第57話

 今より数千年前の古代サンドライト王国の初代王であり、トパーズ姫の父でもある男は、とても強欲だった。そして強欲の王はこう言ったのだ。


 ――世に存在するすべてが欲しい。すべて我の元へ持ってこい。


 単純明快にして、異様な一国の王の望みが国にとってのすべてだった。


 怨念にも近い王の物欲はやがてその悪質性を増し、国民が有する所有物から他国の秘宝まで、ありとあらゆるアイテムを、どんな手段を用いてでも手に入れたのだ。


 やがて、どこで手に入れたのかも忘れてしまった一つの宝剣が、他の物質とは明らかに異質なものであると思うことに時間はかからなかった。


 そのアイテムには不思議な力、魔粒子が宿っていたのだった。決して目に見えるものではないが、明らかにこの他の物質とは違うという核心を王は肌で感じ取ったのだ。


 強欲な王はこれをツクモという神が取り憑いたとし、神の力と崇めた。


 ツクモが宿ったアイテムには、様々な効果が芽生えるとされていた。剣であるならば、一振りしただけで空間が切断できてしまうものから、握ることなく、念じただけで宙を暴れ回る妖刀まで、魔粒子がもたらす不思議な効力は様々であった。


 王の物欲は上昇するばかりで、王はそれらを不思議アイテムと名付けて、自らの手中に収めるべく、ときには非人道的な事柄にも手を染めはじめた。


 ついに王は城倉庫の収容量を超えるほどの不思議アイテムの獲得に成功し、狂ったように不思議アイテムに身も心も魅了されていた。


 人間らしからぬ所作を繰り返す自らの父を止めるべく、心美しきトパーズ姫は尽力した。


 国民を味方に従えて、革命という形を持って自らの父を玉座から引きずり下ろそうと決意したのである。だが――トパーズ姫の抵抗も虚しく、世界は揺るがされることとなるのである。



 不思議アイテムと一生を共にすると公言する気の狂った古代サンドライトの王は、あるとき異変に気がついた。城内に自分以外の人間が存在しないことに。


 嫌でも毎日顔を合わせる従者も、姿を消したように、城には人っ子一人居なかった。


 突如、古代サンドライト王国に強大な力を持った魔粒子の塊が誕生し、大きな“穴”を形成した。不思議アイテムが持つ魔粒子同士がお互いに干渉し合い、濃度を限界まで高め上げた結果、次元の裂け目を生み出してしまったのだ。


 愚かな人間が創り出した“魔粒子の穴”はすべてを飲み込んだ。


 王国も、そこに住まう善良な国民たちも。自らの血を分け与えた姫君でさえも。


 古代サンドライト王国は魔粒子の穴に飲み込まれて、一つのダンジョンとなり、魔粒子が含まれた流砂の中へと埋もれ、地下へと場所を移した。国民は魔粒子に取り込まれたことで、ダンジョンを徘徊するモンスターに成り果ててしまった。


 王はそこまでしてようやく自らの過ちに気がついた。だが、時既に遅かった。



 一国の美しき姫は自らの力が及ばなかったこと、愛する父と国、多くの国民を救えなかったことを悔いながら魔粒子と融合し、悲しみの竜へと転生を遂げた。


 しかし純潔の王女の血はとても強く、最期まで己を蝕んでくる魔粒子に抗い続け、トパーズ姫は、全身全霊をかけて願った。


 ――このような国を二度と創ってはいけない。


 ――何よりも恐ろしいものは人間だ。私は心に悪魔を住まわせている人間が憎い。いや、人間ではなく、どんな善人にもいるであろう心の悪魔が憎いのだ。だが……無力な自分もとてつもなく憎い。……この王国は、もう元には戻れない。


 トパーズ姫に人間として最期に成し遂げたことは、ダンジョンと化してしまった古代サンドライト王国の封印だった。魔粒子の含まれた流砂に呑まれ、地下へと場所を移した我が国を、愛する民を、慈愛の心で包み込んだ。


 トパーズ姫が、人間から竜族へと転生する間際に零した純潔の泪は凝固し、宝石となり、それは封印を開封の力を持ったブローチとなる。


 ――いつか、強いサンドライトの血を継いだ人間が現れたとき、この悲惨な寸劇を後世まで伝えるために……。


 しかし、封印の代償もまた大きかった。膨大な要素を蓄積した【封印のダンジョン】を起点として、溜まりに溜まった膨大な力は、爆発という形で、ローグライグリム全土に強大な魔粒子を撒き散らすこととなったのだ。


 世界全土に撒き散らされた強い魔粒子の波は、やがてこの世で生きるすべての生命体に、魔呑亜を初めとした異常状態を発症させた。得に強い魔粒子にあてられた人間たちは、姿形を様々な異端の種族へと変化させていったのだ。後に世界中に蔓延った魔粒子は数々のダンジョンを精製し、不思議アイテムを延々と創り出していく。



 やがて一人の国王による恥ずべき伝説は、生き延びた一部の人間によって都合良く解釈され、誤った形で後世へと伝わっていく。人間は根源を同じとするはずの他種族を歪み者とし、永住の地を手に入れるべく種族間戦争を繰り返し、古代サンドライト王国より散布されたせいで付近の魔粒子の濃度が低まった【イントラへヴン】を手に入れて永住した。


 一方で住処を無くした人間以外の種族はエンドラインを超えた未知の大陸、【アウターヘル】へ、人外的な差別と数による暴力を繰り返すことで、追いやったのである。


 人間以外は悪である、と世界中の文献には、すべて同じ内容が記載されているのは言うまでも無い。


 こうしてローグライグリムの世界は創り上がったというわけである。

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