か、なかなかに大変そうだな。いや、それ以前におかしいか」


 おかしい? 何がだ?

 悩むオレをよそに、優汰が言う。


「その件は後で。近づく前に燃やす!」


 火の杖フレアスティックから炎の玉を発射。

 牙ネズミファングラットのうち一匹はそれで倒せた。

 どうやら、コイツらは火の杖フレアスティックの炎の玉一発で倒せるようだ。


 優汰はさらに連射。二匹倒して残り二匹。

 しかし、そのときには残りの牙ネズミファングラットは目の前に迫っていた。


「くっ。速い!」


 優汰がさらに炎の玉を発射しようとするが、ここまで近づかれると、遠距離用の武器は逆に使いにくい。


「優汰、もういい。あとはオレがやる!」


 オレは叫んで電撃刀ビリビリソードで一匹をぶったたく。

 それで残りは一匹。

 だが、その一匹が蒼ちゃんに襲いかかる。


「蒼ちゃん!」


 叫んでオレは電撃刀電撃刀ビリビリソードを構えた。


 が、ダメだ。

 この状況だと下手をすると蒼ちゃんをたたいちゃう。

 それは優汰の火の杖フレアスティックも同じこと。この角度では蒼ちゃんを火傷させかねない。


 オレと優汰は一瞬だけ躊躇してしまった。


 致命的だった。


 蒼ちゃんのふくらはぎに牙ネズミファングラットの牙が突き刺さる!

 そうオレが覚悟したときだった。


 挑英が叫んだ。


「蒼!」


 同時に挑英は牙ネズミファングラット睡煙玉スリープボールを投げつけた。

 睡煙玉)睡煙玉スリープボールは人間には効果がないアイテムだ。

 煙が巻き上がり、牙ネズミファングラットだけを眠らせた。

 牙ネズミファングラットの牙は、ぎりぎり蒼ちゃんにはとどいていなかった。


「コイツ!」


 オレは眠った牙ネズミファングラット電撃刀ビリビリソードでぶったたいて倒した。


 挑英はほっと一息。


「よかった、無事だったな」


 オレは蒼ちゃんに頭を下げた。


「ごめん、オレがミスった」


 優汰もオレに続いて頭を下げた。


「ボクもごめん。もっとうまく火の杖フレアスティックを使えていれば……」

「二人のせいじゃないよ。私もうまく逃げるべきだったわ。それに、そこまで危なかったわけじゃないし」


 え、それってどういう意味だ?

 首をひねるオレをよそに、蒼ちゃんは教官にたずねた。


「そうですよね、教官?」

「たしかにな。牙ネズミファングラットに噛まれても、適切に治療すれば致命傷にはならん」


 だから試験官として手出しはしなかったと説明する教官。

 なるほど。

 本当に命の危険がある状況だと判断すれば、教官が蒼ちゃんを助けたはずだよな。

 試験としては減点だろうけど。


 教官は「しかし……」と首を捻った。


「やはりおかしいな」


 教官の言葉に、優汰と挑英、それに蒼ちゃんも頷いた。


「そうですね」


 そう言って、四人は考え込んだ。


 なんだ?

 さっき挑英もそんなことを言っていたが何か変なことがあったか?

 気づいていないのはオレだけのようだが。


「何かおかしいのか?」


 たずねたオレに挑英があきれ顔。


「馬鹿だとは思っていたが、一桁の足し算もできんのか。それとも事前に教官が説明してくださったことを聞いていなかったのか?」

「足し算?」


 オウム返しに聞いてしまったオレに、優汰がヒントをくれた。


「ここまでに出てきたモンスターの数だよ」


 モンスターの数?

 最初にオレが倒した牙ネズミファングラット、次が死体犬ミイラドッグ。で、五匹の牙ネズミファングラット。つまり合計で……


 そこまで考えて、オレもようやく気がついた


「あっ、数が合わないじゃん!」


 事前の説明ではこのダンジョンに登場するモンスターは一階層につき最大六匹。

 でも、オレたちはすでに七匹のモンスターを倒している。


 挑英があきれたようにつぶやいた。


「やっと気がついたか」


 蒼ちゃんが教官にたずねた。


「どういうことですか?」

「わからん。だが、このダンジョンで七匹目のモンスターが確認された事例がこれまでにないことは間違いない」


 教官がさらに続けた。


「なにしろ、ここは初心者向けダンジョンの中でも、特に難易度の低いダンジョンだからな」


 オレはびっくりした。


「え、そうなんですか!?」

「さすがに訓練を始めてもいない小学生を、本当の死地に連れてこれないからな。見習いアドベンチュラ-になって訓練を始めたらもう少し危険なダンジョンも攻略してもらうが」

「じゃあ、試験で死者や怪我人が出ることもあるって話は?」


 訪ねたオレに教官が答えた。


「怪我人は毎年出るぞ。牙ネズミファングラットに噛まれれば、そこそこは出血もする。死者が出たという話もうそではない」

「でも、牙ネズミファングラットに噛まれたって死なないんですよね?」

「試験時にモンスターの攻撃で直接殺された例はここ二十年ない。だが、七年前に牙ネズミファングラットを見てパニックを起こした受験生が頭を岩肌にぶつけて亡くなったらしい。あるいは、二十年以上前、ダンジョンの研究がまだ不足していた時代は本当にモンスターに殺された受験生もいたらしいぞ」


 オレはちょっと気が抜けたような、微妙に残念な気分になって言った。


「なーんだ。そうだったんだ」


 なんだかガッカリだ。初めての命がけの冒険だと燃えまくっていたオレがバカみたいじゃん。

 そんなオレをよそに、教官が話を先に進めた。


「だが、今回は様子がおかしい」


 優汰が確認する。


「モンスターの数ですか」

「それだけではない。このダンジョンで過去に出現が確認されているモンスターは牙ネズミファングラットかブルースライムのようなランクGのみ。死体犬ミイラドッグのようなランクFのモンスターが出たことなどないはずだ」


 ランクGはよほどのことがない限り命をとられることはない相手だという。牙ネズミファングラットに噛みつかれても、怪我はともかく死ぬことはまずない。


 一方、ランクFはしくじれば命をとられる可能性も0ではない相手だ。たしかに死体犬ミイラドッグにまともに噛みつかれたら危険だった。


「おかしいと最初に思ったのは、ダンジョン突入後いきなり赤の宝箱が見つかったことだ」


 優汰が教官にたずねた。


「初心者向けダンジョンでも赤の宝箱は出現しますよね?」

「もちろんそうだが、しかしそれは……変な言い方かもしれないが、初心者向けの中では難易度の高いダンジョンの場合だ。見習いアドベンチュラ-の試験で入るダンジョンでは、白以外の宝箱などめったに出ない。運がよければ青の宝箱が出ることはあるが、赤の宝箱を続けざまに二個見つけるなどまずありえない」


 優汰がその解説を聞いて言った。


「パパやママは試験がそんなに簡単なダンジョンだなんて言ってなかったんですけど、ボクにはあえて教えてくれなかったんでしょうか」

「先達として試験のネタバラシをさけられたのだろうな。あるいは貴様のご両親が見習いアドベンチュラ-の試験を受けた時代なら、本当に危険なダンジョンに潜られた可能性もあるが」


 飛翔兄ちゃんからも聞いていないが……こっちは本当にネタバラシをさけたのかな。単に弟にかっこつけたのかもしれないけど。

 教官は続けた。


「いずれにしても、このダンジョンになんらかの異変が起きていることは間違いないだろう」


 蒼ちゃんがたずねた。


「もしかして、違うワープゲートを通ってしまったんでしょうか?」


 ダンジョンの姿や構造は毎回変わる。入り口のワープゲートを間違えても、すぐには気づけないかもしれない。

 だが、教官は「それはない」と首を横に振った。


「私もそれを間違うほど愚かではない。ゲートの警備員にも確認したしな」


 ワープゲートのあった洞窟の入り口には警備員がいた。教官がアドベンチュラ-資格証を見せて、試験だと伝えることでワープゲートに進む許可が出たのだ。

 挑英がたずねた。


「だとすると、どういうことなのでしょうか?」

「わからん。こんな事態は初めてだ。だが、そもそもダンジョンとは何なのかという根本的な疑問は誰も解明できていない」


 あくまでもダンジョンの解析は先人たちの経験にもとずいて決められている。このダンジョンの難易度も、過去に何度もダンジョンアドベンチュラ-が攻略した経験を元に判断しているだけだ。


「いずれにせよ、ここまで明確な異常があるとなると、いったん試験を中止してダンジョンから離脱することも検討すべきかもしれない」


 オレは自分の右手の指に装備している離脱の指輪リタイアリングを、無意識のうちに左手で触っていた。

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