第36話
【機械仕掛けのダンジョン B1F】
暗闇を進んでいくと、やがて大きく開けた場所に出た。真鍮色に輝く装飾品や、緑青色に錆びたでこぼこの円盤がやたらと壁に飾られ歯を噛み合わせるようにして回っている。
その中で数々の刻を知らせる針が無数に存在し、カチカチと不気味な駆動音を鳴らしながら、動いている。
「初めての人は不思議かも知れないけど、ダンジョンっていうのは基本的に潜行する度自動生成されるんだ。だから僕らがもし明日同じダンジョンに潜ったとしても、内部の構造は全く違った物になるし、配置されるモンスターも、創られる“不思議アイテム”も毎回異なるんだよ」
「へぇー! 不思議だね……なんでそうなっちゃうの?」
「ダンジョンっていうのは謂わば“魔粒子”の海みたいな物なんだ。内部は歪みの源が充満している。今の僕らはその中を潜っている最中――実際、中に入ってみてそれは肌で感じるでしょう」
コーラルは露出された白い肌をさすりながら、ぶるると身体を震わせる。
「そ、そうだね……なんだか、寒い……でもないけど――なんだか不安な感じ」
「前も言ったけど、その感覚が“魔粒子”に触れている状態ってこと。ダンジョンを発見するときも、強力なアイテムやモンスターがいるところなんかは今とは比較にならないくらい“魔粒子”の濃度が高いんだよ。きっとその感覚は今後とても役に立つよ」
ジッパは娘に勉学を教える父親のように、優しく隣のコーラルにダンジョンの手ほどきを教えていた。当の彼女は表情を多様に変化させながら、疑問に思った事は何でも質問し、尻尾を振りながら餌を待つ仔犬のようにジッパの解答を待った。
「……まるで親子のようだな、あんたらは」
その光景を少し後ろから眺めていたカイネルがぼやく。
「はは、随分大きな娘もいたもんだね……」
「それにしても驚いたな……ジッパが“地図無し”にしてダンジョン潜行経験者だったとは。今時かなり珍しいんじゃないか。その物腰から何となく感じてはいたが」
「いやあ、そんなに自慢するようなことじゃないよ……田舎者だからね、冒険家を名乗るのに証が必要なことも、アイテムを所持するのに資格がいることすら知らなかったから」
ジッパは照れるような仕草で頬を掻いた。
「なるほど……やはり……結局は泥と糞に塗れた意地汚い田舎者というわけか……」
「君はすっごい端折るよね、そして悪意を感じる。ねえ、それ、やめようよ」
ジッパは困ったような顔でカイネルに突っかかっていると、前方を進むコーラルが無邪気な笑顔でこちらに駆けてきた。
「ねえジッパ、どうしてダンジョンは地下にあるのにこんなに明るいの?」
「ダンジョンに蔓延る“魔粒子”はね、生命の反応を探知すると発光現象を引き起こすんだ。別にダンジョン全体が光っているわけではないよ、僕らが通るところを明るく照らしてくれてるんだよ」その解答を既に用意していたかのようにジッパは流暢に説明を終える。
「へえ、すっごいねぇ……不思議だな……ジッパは物知りだなあ、やっぱりすごいな」
コーラルは幸せそうに笑みを浮かべて、むふふと下唇を噛んで、
「ジッパがいつかお父さんになったら、きっといいお父さんになると思う! うんっ、絶対そうだよ! わたしにはわかるの、だってわかりやすく教えてくれるし、優しいし!」
にこっと微笑みを絶やさないコーラルは軽やかな足取りで先頭を進んでいく。こんなにも楽しそうにダンジョン攻略をする人間を、青年は初めて見た。
「娘とな……くっくっく、ジッパよ、養子にでもしたらどうだ、交尾など望めないがな」
あくどい笑みを浮かべながら、クリムはぎざぎざの歯をむき出しにする。
「…………むすめなら……ラーナがいるのに。こーびも……するのに……」
「ちょっと、クリム、ラーナに余計なことを言わせるようなことをしないでくれよ」
無表情でとんでもないことを言い放つ狼人の娘にジッパは柔らかな笑みを向けつつ、前方を歩くコーラルに張り上げた声を送る。
「こら、危ないよコーラル、どこに罠が張り巡らされているかわからないんだから――」
「きゃっ――」
言っている傍から広場に突如出現した人影にぶつかったコーラルは体制を崩し倒れた。
「おっと――すまねえな、嬢ちゃん。ガハハ! ぶつかっちまったな、わりいわりい」
赤毛で大柄の熊のような男が大剣を背に担いだまま突然そこに出現した。
「……よう、受験者諸君。お前らで何組目だっけな……ちっ、忘れちまったぜ、ガハハ」
「……第三次の試験管さんですか?」とジッパが訊ねる。
「ごもっとも! 俺の名はゴウゼル・クリムゾン。この糞面倒な第三次試験の試験管にまんまと選出されちまった悲しき男よ――おぉ~……てめぇがジッパかぁ! ガハハ」
ゴウゼルは旧友に絡むようにジッパの肩をぐっと抱く。
「えぇ、どうして……僕の名前を? 何処かで会ったことありましたか?」
「そんなもんお前――って、あっ、スマン今のは忘れてくれ、ガハハ」
少し焦ったような表情が垣間見えたが、得に気にすることも無く大柄の男は続けた。
「第三次試験は実力行使だ。ここでは単純に冒険家として一番求められる能力、ダンジョン探索能力、アイテム探索能力を示して貰う。今までどんな試験管に当たってきたかは知らないが……そんなもんは糞食らえだ、常識や制約なんて物はぶっ壊すためにそこに存在している! たまには試験管の言うことくらい破っても見やがれってんだよ、ちまちましたダンジョンの事前申請だ、アイテム資格だととんでもなく馬鹿くせえ、そんなもんはプロになってから覚えやがれって話だとは思わんか? なあ」
ゴウゼルは次にカイネルに視点を定め、まるで返事待たずに喋り続ける。
「ここは王国の資産である【王国のダンジョン】ではあるが、今回冒険家協会に頼み込んでその枷を外して貰ったというわけだ、所謂無秩序ってやつだな。だからもしここで危険な状態になったって、サンドライトの騎士団の助けなんか来やしねえぜ、死んだときはダンジョンと一緒に“魔粒子”に変わっちまうだけだ、骨だけを残してな」
ゴウゼルはその逞しい腕を組みながら太い指を一つ立てた。
「俺の試験内容はただ一つ。この最深部B5Fで、難易度レベル1の【機械仕掛けのダンジョン】で、ランクA以上の“不思議アイテム”を発見し、入手することだ。糞めんどくせえ制約なんか気にしなくっていい。ただそれだけだ。それでお前たちは合格。はれてプロの冒険家というわけだ、どうだ。簡単だろう。てめえらはラッキーだな、この優しい今回の試験管でよ、ガハハ、馬鹿でもできちまうぜ、こんな試験」
「わぁ、本当にわかりやすい! それならわたしでもできそうかもっ!」
ゴウゼルがコーラルの無邪気な笑顔を見てほくそ笑む。
「というわけで行ってこいや、アイテムを入手したら俺に見せに来い。この俺を探すことも試験内容にいれとくか、せっかくだからな、ガハハ。では俺は消えるとずるぜ」
そしてゴウゼルは壁に掛けられている奇怪な装置の針をぐるりと右に進めると、姿を消した。
「ふわぁ~消えた……! 消えたよ、ねえジッパ!」
コーラルは感心したようにゴウゼルが元いた場所を指差しながら青年に伝えてくる。
「そうだね……きっと、何かしらの仕掛けがあるんだろうね、コーラル、これを“ダンジョン特性”っていうんだよ」
「“ダンジョン特性”……?」とコーラルは当然の様に首を傾げる。
「――そこからはオレから説明させてもらおうか――流石に聞いているばかりだとこちらも飽きがくるからな、別にいいだろう。“ダンジョン特性”というのはその名の通り、ダンジョン自体が持っている不思議な現象のことだ。例えば――オレが噂に聞くダンジョンでは……階を下っていくごとに年齢が若返っていってしまうという【若返りのダンジョン】や、潜った当人の記憶の中がダンジョン内で写し出される【記憶のダンジョン】、それに深くに潜っていくほどに記憶が欠如していってしまう【忘却のダンジョン】。いずれも独特な“ダンジョン特性”を持ったダンジョンだ」
「やけにに詳しいね……カイネルはダンジョンに潜ったことがあるの?」
「いいや、今回が初見さ。まさにダンジョン筆おろしと言う奴さ。ただ情報収集に関しては我ながら自信があってな、これで生活できている面もある」
カイネルは両手を上げながらお決まりのポーズを取った。
「へぇ~……“ダンジョン特性”……じゃあここの特性は一体何なのかな」
「うーん。流石にもっと奥まで探索してみないことにはわかりっこないよ、でも機械仕掛けというくらいだからね……この部屋のようにガチャガチャしているんだろうね……さっきのゴウゼルさんが消えたのも気になるし、今はあまり気にしないで潜ってみようか」
「よし、みんな! ランクA以上……だっけ? 頑張って探そっ!」
「そこが難題な気がするんだよね……僕は」
コーラルの声を遮るようにジッパがぼそりと呟く。
「……ここが難易度レベル1のダンジョンだからか……ジッパよ」
クリムが帽子の上から我関せずという具合に欠伸でもしながらに言う。
「そう、ゴウゼルさんはさらっと言ってたけど、そもそも難易度レベル1のダンジョンでランクAのアイテムが出現するものなのかどうかがまずわからない……僕は今まで王国が定めた難易度っていうのを全く考えてきたことが無かったけど、やっぱり“魔粒子”の濃度が低くいダンジョンで強い効力をもったアイテムを発見できた試しがないな……だからといって殆どダンジョン初見の僕ら“地図無し”パーティーで難易度の高いところに挑むのは、それはそれで危険だとは思うんだけど。だから矛盾してるんだ、この試験内容は」
「しかし……試験の内容にするくらいなのだから、あるんじゃないか? 何かしらの救済処置が」
「うーん……あの試験管の風貌からはあまり期待できそうに無いけどなあ……何も考えてなさそうだよ、あのゴウゼルって人」
ジッパ一行はそういった不安を感じつつも、【機械仕掛けのダンジョン】を潜っていく。
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