第27話
「本当に何とお礼を言ったら良いか……」
数時間前まで“魔呑亜”になっていたとは思えない老人は、かしこまった動作で深々と頭を下げる。それに習うように村人たちも続く。
異変を生じていた四肢も徐徐に人肌を取り戻していき、姿形はまだ見ていていい気がするものでは無いが、さっきよりもずっと良くなっている。
「いえ……礼ならこの子に言ってあげてください、貴方たちを救おうと必死で頑張っていました、彼女が居なかったら、こうはならなかった。僕はその手伝いをしただけです」
「あ……えっ、えっと……ぉ、お役に立ててよかったですっ!」
コーラルは顔を真っ赤にして、息を大きく吸ったあと頭を下げた。その強張った表情にジッパはあまり礼を言われ慣れていない様に思えた。彼女なら困った人をところ構わず助けていそうな気もするのだが。
村人一同はもう一度揃ったお辞儀を披露し、そのままジッパとコーラルを見上げた。
「……お二人は、冒険家の方なのですか?」
「そうですね……というか、実はまだ正規の冒険家でもないんです。所謂“地図無し”ってやつですかね、この辺りに冒険家試験に関する手がかりがあるということを巷で聞いたので、来てみたんですが……まさかこんなことになっているなんて」
老人はジッパの言葉を聞くと、病み上がりの身体だということすら忘却したかのような平然とした顔で立ち上がり、しわがれた声で、
「……そうですか。では、着いてきてください」
「……?」
老人は軽やかな足取りで民家を出る。ジッパとコーラルは慌てるように彼に続いた。
民家を出ると、いつの間にやら夕日が上っていた。民家の直ぐ横には見慣れないプーレが二匹用意されており、老人はそれに跨がった。
「わあ……すごーい……これがプーレ? おっきいなあ」
コーラルはきらきらと夜空に浮かぶ星のようにさせてプーレのふわふわの羽に触れる。
「貴方がたはそちらのプーレをお使いなさい。期限までそこまで猶予はありません。急ぎますよ」
「……あの、一体……何がどうなってるんです?」
老人はジッパの声を聞くと皺だらけの表情で不気味笑いながら、その薄い唇を開いた。
「……ここまで辿り着けたということは、情報収集能力と人脈の広さは相当なものだと窺えます。なんと言っても今回この場所を嗅ぎつけたのはあなたたちだけですから。知っている人物はそこまで多くは無いはずですがね……それに加えて、アイテム調合の知識、手際の良い服用方法には感服いたしました。さらに薬剤を調合する上で必須な『特殊知識取扱資格』の正式所持――『第二種希少』までをお持ちのようですが、それに勝る知識と応用力です。難度は桁外れになりますが、『希少一種』の受験を強くお勧めします。……また、行動力の面においても、発見率の低い薬草を含め、十二種類もの薬草を採取してくるのにも驚きましたが、なにより……倒れている人間を救おうという救済精神――。私がとても好きな冒険家像です」
老人はプーレに乗った丸っこい背中で踵を返し、にこりと笑って、
「貴方がたには冒険家試験のダンジョンに潜行する資格があると私は見受けました」
「えっ! ……じゃあ、もしかしておじいさんは……!」
「私は毎年秘密裏に執り行われる冒険家試験において、今年の一次試験管の任を受けましたボイバンと申します。貴方がたを二次試験まで責任を持ってお送りさせて頂きます」
「ほっ、ほんとにぃ!? うわあぁぁーいやったぁ~! ねえ、やったよジッパ! わたしたちついに冒険家になれたんだぁぁ! 嬉しぃぃ!!」
「あっ、ちょっと、まっ……いや落ち着いてコーラル、まだなってないから、はぁわっ」
「くっ……よせ、小娘がッ……はぁん……っんむはっ」
天界にまで届きそうな黄色い奇声を発しながら、頬を少し染めて涙目になったコーラルはジッパに飛びつき、ジッパの服から首を出したクリムごと抱きしめた。
「はっはっは、元気なお嬢さんだ。それに珍しい『竜族』もいるとは、なかなかに面白いパーティーですねえ、現役だった頃を無性に懐かしく思いますな」
ボイバンはしわくちゃの顔をより一層皺だらけにすると、優しい口調で続けた。
「さぁ、冒険家になる為に貴方がたは未だしなくてはいけないことがあるのでしょう……? プーレにお乗りなさい、行きますよ。お喋りならこの先いくらでもできます」
「はーい! あ、じゃあわたし前に乗りたいな! プーレ動かすの!」
「えっ……ちょっと、コーラル……できるの……? かなりの不安を感じるんだけど」
「だいじょぶだいじょぶ!」
コーラルはお決まりの軽い空返事を返し、そそくさとプーレに跨がった。
「なにしてるの? 早く乗りなよ、気持ちいいよ」
「いや……まあ……いいのかなぁ……まあ、本人が気にしてないようなら……でも……」
「なにをぶつぶつ言ってるの? 早く、ほら、ココだよ、ココ」
コーラルは赤子に赤子に教えるように、後ろの空いた空間をぽんと叩いた。
「……ま、まあいいや」
ジッパは、少し躊躇しながらも彼女の後ろに続いて乗り込み、やがて手綱を引いたボイバの後に続いた。
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