第56話

「……ちっ、しぶてーな、ドラゴンはやっぱり」


 外套の下に無数のアイテムを下げた若き冒険家、ファスナル・エトワールは舌打ちをする。


 対面で負傷した赤竜が、ファスナルに鋭い眼光を向ける。


「おら、ジェード、テメーのなんちゃら剣法みせてやれよ、なんだっけ、あの真技の」

「なんちゃら剣法ではない、“五月雨星龍剣(さみだれせいりゅうけん)”だ」

「……ジェード、ネーミングセンス、絶対ヤバい」

「いいじゃねえか、俺は好きだぜ。ほら、さっさと最後に一発決めてやれ」


 ファスナルは若き王子ジェード・ルステン・サンドライトと、小柄で白髪の娘、ジュリ・メイライクの肩を掴んで笑う。


「…………さわんな」と、ジュリがファスナルの手を払う。

「おいこらファスナル、お前ジュリちゃんに気安く触ってんじゃねえよ、この野郎殺すぞ」


 傍らで佇む三白眼の虎人ライコウは、白虎のような凄みでファスナルとジュリの間に入る。


「テメーそんなデカい図体でジュリちゃんとか言うようなタマかよ」

「なんだと! ジュリちゃんは天使だ」


 ライコウは、白い顔をほんのり染めて言い直す。


「ぷ、聞いたかジェード、コイツ今天使とか言ったぞ」

「いや、そんなことはどうでもいい……はやく“五月雨星龍剣・改”を試したい」


 ――そなた、サンドライトの血を引くものか。


 どこからともなく声が直接脳に語りかけてくる。


「……これは、お前の仕業か?」ファスナルが、目の前の赤竜に訊ねる。


 ――迷いのない瞳だ。いい観察眼をしている、と再び脳内へ囁くような声が届く。


「いかにも僕がサンドライト王国、第十六代王子、ジェード・ルステン・サンドライトだが」


「わざとらしく肩書きをずらずら読み上げるところが嫌み臭いよな、こいつ」


 ファスナルはジュリの耳元にこそこそと耳打ちをする。「…………同意」とジュリ。


 ――サンドライトの血族よ、そなたは知らなければならん。このローグライグリムの世界の本当の成り立ちを。


 ジェードは小首を傾げ、「世界の成り立ち……? 一体なんのことを言っているんだ。そもそもお前はダンジョンの主なんだろう、なぜそんなことを話そうとする」


「まあまあ、聞こうじゃねーか。面白そうだ」


 ファスナルが気構えるジェードをなだめながら、剣を納めさせる。


「世界の成り立ちとはまた大きく出たな、ドラゴンさんよ。それがこのサンドライトの国を近いうちに背負って立つジェード王子に一体何の関係があるんだ?」


 ――大いに関係がある。今の現世を作り上げる要因となった天変地異が起こった一件に、我らサンドライト王族は深く関わっているのだ。


「我ら……? 一体それは……どういう」


 ジェードは赤竜の深緑色の瞳を凝視したまま、表情を固める。


 ――妾はサンドライト王国、第二代王女、トパーズ・ルステン・サンドライトだ。


「あらま、じゃあ、お前の祖先ってことだよな、ジェード」

「な、な、な、なッ……」


 ジェードは口を震わせながら、こめかみから汗をたらりと流す。平常心ではいられない。


「すげーな、ジェード。お前の祖先ドラゴンなんだな。あ、っていうかテメーが竜族の祖先ってことになんのか」

「なるわけがないだろう! なにを平然と言っているんだ! なんだ、これは僕がおかしいのだろうか!? このおかしな状況を素直に受け止めきれない!」

「…………いや、ファスナルがいかれてる」「ファスナルがおかしい」


 ジュリとライコウは口を揃えて当人に視線を飛ばしながらに言う。


「まったく……ホントにお前らはクソ真面目だよなあ。いいじゃねーか、ドラゴンの祖先なんて。俺は羨ましいくらいだぜ……」


 ――勝手に話を進めるでない、妾とて好きでドラゴンに転生したのではないわ。


「伝説じゃ“外来生物災害戦争”が起きたことで古代サンドライト王国は滅び、それ以降人間と他種族に大きな亀裂が入ったんだったよな。そのとき争いを止めるべく働きかけたのがアンタってことになるか」


 ファスナルは、現時点で自分の中に留めてある記憶と照らし合わせるようにする。

 ――ほう。現世ではそのように受け継がれているのか。面白い。俄然興味が沸いたな。


「ちげーのか?」と、ファスナルはひょうきんな表情から鋭い眼差しへと変化させる。

「そんなバカな……もう数千年とその伝説は語り継がれてきたのでは。“外来生物災害戦争”に関した書籍だって城の書庫には山ほど」


 ――そんなものよりも目の前に居る当事者の言葉に耳を傾けてほしいものだ。


 ジェードは信じられない、といった具合に頬を引っ張ったまま表情を固める。


「アンタは外来種との争いを止めさせるべき奮闘したが、元凶を持ってきたアウターヘルへの憎しみや悲しみから、赤い泪を流した。その雫はこの世を滅ぼす程の魔粒子に満ちたもので、どんな生き物でも、その雫に直接触れれば死に至るっていう伝説になってるぜ。まあ、俺たちはその伝説を信じて、その不思議アイテムを手に入れるために今ここに居るわけだけどな」


 ――事実と虚言とが入り交じっているな。


「まあそうしたほうがマジモンっぽいからな、作り話の鉄則だろ」


 ――では教えよう。この世界の真実を。


 そこで、ファスナルたちは耳を疑うような出来事を耳にした。

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