第19話

 ジッパは瞳を輝かせるコーラルを横目にボードを再び確認する。


 一方、『特殊知識取扱資格』に関しては、冒険家協会の『魔粒術士』の精鋭からなる『特殊知識取扱資格委員会』による特殊な“魔粒子加工”が施されたバッジが合格時に渡される。これには、ダンジョン内で拾うアイテムを識別する“魔粒子”が自動展開されるように“魔粒式”が組み込まれており、手に入れたアイテムが持ち主にまるで自ら語りかけてくるように、そのアイテムの名称、効力などをぼんやりと知り得ることができる。もちろん所持者に合わせた特注品であるため、他者の使用は不可で有り、アイテムのランクに合った『特殊知識取扱資格』でないと識別することはできない。


 これを所持せず識別されていないアイテムを手に入れた場合は、冒険家の経験や、目利き能力に全てが委ねられることとなる。


 しかし個人差は確実に存在し、『特殊知識取扱資格』を所持しているからといって完璧な識別ができるわけではない。


 より精度の高いアイテムの識別、鑑定をするためには、『倉庫屋』と同じく冒険家協会が各国々に構えている『識別屋』を訪れるのがいいだろう。


「識別かあ……あんまり考えたことも無かったなあ」

「確かにお主はよく変な名前を付けていたな、『識別屋』とやらに再び持ち込んでみたらどうだ」

「だからもうそのアイテムが無いんだってば! なに? 嫌みなの!?」

「くっくっく」


 粗アイテム資格に関しての“初心者の為の手ほどき”を粗方確認し終えたジッパとコーラルはカウンターへと向かう。


「そういえば……コーラルはどんな資格を取るの? 武器なんかは何使うつもりなの? 何か目指しているジョブとかはあるの?」

「……ジョブ?」

「あ、知らないんだ、やっぱり」

「コーラルは何か得意な武器とかあるの?」

「ええと、レイピアなら……少々」


 少し慎むような言い方でコーラルは顎に手を置いた。


「へえ……刺突剣なんて珍しいというか……結構扱いが難しいのに」

「え、えっへん……これでも腕には自信があるんだよっ」


 何やら満足そうな顔でコーラルは腰に手を当てる。


 レイピアのような刺突を目的とした細身の片手剣は、一見軽く使いやすいと思われがちだが、見た目と反して比較的重い剣であり、その重さの大半が複雑な曲線を描いた柄にある。そのため刃には殆ど重みが無い。故に体感的に軽く感じ、素早い連続攻撃に向くが、一撃はとても軽く、両刃でありながらも斬撃には向かない。しかし肌に密着させ、引いたりすることで“切”という器用な扱いをすることもできる。突き攻撃を主体とし、斬撃は基本的に行わないため、片手剣の中で最長の間合いを確保することが可能である。さらに、防御面においても、拳を守るための複雑な作りのフックで相手の剣を絡めたりすることにも向いており、相手を殺傷するよりも自らを守る為の剣戟になることは多い。


「そしたらコーラルのジョブは……『刺突剣士(フェンサー)』になるかな。僕もジョブの種類についてはあまり詳しくはないけど、俊敏な動きと堅実な守り、手数の多さで翻弄しつつ、相手の急所を一突きするのを得意とするジョブだね」

「ジッパはなんてジョブなの?」

「僕はね……『アイテム士』」

「ふうん、何が得意なの?」

「うーん、なんだろうね、実は自分でもよくわかっていないんだ」


 冒険家の細分化が目的で多種多様となった武器の取扱を資格制にするに辺り、依頼主のニーズに合わせてある程度の区分分けが必要となった――それがジョブである。


 剣の資格を所持し、剣を専門に取り扱うのであれば『剣士(ソーディアン)』などと名乗ることが多い。ジョブは特に冒険家協会が決定づけたわけでは無く、あくまで冒険家間が勝手につけた称号的な意味合いも強く、ジョブが『剣士』であっても斧の資格を持っていれば扱うことは可能で有り、ジョブの変更は自由である。


 自分についた異名をそのままジョブにしていたりする冒険家も多いため、一概に『剣士』だから、と決めつける事はできない。


 ジッパのジョブ、『アイテム士』は自らの師がそう名乗っていたから取って付けただけであり、青年自身それは一体何を得意とするジョブなのかわかっていないが、すべてのアイテムに関する知識、取り扱いに長けている者をいう。


 それ故、他のジョブよりも多くの『専門所持資格』と『特殊知識取扱資格』が必須となる。とても広い分野の知識が要求されるため、“アイテム専門化”によって需要が高いとされる冒険家像は専門特化型であり、ある分野を極めた職人気質な冒険家が求められる現代のダンジョン戦闘において、幅広い知識と技術を持つ『アイテム士』は造作のわりにあまり意味をなさず、実戦闘もあまり得意としない。故にジョブの知名度はすこぶる低いとされている。


『アイテム士』をパーティーに入れずとも、各分野に特化した冒険家同士でパーティーを組めばダンジョン攻略において事足りるからである。


「たぶんね……こう、なんでも屋っていうか、武器や防具を始め、薬草や装飾品、すべてのアイテムを取り扱うジョブのことだと思うんだよね」


「なにそれ! なんかすごそう!」

「まあ……それを名乗っていたわりに資格一個も持ってなかったんだけどね、うん……きっとこれからが頑張りどころだね! 正式な冒険家になって資格も取って……一緒に頑張ろうね、コーラル! って――あっ」


 ジッパはなにか重大なことに気がついた、という表情で顔を顰める。


「ん? どしたの、ジッパ」

「いや、コーラルは……お金が……くっ……まあ、この際、しかたないかッ……グッ」

「お主はドケチだな、どこまでも」

「ドケチじゃないよ! お金って凄く大切だよ? 君ちゃんとわかってる? クリムが毎日ばくばく食べてるご飯だって僕が栄養考えてできる限り節約して……原価を銅貨一枚分にまで抑えた究極の即興料理なんだから。わかってもらえないかなあ、この努力」

「フン、知らぬわ」

「あー……言ったね、じゃあもう今夜からクリムの分作んないから。いいね、それで」

「……ふう、仕方ないな、謝罪しようじゃないか」

「言っておくけど、それ全く謝ってないからね、何度でも頭を下げるがいいさ、ほら、もう一度、早くしなよ、足らないよそんなものじゃ」

「ふふふ……本当に仲良しだね」


 コーラルはジッパとクリムのたわいない会話を耳にしながら笑った。

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