第49話
「ぐすんっ」
カイネルは再び蘇った視覚の中で、子供のように眦を濡らす少女を見つめ、視線を反らした。
「あなたは……王族っぽくない、実に」
「それは、すいませんでしたねっ」
「……オレは金が好きだ。女性も好きだ。欲しいものは……何でも手に入れたい」
カイネルは、ぶらりと感覚が失われた自らの手を見つめながらに言う。
「生まれがあまり良くなくてね。何も持たずしてこの世に生を受けたと言ってもいい。物心ついたときには血濡れたナイフを握っていた」
カイネルは昔を見てきたかのような表情で虚空を見つめながらに語る。
「そんな幼かったオレを拾って育ててくれたのは、『心許ない爪元』創始者だったボイバン・ルズドレア。アンタらが出会った腑抜けたじーさんさ」
「じゃあ、この前言っていたことは……全部本当だっていうこと?」
ジッパは脳裏の隅に置かれた優しい老人の表情を思い返していた。何やら昔を悔やんでいるような、白眼のあの瞳を。
「そこはご想像にお任せしよう。どうですか、パール姫様。生まれも育ちもあなたからは想像できないでしょう。なんでオレがここまでして欲しいものをむさぼり続けるのかも……さあ、煮るなり焼くなりするといいさ。独房にぶち込まれるんだったか」
どさっと尻餅をつき、カイネルは目前のジッパを見据え、表情を変化させた。
「……なるほど。どうりでな。よく見てみればとても似ている」
「うるさい黙れ、貴様はサンドライト王国に連行する。ヴァレンティーナ、頼む」
「……ま、待ってよ。カイネルくんはどうなっちゃうの?」
コーラルが縛られているカイネルを案じるような声音で言った。
「地下牢獄での終身刑は免れないでしょう。それだけのことを此奴はしたのです」
「そんな……」コーラルはしゅんと顔を俯ける。
「ほら、別れが辛くなる。さっさと連れて行きたまえ、ドラゴンも放置していていいのか」
ほくそ笑みながら、カイネルは天を統べる赤いドラゴンに顎を突き出す。
「……カイネル。冒険家向きだよ、君は」
「ハッハッハ、冒険家なんて冗談じゃ無い。オレは協会の犬になるつもりはないぞ」
「いつか……また一緒に冒険できたらいいね」
ジッパは無垢な表情で笑いながらそう告げた。
「人の話を聞かない奴だな、アンタ。終身刑だって聞いただろう」
鬱陶しそうに苦い表情を浮かべたカイネルに、ジッパは顔を近づけて耳元で囁く。
「……どうせそのまま大人しくしているつもりなんて無いんでしょ?」
「どうだかな」
ふんと鼻を鳴らし、踵を返すカイネルに再び声がかかった。
「…………まって」
「……ラーナ嬢。女性なら大歓迎さ。幾らでも別れの悲愴感を受け入れようじゃないか」
「…………そういうのはいい。ひとつ、知りたい」
「なんなりと」
「…………あなたが、ラーナのおうちをこわして、おとうさんもおかあさんもころして、すべてをうばったひとではないの?」
「ラーナ……」
ジッパはラーナの声がする方に耳を傾けて、心を痛めた。どんな表情をしているかはわからない。ただ、先ほど彼女が流した涙から、当時のことを想像してしまうのだ。
「……【狼人の里】で昔仕事をしたことは過去にある。だが殺しはしなかったし、何も奪わなかった。……少なくとも、オレは君の親御さんを殺すようなことはしないだろうな」
「…………そう」
カイネルとラーナは、しばしお互いを見つめ合ったまま沈黙を続けた。何も持たずに生まれた者と、大切な物を奪われた者。どこか通じ合うものがあるのかもしれない。
しばらくするとラーナは踵を返し、ジッパの横に立ち、服の裾を握った。
「…………ジッパ。おとうさんと、おかあさん。生き返らせること……できる?」
ジッパの視界は封印されたままだったが、横に感じるラーナの頭を撫で繰り回して、笑った。
「……うん、きっとできるよ。僕と一緒に世界を巡って探そう。そんな不思議アイテムをさ」
「…………うん」
ラーナは復讐をやめた。心の中でいつまでも残り続けるであろう、無念や寂しさといった感情を奥底にしまいこんで。憎しみは彼女の望んだものでは無かった。そんなことをしても自分の気持ちが晴れるわけではないということに、ラーナは遂げる前に気がついたのだ。
ジッパはせめて彼女の力になりたいと思った。初めてパーティーとしてダンジョンを共にした仲間を支え、共にこれからも旅がしたいと思ったのだ。それはカイネルや――コーラルも。
ジッパがラーナの頭を撫でながら、カイネルとコーラルに目をやっているときだった。遂に火竜は地に降り立ち、地面を焼き尽くす緋色の焔を吹いた。
「ほら、ぐずぐずしてるからダンジョンの主様も退屈してしまっているようだぞ」
「貴様は黙っていろ、犯罪者。姫様、我々の任務は既に完遂致しました。どうか我々と共に王国までお戻りください!」
「い、嫌だよっ、わたしはこのダンジョンを攻略してものすっごいアイテムを手に入れて絶対にプロの冒険家になるんだもん!」
「ぼ、冒険家ですとッ!? ……いけません、そのような野蛮極まりないことに首を突っ込んでは! 今回のことだって自分は常に胸が張り裂ける思いでしたのに! ああ、こんなことジェード王の耳に入れば卒倒されてしまいます!」
「いいの、わたしはやりたいことをやるんだもん、今はお父さまのことなんて関係ないよ!」
「姫様、いけませんよ、言葉使いにはお気を付けてください。仮にも一国の王女なのですから、サンドライトの血筋を受け継ぐたった一人の方なのですから、もう少し――」
「……はぁ、始まりましたわね」
ヴァレンティーナは口論を続ける二人の間で溜息をつき、片目を覆い隠した。ジッパは何となくこの女騎士の苦悩を少し嗅ぎとった。
「大体デイドラはね、いつもそうやってわたしのことを規律だ、王女なんだからとか言ってわたしの言うことぜーんぶ否定してくれちゃって! そういうのなんて言うか知ってる!? 過保護って言うんだよ! 年頃の女の子にまとわりついちゃってきもちわるい! あっ、キモい!」
「……き、キモ……? つ、遂に……ひ、姫様が……不良になってしまわれた。これは成長の喜びを実感すべきなのか、悲しむべきなのか、これがまさか……反抗期というやつなのか?」
「お二人とも。茶番もそこまでにしていただけますか。あちらの方もそこまで温和ではないようですわ」
青白い刀身を輝かせながら、ヴァレンティーナは赤竜を鋭い眼光で睨む。
「ジッパ、クリムちゃん、ラーナちゃん、わたしたちでドラゴンを倒そう!」
「姫様、いけません。直ぐに我々と王国へ帰るのです!」
「もっ~、しつこい! 触んないでよ、痛い、臭い! はやくあっち行って!」
コーラルは、しつこく自分の手首を掴んでくるデイドラに、普段見せないような嫌悪感を丸出しにしたまま言われる度にしょげた顔を浮かべるデイドラを突き放そうとする。
ヴァレンティーナは、二人の横で見慣れたやりとりを横目に、納刀。
「……ヴァレンティーナ?」とコーラルが顔を傾げる。
「そんなに言うのなら、やってみてはいかがですか、姫様」ヴァレンティーナは二つの膨らみの下で腕を組んで、髪を一度靡かせながら、「プロの冒険家になりたいのでしょう?」
「なっ、貴様、一体何を言っているのだ! 姫様がお怪我でもなされたら貴様、一体どう責任をとるつもりだっ」
「知りませんわ、そんなこと……もう私疲れましたの。いつまでもおてんばな姫君にも使えない同僚にも。やりたいのなら、やってみたらよいのです。もう勝手にしたらいいんですわ」
「なっ……つ、使えない……だと!?」
デイドラは投げやりな言葉をぶつけてくるヴァレンティーナを睨み付け、ぐっと拳を握る。
「あんまり見ないでください。視姦された気分になりますわ」
「む? シカンだと? 一体貴様は何を言っているのだ、しっかり標準語を喋れ、標準語を」
「はあ……もう、疲れる……」ヴァレンティーナは再び大きな溜息をついて髪を撫でた。
「あのー……あまり喧嘩している場合でもないんじゃ……」
ジッパは、くっついてくるラーナと共に三人の輪の中に申し訳なさそうに入り込んだ。
「田舎者の犯罪者、なんだ貴様も姫様を野蛮な道へと進ませようとしているのか」
「い、いえ、そんなつもりはないんですけど、コーラルの意見を聞いてからでもいいんじゃないかなって思っただけです」
「コーラル? 貴様何を言っているのだ、このお方の名前はサンドライト一七代王女、パール・ルステン・サンドライト様であられるぞ。貴様なぞ、名前を呼ぶのも慎むべきお方だ」
「コーラルでいいんだよ、わたしがそう名乗ったんだから」
「ほえ?」と素っ頓狂な表情を浮かべるデイドラ。
「ではわたしとデイドラは見守らせていただきます……ジッパ様、パール姫をよろしくお願いいたしますわ」
「なっ、貴様、今の発言許される問題ではないぞ、貴様も独房ものだ! 離せ馬鹿者ッ」
ヴァレンティーナは我関せず、といった具合に部下にデイドラとカイネルを引っ張らせながらジッパたちから離れていく。
「……」
視界は相変わらず封印されたままだ。だが、声や環境音から、想像できる。
おそらく『心許ない爪元』は大敗し、全員騎士団に捕らえられのだろう。
現状で、ダンジョンの主と対峙するのはジッパ、コーラル、クリム、ラーナだけだった。
「どうやら、僕たちだけで頑張るしかないみたいだね」
ジッパはやたらに嬉しそうな表情を浮かべながら言うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます