第59話
「……お前髭似合わねーな」
「相変わらずお前は無礼な男だな、二十年前と全く変わってなくて驚くよ」
ジェードは昔から繰り返してきた大きな溜息をつく。
「……全部お前の計画通りってところか、娘までたぶらかしおって」
「たぶらかしてねーよ、勝手に嬢ちゃんが勘違いしただけだろが」
「何だと! というかいつからだ、いつの間に娘と接触したんだ!! まさか十年前くらいに城に押しかけて来たときじゃないだろうな、なにか妙だと思ってはいたんだ! 突然冒険家に憧れ始めるわ、大人しい性格だったのに、わんぱくになるわ! 外出も極力控えさせていたのに今では脱走魔もいいところだ!」
「知らねーってば、あーうるせえ」
「こいつらの関係も相変わらずだな……はあ、やっぱジュリちゃんがいないとこのパーティーはバランスが悪いってもんだ」
ライコウは大きな背中をしゅんとさせて、目の前で繰り広げられる懐かしい口喧嘩をただ眺める。
「テメーも変わんねえなあ、十年も前に死んだ奴のことをいつまでもウジウジウジウジ、でけえ図体してそんなだからお前の武器屋繁盛しねーんだよ、店からも負のオーラが滲み出てんだぜ、絶対。買う訳がねー」
「う、うるさい! お前に俺の気持ちがわかってたまるか!」
ライコウはまなじりをじんわりさせてから、毛だらけの腕で拭う。
「まーいいけどよ、昔話はまた今度にしようぜ、俺らこれから行くところがあるんでな」
キャスラと共に踵を返すファスナルをジェードが呼び止める。
「……ファスナル。その、なんだ。いつまで冒険家を続けるつもりだ」
「あー? なんだよ、急にしおらしくなりやがって」
「お前が望めば……私は城に雇ってやってもいいと言っているのだ。どうだ、そろそろ落ち着いたらどうだ、ファスナル」
「……笑えねえ冗談だな。夢を捨てた奴ってのは、みんなそんなことを言うのか?」
「……ジェード、無理だ。そいつは聞かねえさ。生粋の冒険家だ」
ライコウが澄んだ目でジェードに視線を送る。
「探し求めることを辞めちまったら、もうそいつは冒険家じゃねえ。俺はまだ見てない世界が多すぎる。行ってみたい場所が多すぎる。手に入れたい物が多すぎる。叶えたい夢が多すぎる。やらなくちゃ行けねえことがまだ山ほどある。そのうちの一握りも俺は未だ達成しちゃいねえ。これらは冒険家じゃねえと絶対に達成できねえ……だから俺は冒険家なんだ」
ファスナルはジェードを一瞥し、ふんと鼻を鳴らした。
「二兎を追う者は一兎をも得ず……だっけか、お前が昔教えてくれた異国の言葉、常日頃からあれふざけんなって思ってたんだ。だから今言ってやる、……全部捕まえてこそ冒険家だ」
そう吐き捨てて、ファスナルは居心地悪そうに表情を変化させながら、背を向けて告げる。
「……それに、凄い勢いで俺に追いつこうとようやく走り始めた奴がいる。俺はそいつよりも絶対前にいないといけねえんだ。負けるわけにはいかねえんだよ」
ファスナルはぶっきらぼうに言葉を残して去って行く。ジェードはそれを見て思う。
「ファスナル……お前も人の子になったんだな」
* * *
「待たせた、用事は終わったぜ。さて、一緒に来てもらおうか」
「……おやおやこれはこれは。息子さんの晴れ舞台はうまくいきましたか」
「ああ、おかげさまでな。舞台上で俺の脚本通りに名演技を炸裂させてたぜ」
「はは、それはいい。是非見てみたかった…………して、私は……殺すんですか?」
「まさか、俺はアンタの体質に興味があるだけだ」
「……こう長く生きているとね、死に対する恐怖みたいなものがだんだん薄れてくるんですよ、あなたももう中年だろうが、赤子のように見える」
「……そりゃあ、数千年も生きてりゃそう思うかも知れねーな」
「…………貴方は流石だ。私が過去に何をしたのか、もうお見通しということですね?」
「ああ、アンタが居ないと、今のこの世界は出来上がったりしねえだろ? もしアンタが居なければ、種族間戦争なんて言葉は生まれなかっただろうけどな。おかげで死んだ命が一体どれだけあるのか、今一度自分の胸に聞いてみた方がいいんじゃねえか?」
「それもそうですね。悔いていますよ、私はね。だから私は『心許ない爪元』を――」
「それはわかってる。ほら、そんなことどーでもいいから、行くぞ」
「本当に貴方は…………絵に描いた冒険家のような人なのですね」
「あたりめーだろ、俺は身も心も冒険家だぜ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます