第43話
「【機械仕掛けのダンジョン】は二部構成のダンジョンでな、実のところ今回の冒険家試験の為に協会が人工的に創り出したダンジョンになのだ」
「人工的に? そんなことができるんですか」とジッパは質問する。
「うむ、上層部の方針でな。今回『特殊知識取扱資格委員会』の前面協力を得た人工ダンジョン創造計画の第一弾というわけだ。そんなわけで受験者がある場所に辿り着くとダンジョンの難易度レベルが1から3に移り変わるよう作られていたんだが……先ほどの地割れ現象は俺の知るところではない。目的は不明だが、何者かの策略であることは事実だろう。本来ならダンジョンを脱出、即刻試験を中止すべきだが、ご覧の通りだ。ガハハ」
ゴウゼルは負傷した血だらけの分厚い肉体を自慢するように見せつけてくる。
「いや……笑い事では無い気が……」そう言いつつ、ジッパの中で何かが引っかかった。
「僕はこの一連の事象の原因を『心許ない爪元』の仕業だと考えています」
パール姫からの依頼内容を思い出す。《緋色の泪雫》が眠っているというダンジョンは、この【機械仕掛けのダンジョン】を経由してでないと行けないということ。
おそらく『心許ない爪元』は冒険家協会が試験で使用するこのダンジョンから《緋色の泪雫》を入手できるルートが存在することを知り、そこを突破するために先ほどのような衝撃が必要だったのかもしれない。
「コーラル、急ごう。僕らにはまだやらないといけないことがあるよ」
「ほう……何か秘密を隠しているようだな、ジッパの小僧よ。ガハハ、大いに結構だ」
「試験管なのにそんな感じでいいんですか? 僕らを止めないんですか?」
「そんなものどうでもいいわい。さっきも言ったろう、試験管の言うこと位破ってみやがれ。まあ、俺は何にも言ってないがな、ガハハ」
「実はわたしたち、ある人から依頼を受けてるんです! それをやり遂げるまで……帰れませんっ」
「ほう、面白い。“地図無し”に依頼を託す奴も面白いが、それを引き受けるお前らも常識を踏みは外しているといえる。ガハハ、俺の好きな冒険家像だ。さっさと行くがいい。制約を破ってこそ冒険家だ。俺のことは気にかけんでいい。そのうち回復するだろう」
いつまでも高笑いを絶やさない試験管ゴウゼルを残し、二人は洞穴を後にした。
「…………ジッパ、身体だいじょぶ?」と、コーラルが心配そうな瞳で訊ねてくる。
「……うん。まあ、痛いに変わりは無いけど、何とか……コーラルのおかげだよ」
するとコーラルは「そ、そう」と素っ気ない返事を返し、ジッパと距離を開けるようにずんずんと歩を進めて行った。
「ちょっと、コーラル。一人でずかずか行きすぎだよ」
道並みに細い暗がりを進んでいくと、果てない天井が這う広大な空間に辿り着いた。
「…………わあ……」
その声音から、目前に広がる光景に、とても強い興味を掻き立てられているのがわかる。
「どうしたの」と、コーラルの横顔をのぞき込みながら、一先に廊下を抜けた彼女の視線の先に横目を向ける。
「なんだ……ここは――」
どうやら青年たちが立つところは丘のように盛り上がっているらしく、そこからは目下の景色の全貌を見下ろすことが出来た。そこには――。
まるで太古の昔に滅んだいにしえの大国のように、セピア色の世界が広がっていた。
「街? なのかな。あれ? でも……ここって地下だよね」
コーラルの言うとおり、ここは地の下である。潜っていたはずのダンジョンが、何かしらの原因で崩壊し、抜け穴から自分たちは偶然この場所に出たということになる。
瞬時にジッパは王都に来てから聞いた話を頭に思い浮かべた。この地に伝わる伝説では、地下にもう一つの王国があると言われていた――そう、それは――。
「【古代サンドライト王国】……」ジッパが呆然とした顔のまま呟いた。
「――やぁ、待っていたぞ」
声がした方を振り返る。視線の先にいたのは、柔和な表情で目を細めたカイネルだった。
「カイネル! よかった、無事だったんだね」
「ああ……なんとかな。ハッハッハ、オレもこれでも心配していたんだよ、二人ともだいじょうぶだったのか? とくにコーラル嬢」
相変わらずなきざ台詞と共に、カイネルは片手で胸を押さえながら、軽く頭を下げた。
「だいじょぶだいじょぶ、わたしはへい――」
コーラルが自身の無事を伝え終わる前に、背後から突然、――火球。
「……え?」
呆然とする金の髪を真横に過ぎ去った猛々しい炎色は、カイネルの元いた場所を正確に通過し、鈍色の岩壁に衝突すると、弾けることなく吸収されていった。
「……あぶないじゃないか、オレはか弱いレディに刃を向けるつもりは無いんだがな」
いつの間にか移動を終えていたカイネルが溜息交じりにやれやれと手を上げた。
「…………ラーナは……あなたを……ゆるさない」
ジッパとコーラルの背後に立っていたのは数時間前に離ればなれになったラーナだった。彼女の頭の上には当然の様にクリムが乗っていたが、クリムもあんぐりと口を開けていて、小さな掌で開かれている硬表紙の本は、いつしか見せてくれた《魔粒本》である。
つまり――ラーナは魔法を使用したのだ――それもカイネルに向けて。
「本気か? ラーナ嬢、ならば……いくらレディでだとはいえ、オレも自分の身を守るために刃向かわせてもらうしかないな。できるかぎり軽度な怪我で済むようにしよう」
「…………ざれごとは……あの世できく…………ラーナのおかあさんも……まってるよ」
ラーナは微動だにしない表情でぶつぶつ唱えながら、片方の指で空間を引っ掻き回すように小刻みにさせた。
するとどういうわけか、ラーナの指先と同期するようにカイネルの近辺を取り巻く空気が、執拗に対象を攻撃し続ける鎌鼬と化す。カイネルはいつもの柔和な笑みなど皆無で、苦渋な表情を浮かべながら、懐から取りだした短剣で正体不明の鎌鼬攻撃を防ぎながら距離を離す。
「まったくもってやりづらいよ。『魔粒術士』というのは。周囲の“魔粒子”の濃度が規定値以上、という条件さえクリアしていれば対人戦において最強なんじゃないかと疑ってしまうね。“魔粒子”の構成要素と独自解釈による展開理論があればそれは誰にでも扱えるものなのか? 何だったらオレも勉強をして資格でも取ってみようか」
「…………むずかしい。ますてりの濃度を二十種のすうしきに、おき変えるのはかんたん。だけど……きてい量を超えないようにてんかいしながら、空間にしゅつげんさせるためには……いくつかの段階がある。……じざいにあやつるには、ぶつりくうかん法と、ぎょうしゅくとうけつ法をこうささせて考えないとだめ。それでやっと魔法を使えるといえる」
おそらくラーナの中で最長の台詞を言い終えた。自らの専門分野になると饒舌となる性格なのかもしれない。
「いやあ……悪いが言っていることの一割も理解することが出来ないな。まさかラーナ嬢がここまでオレの中で邪魔な存在になってしまうとは、いやはや油断した」
カイネルは距離を大きく離しながら、苦い表情をジッパへ転じる。まるで青年のことを一番の天敵だとでも思っていたのか、興醒めしたような顔のまま、腕に纏うクロスボウを構えた。――そこから発射された矢は一直線を描いてラーナへと飛んでいく。
「――二人ともやめてよっ!!」
繰り広げられる激戦の中――間に入ったコーラルを庇うように、ジッパは背負っていた《異界への鞄》の口を矢に向けた。
流れ星の一閃のように、空を切る矢を大口の鞄は易々と飲み込み、驚異は消失した。
「ハッハッハ、またあんたは変わった戦い方をする。……確か『アイテム士』だったか? 鞄の本来の使い方を間違えてるんじゃないのか」
「……アイテムの使い方を決めるのは僕自身さ。一方向の使い方しか出来ないようでは、ダンジョンでは生きていけないからね……それより、カイネル、ラーナ。君たちがどうしてこんな風な状況になってしまっているのか説明してくれないか」
隣のコーラルの表情には、はっきりと困惑と悲痛の色が見えている。しかし、それはジッパとて同じだった。……彼らは、ジッパにとって初めてのパーティーだったからだ。
「…………ジッパ……どいて」
「こら、チビ、お主ッ――」
クリムが子供に言い聞かせるような声音で翼を広げた時――カイネルの周囲には焔の渦が出来上がっており、カイネルを逃げられないように取り囲んだ。
「……ふう、まいった。降参だ」息をついて渦の中で立つ男は観念したように手を上げる。
「…………ラーナは……ラーナは……いったい……どうしたらいい……このあと」と、何やらぼやくラーナを尻目にカイネルが笑みを浮かべる。「――あんたらがね……」
焔の渦は途端に消え失せ、ラーナが突然地面に向かって倒れた。
「ラーナ!」
気がつくと、いつの間にか黒い外套に身を包んだ数人に退路を完全に断たれていた。ラーナは、背後から忍び寄る陰からの手刀を喰らってしまったらしい。
「ああ、すまない。ラーナ嬢、本当はレディを傷付けるようなことはしたくないんだ」
感動を誘う大げさな演技でもしながら、カイネルは顔を覆った。
「ラーナちゃん……カ、カイネルくん……どうしてっ……どうしてこんなことっ……」
瞳を潤ませながら、地面にへたり込んでしまってたコーラルは、力なくカイネルを睨む。
「ああっ、その熱い視線も実に堪らない! ……とても刺激的な瞳をお持ちだ。ん~ッ、実にグレイトッ!!」拳をつくり、唇を噛みしめた後――その場に跪き、続ける。
「度重なる無礼な態度をどうぞお許しください……お初お目にかかります。サンドライト王国、第一七代王女――パール・ルステン・サンドライト様」
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