第47話

 ――一方、自らの部下に混じって『心許ない爪元』に進撃したデイドラの傍らでヴァレンティーナは白い顔に細い手を添えて大きく溜息をつく。


「少々……騒がしいことになってしまいました。殆ど、どこかのバカ騎士のせいですが」


 麗しの女騎士は、愛用の《白金の剣(プラチナソード)》を腰から引き抜くと、月明かりに輝くような青白い刀身を天に向け――鋭い瞳をジッパたちに向けた。


「貴方たちが『心許ない爪元』ですか、覚悟なさい。……パール姫、お待ちになっていてください。直ぐにこの『薔薇騎士』ことヴァレンティーナ・ローズがお助けに参りますわ」

「ヴァレンティーナまで!? ち、違うのっ、この人たちは――」

「お気の毒に……何か変な薬でも飲まされたのでしょう。……ですが、だいじょうぶですわ。私は薬学にも精通しておりますので、直ぐに応急処置させて頂きます」


 そう告げると、ヴァレンティーナは閃光の如く雷光を散らす剣先を突き立て、佇むジッパへ迅速なる突進をする。


「うわわっ――」


 不格好ながらに道中で拾った、古びた刺突剣を急いで構えるジッパ。――鳴り響く剣戟。


「……随分と荒っぽい挨拶だね、お姉さん」

「まあ……こちらも驚きました。剣筋はまるで素人ですが、運の良さと勘の鋭さは称賛させて頂きますわ。今の一瞬の判断力が無ければ、貴方は間違いなく私に切り伏せられていました――……あれ、貴方どこかで……」と、ヴァレンティーナは口を開け、鋭く尖った瞳をとたんに丸くさせた。するとやがて剣を離し――素早く回避行動に移った。ジッパも十分に注意していたつもりだったが、一瞬の行動の遅れに後悔する。


「コーラル! ラーナ! クリムッ! うわあああ、みんな逃げろぉぉぉ!!」

「きゃあああああ!!」


 空から雨のような火焔が迫り来る。いずれも天を游ぐ赤竜から放たれたものであった。


「ひぇぇぇ!! ちょっ、やばッ、やばいよッ、燃えちゃうよぉぉ!! あっ、目が熱ッ!」


 涙袋に雫を溜めながら、コーラルは後ろを振り向いては泣き叫び、聴力を失っているラーナは何が起きているのかわからず無表情のまま逃げ続け、クリムはいつものように優雅に空を飛翔していた。


「コーラルッ! 後ろ見ちゃダメだ、前だけ見るんだ!」

「ひゃあああああ!!」


 黄色い声で叫びを上げつつ逃走するコーラルの背中を乱暴に押して、ジッパは背中の鞄から《逆さ蝙蝠の傘(リバー・グラス)》を取り出し、石突きを火焔へと向ける。


 燃えさかる獄炎の火焔は、本来と逆方向に広がった黒い傘に途端に吸収され、結果として、ジッパたちを襲う脅威は消え去ることとなった。

「……ふう、危機一髪だよ、ホントに……」


「す、すごーい……今のジッパがやったの? なにそれなにそれっ! みたいみたいっ」


 目を星のように煌めかせるコーラルが、手をぱちぱち叩きながらジッパに駆け寄る。


「このアイテムは遠隔魔法攻撃を一度だけ吸収することが出来るんだよ。だから今の火焔は魔法属性に分類される攻撃だね。これもさっき拾ったものだよ」


 そう説明するジッパの帽子には、傘の模様を象った四角型のバッジが光っていた。


「ジッパってば何かいっぱい拾いものしてたもんね、ワンちゃんみたいに」

「まったく、お主また使用済みのアイテムをしまい込むのか。整理が面倒になるから不要になった物は捨てろ、とあれほど言っているだろうが」

「別にいいじゃないか――《異界への鞄》があればいくらでも無制限に入れたい放題なんだから。それに僕はたとえ使用済みであろうと、ガラクタだろうと捨てるなんて発想にはならないけどなあ。まだ何かに使えるかも知れないじゃない」



 ジッパは、ぼろぼろになった《逆さ蝙蝠の傘》を当然のように鞄にしまい、『心許ない爪元』に捕らわれてからずっと丸腰だったコーラルに気が付き、手に握った剣をコーラルに差し出した。


「えっ? どうして? わたしがいくらねだってもそれ絶対にくれなかったのに……」

「これを今まで君に渡さなかったのは“魔呑亜”に犯される危険性があったからだよ。僕は刺突剣の『特殊知識取扱資格』を取得してないから、拾ってもこの剣がどんなアイテムなのかいまいちわからなかった――でも今までの経験上、まあ……当ての無い勘とも言えるけど、その《くすんだ金色の刺突剣》からは、とても強い“魔粒子”の源を感じる」

「そ、そんな物を……わたしが……?」

「うん。まともな人なら使用はもちろん控えるだろうし、手に持たせたりもしないんだろうね。でも、ほら。当人は欲しがっているようだし、僕は刺突剣なんて使わないしさ……こんな状況だし、正直猫の手でも借りたいよ。君はこの最深部まで僕らと力を合わせて自らの足で辿り着くことが出来ただろう? これからダンジョンに潜行するなかで色んな危険に挑戦しなくちゃならないときはきっとある。それに……僕は君を信じてる。君は“魔呑亜”なんかに絶対精神を支配されたりはしないよ。僕の勘が平気だって言ってるんだ。君の言葉を借りるなら――そうだなぁ……だいじょぶだいじょぶ、ってことだよ」


 ジッパは穏やかな笑みをコーラルに向けると、汚れた鞘に収められた鈍い光を放つ細みの剣を差し出した。コーラルは何かを覚悟した表情でそれを握ると、たくさんの怨念のようなものが途端にコーラルの心の中に入り込んでくる。


 ――人間なんて。もう、信じられない。最も汚らわしい、畏怖の生物だ。


「――うっ……だ、誰なのっ?」


 頭を抱えながら、コーラルは声の主を探したが――どこにも居なかった。何処かで聞いたような声だったが、気のせいだったのだろうか。コーラルは首を振った。


「“魔粒子”の濃度の違いに少し酔ったのかも知れない。だいじょうぶ? コーラル」

「ん、だいじょぶ……少し変な気分になったけど……平気。使えそうだよ。この剣」

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