第38話

 コーラルにかかった蟲の体液摘出と、刺激臭取り除きも終了し、再びダンジョン探索を再開させた一行は、ある部屋に辿り着いた。


「ここは――なんだ」と、カイネル。


 壁に発見した針は、チクタクと時を刻んでいる。B1Fでゴウゼルと出会った広場と雰囲気はよく似ていた。


「…………さわってもいい」

「やめておけ、チビ」

「…………わかった」


 頭の上に乗っているクリムの言うことに素直に頷き、ラーナは一歩下がった。


「ふっふっふ、危険かもしれないけど、たまらないよね、こういうのは。わくわくするよ……あっ、アイテムだ!」


 ジッパは嬉々の表情で足下に転がるアイテムへと駆ける。


 ジッパは《風脈の珠》を拾った。


『第二種珠系特殊知識取扱資格』を所持しているせいか、今拾ったアイテムの効力と名称名前が、“魔粒子加工”が施されたバッジを通して、直接脳に語りかけてくるような不思議な感覚をジッパは覚えた。


《風脈の珠》

 投げつけるか天にかざすことで、フロア内に強風を発生させることが出来る。(最大半径五〇メルラほど)かつて、東西南北の各方角の風を司る神々が、様々な天候や季候を珠に閉じ込めて、悪戯に遊んでいたという。そんな風の神々の遊び道具の一つであるといわれる。途轍もなく強い風で使用者さえも吹き飛ばされてしまうのは、それも悪戯からか。


「おお――なにこれ、すごい。本当にアイテムが語りかけてくるように……」

「どうした、ジッパよ」


 ラーナとクリムが、アイテムを手にしたまま驚愕しているジッパに駆け寄ってくる。


「いやこの前『特殊知識取扱資格』を取ったじゃない。合格したときに貰ったバッジに“魔粒子加工”が施されてて、これを身につけて実際アイテムを拾ってみると、これがまた不思議な感覚でさぁ――ねえコーラル聞いてよー」


 ジッパはこの喜びを少女にも共感してもらおうと、身体を彼女の方に向けるが、コーラルはどこかよそよそしい雰囲気で、ジッパを一瞥する。


「えっ……っと、な、なあに?」

「この珠凄いよ! 東西南北の風の神々が遊びに使っていたらしい珠らしくて――」


 ジッパはそんな彼女の表情もお構いなしに興奮したまま喋り続ける。


「……この針。少し動かしてみるぞ、ジッパ」


 先ほどから壁に飾られた無数の針を眺めながら、顎を撫でていたカイネルが呟く。


「――えっ、ほんと? うーん……よし、物は試しだ。やってみてよ、カイネル」

「では――」


 頷いて針を右側に回した途端、カチリ――という音と共にカイネルの姿は瞬時に消えた。


「カイネルくんが……消えちゃった……」


 それは先ほどゴウゼルが突然目前で出現したり、消えたりした現象にと関係があると考えたコーラルだったが、彼女は驚愕したように口を覆って目を見開いた。


 地上に居たのでは絶対に体験することの出来ない不思議な経験――コーラルは、改めてここが、奇異の源、ダンジョンであることを再認識する。


「ホントに消えたね……。ゴウゼルさんの時も不思議に思ったけどここの“ダンジョン特性”ってなんなんだろう……転送系のトラップ? 前似たようなダンジョンを攻略した覚えがあったよね、クリム。どれどれ――じゃあ次は僕が」

「ジッパ! だ、だめだよ……危ないよ……ジッパまで居なくなっちゃたら……わたし」


 コーラルはジッパの服の袖をぎゅっと掴んで、柔らかい身体を寄せてくる。


「こ、コーラル……わ、わかったよ――って……ん?」


 ジッパは身じろぎしながら、自分の足下設置してあったレバーを倒した。


「…………あ」と、ラーナとクリムが同時に口を開ける。


 途端にフロア全体が、均整が取れない天秤のように不安定に動き始める。


「きゃ、な、なに……? なんか揺れて……?」

「…………ふらふら」

「二人ともだいじょうぶ?」


 フロアの四隅に設置されているぜんまいばねは、地面の上であたふたしている自称冒険家たちを嘲笑うかのように――軽々と天地をひっくり返した。


 からくり地面に足を付けたまま、視界で捕らえる景色はぐるりと変化する。


「くっ……とんでもない大回転だな、なんてトラップだ……気持ちわる……」


 不思議な遠心力と、強い目眩の後、彼らの目前に広がっていたのは――眠っている多くのモンスターと、煌びやかに自らを主張するたくさんのアイテムだった。


 そう、ここは――。


「【モンスターハウス】だ!!」


 ジッパが溌剌とした大声で叫ぶと、途端に眠っていたモンスターたちは目を覚まし、こちらに鋭い視線を向けてくる。


「わっ……な、なにこれ!! 【モンスターハウス】!? ど、どうなっちゃうの!?」

「ふっふっふ、ここであったが百年目だよ……アイテム満載うっへっへ……」


 ジッパはまるで幻の楽園を発見した乞食のような貪欲な表情を浮かべる。


「じ、ジッパ……? お~い……聞いてますか~?」


 コーラルはそんな豹変したジッパの目前で何度か手を振るが、返事は無い。どうしたら良いのかわからずにいるコーラルに、怒鳴り声を浴びせたのはクリムだった。


「小娘よ! すぐに逃げるぞ! 囲まれたら終わりだ! そこの馬鹿を無理矢理にでも引っ張って連れてこい!! チビよ、あそこだ、あの廊下まで全速力で走れ!!」


「…………ん」と、特に表情も変えずに頷くラーナ。

「えっ……クリムちゃん……ちょっ」


 俊敏に行動を開始したラーナとクリムは、フロアの隅に確認できる廊下を目指し全力疾走。一方のコーラルはその背中を目で追いかけながら、こちらに向かってくるモンスターの大群に奇妙な笑みを向けているジッパの肩を揺すった。


「ちょっとジッパ! クリムちゃんもラーナちゃんも行っちゃったよ! なにしてるの」

「ふっふっふ、ここのアイテムは全部僕のものなんだ……ふふふ、誰にも渡さないよ。そうだ、【モンスターハウス】なんて滅多にお目にかかれないんだから……ここで逃したらきっと一生後悔する。くっくっく……うん、そうだよ。これはぜんぶ僕のに――ぐえっ」


 コーラルはジッパの胸元を無理矢理引っ張り、ラーナとクリムの後を追う。


「ジッパのバカ! 早く逃げるのッー!!」

「ああっ、コーラル!! ちょっと待ってよ! 僕のアイテムたちがッ!! んあああッ!!」


 ジッパの悲痛なまでの叫び声が【モンスターハウス】に響き渡る。


「んっ……ヤバい……このままじゃ……追いつかれちゃう――」


 やがて背後からコーラルたちの数倍の速度で追ってきた、翼を持った合成獣(キメラ)が、獅子の顔面で噛みつこうとしてくる。


「くうっ……いろいろ勿体ないけど……ああ、もうッ、自棄だ! これでもくらえ!!」


 ジッパは《異界への鞄》に手を突っ込むと、瞳を閉じて先ほど拾った《風脈の珠》を想像した。いつの間にか青年の掌に出現したそれを――合成獣の大きく開いた口に投げ込んだ。


 一瞬で合成獣の身体は破裂し、そこに薄緑の渦巻きが出来上がると、そのまま風脈は乱回転を続けた。


「うわッ――」


 途端に背中を吹き飛ばされた二人は、途轍もない速度で廊下を先行していたラーナとクリムに追いつき、そのまま一塊となって対面の壁に激突した。

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