第26話

「はぁっ~……呆れて溜息が出ちまったぜ。なんだお前は、本当に言われないと何もできないのかよ、テメーは猿か。少しは頭使えよ、頭。ついてんだろ、しょうもねえ頭が」

「……だ、だってっ、できるわけないよ! 本当に何にも知らないんだから! それに自分で考えて必死に頑張ったって、できてなかったら怒るじゃんか!」

「何を言うかと思えば……あったりまえだろ、そんなもん。できてないんだから」

「な! ひどすぎ! 理不尽だ! チャックとクリムに訴えてやる!」

「あんな奴らに訴えたところで何にもならねえだろが……はあ、久しぶりに帰ってきたってのに、早々あれを教えろ、これを教えろってうるせぇガキだなぁ……本当にクソ生意気な弟子を持っちまったぜ……どっかの物好きが買ってくれたりしねえかな」

「うっわ、最低だ。……いいよ、もう。僕は己の道を行くんだ」

「あっ、てめ、また逸れんのか? ふて腐れ少年かー? おーい」

「くっ、ムカつくな! いい加減その呼び方止めてよ! しかもそんなこと言うくらいならさっさと教えてよ! 基礎さえ教えてくれないなんて一体どんな師匠なんだ!」

「ニシ、良いこと教えてやるぜ、ジッパ。……世界はな、何処まで行っても理不尽なんだぜ」

「はあ? 何言ってんの?」

「あとな……俺はお前に物を教えるのが大嫌いなんだ……勝手に見て覚えろや、バカが」

「……ちっ、言ったね? 今言っちゃったよね? 覚えてなよ、ただじゃ済まないから。確認するけど今のは完全なる師匠業放棄ということで問題ないよね? それに伴うアンタの損害を教えてあげようか? まず今夜のご飯は勿論無いわけだし、金輪際口利かないからね。それによってアンタの帰ってくる場所は当然の様に消え失せて、ついには僕らからも見放され……あーあ、本当に可愛そうな人」

「……お、おう、相変わらずキレると絡み連れぇ奴だな……テメーは」

「……あーあ、今夜特製ビーフシチューだったのになあ……残念だなあ~」

「え……マジ……?」



 * * *



「……ごめんね、まともに説明もしなかった僕が悪かった。コーラルは何も悪くないよ。……人に物を教えるっていうことが今まで無かったんだ、許してほしい。……そりゃ教えてくれなくちゃわかるわけないよね……それは当然のことだ。僕自身それはわかっていたつもりだったんだけどな……これじゃアイツと一緒だ」

「……アイツ?」

「ああ、ゴメン気にしないで。……でもね、コーラル。教えて貰ったら今度はきちんと自分なりに考えてみることを忘れたらダメだよ。傀儡のように言いなりになっているのと、他者の意見を聞いた上で自分で今一度考えてみるのとでは、結果は全然違ったものになるからね……たとえ失敗したっていいんだ。周りの人がそれを支えてあげればいい」


 ジッパはきょとんとした顔のコーラルを見据えると、くすりと笑った。


「ほら、行っておいで、あと四種! 集めてきて、コーラル、待ってるよ!」

「……う、うんっ! わたし頑張るよ! 待ってて!」

 コーラルは土だらけの手をはたくと、汚れた恰好でスカートを翻し走り去った。

「女の子なのにあんなに汚れて……コーラルは頑張り屋さんだな」

「そうか? 我はまるで……がむしゃらだった頃の昔のお主を見ているかのように思う」

「僕あんな感じだったの? いやー、もうちょっと普通だったような気がしたけど……」

「いや……昔のお主は相当に阿呆でクソ生意気であったぞ。忘れたとは言わせぬぞ――ブラックミルク事件を……」

「……そういえばそんなのあったね、まったく忘れてたよ」

「フン……それと比べればお主も少しは大人になったのかも知れぬな。未だガキだがな」


 クリムはジッパの帽子の上に乗り、尻尾でぺしんと青年の首を叩いた。


「なにー? お前に言われたく無いんですけど~」

「何を申すか、我がクリム・バベルサーガの血にガキの文字は無い」

「自分で言ってることわかってる? 正直意味わかんないよ、それ」


 その後もコーラルは幾度となく採取する薬草の種類を間違え続け、作業は難航したが、やがて十二種類全てが揃い、ジッパの薬草調合が始まった。


「こ、今度は大丈夫だよ。ちゃんと資格を取ったからね! い、違法じゃ無いよ!」


 ジッパは強張った作り笑いを浮かべながら、クリムとコーラルに帽子に巻かれたスカーフで光っているバッジをこれでもかというくらいに見せつけた。


「……何をビビっとるか、さっさとせんか」

「だいじょぶだいじょぶ! 皆で力を合わせたんだから!」

「じゃあ……いくよ」


 ジッパは湯が張った土鍋に事前にすりつぶしておいた十二種類の薬草を放り込み、かき混ぜながら最後に《毒消し草》を湯の上に浮かべた。


「……浮かべてるだけでいいの?」コーラルが不思議そうに訊ねる。

「あまり浸けすぎちゃうと効果が強くなりすぎる事があるんだよ、助ける為に作ってるのに強すぎる毒素で状態が悪化しちゃったら本末転倒というやつさ」


 ジッパは数十秒ほど湯に浮かぶ葉を眺めると直ぐに調理器具で取り出し、幾つかの種や粉末を混ぜ合わせた薬味を振りかけた。


「《毒消し草》を元に、筋繊維を少し無理に動かして体温発熱効果と、異物に対する抗原の構築の効力だけを向上させつつ、他の毒素を抑制させた特製の《毒消し草》の完成だ……そうだねー、まだ課題はあるだろうけど《万能薬》とでも名付けとこうかな」

「わぁ~すごい!」


 コーラルは人数分の《万能薬》を見て大げさに飛び跳ね、ジッパに尊敬の眼差しを送る。


「ジッパは凄い人だな……」

「何言ってるのさ、君が薬草を頑張って採ってきてくれたからじゃない。僕はそれをただ掻き混ぜただけだよ」

「そ、そうかなあ……えへへ」


 彼女は少し頬を染めながら金の髪を触った。その嬉しそうな表情を見ているだけで、ジッパも何故か愉快な気持ちになってしまう。彼女の笑顔にはそういった魅力があるのだ。


「まあ……我がクリム・バベルサーガの漆黒の焔がなければ事は始まらなかったわけだがな……感謝せい、若人どもが」

「若人って……クリムも同じくらいだろうがっ、まあいい、早くあの人たちに飲ませてあげよう」


 ジッパたちは出来上がったばかりの薬草を持って再び民家へと足を運んだ。

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