第15話
まどろみの中、ジッパは陽が出ているときにした会話を思い出していた――――。
「――お、王女? ……この王国のお姫様ってことですか?」
「はい、間違いありません」
凛とした表情でパールは美しい顔をこくりと縦に振る。ジッパとコーラルは驚いた表情でお互いを見やった。
「……お二人はこの王国に伝わる一つの伝説をご存じですか?」
「伝説? あ、たぶんわたしそれ知ってるよ! あの、あれだよね、あれ、なんだっけ」
「……僕はこの砂の王国の下にもう一つの国が存在するって言い伝えがあることくらいしか知らないなあ」
「はい、もとよりご説明させて頂くつもりでした。それは……今より数千年前も昔の話です――その頃は、未だ二つの地を分ける“エンドライン”なる境界線は存在していませんでした。ローグライグリムに生存する人間と、他の七つの種族たちも、共に共存し、お互いを補い合うように暮らしていたと云います。
しかし――ある日突然、そんな日々も消え去ってしまうこととなったのです。未知の大陸から突如出現した“外来種”が太古の昔に存在したと云われる【古代サンドライト王国】を滅ぼしたのです。子供も女も問わず“外来種”に喰いちぎられ、犯され、無残に惨殺されたと云います……。
これを“外来生物災害戦争(アウターヘル・ハザード)”と云います。それ以降、人類は人間以外の種族を忌み嫌うようになり、他の七つの種族を“歪み者”と認知するようになり、衣食住を奪い合う種族間戦争に発展したと云います。現在、ローグライグリム全土で繰り広げられる種族間争いや、種族差別はこれが発端だったと云われています。……人間は種族間の中で類い希な知性と同種の間で絶対的な団結力を持っていた……。
当時から数が最も多かったとされる人間は種族間戦争においても最強だったと云われています。
――そして人類は争いから勝ち取った暮らし慣れた三割程の大地を【イントラへヴン】と名付け、永住することにしたのです。
そして“外来種”や敗戦した七つの種族が住む世界との間に境界線を引き、未知の大地を【アウターヘル】と名付けたのです。“エンドライン”を超えた先に想像を絶する危険や恐怖が潜んでいると云われているのはきっとここから来ているのでしょう」
パールは麗しい顔を少し困り眉にさせながら、重々しくその言い伝えを語り終えた。
「でもそれってただの伝説でしょう? 本当にそんなものがあったのかな? パール姫」
コーラルがパール姫を幻の鉱石でも発掘した採掘士のような瞳でじっと見据えている。
「いえ……わかりません。数千年前存在したとされる【古代サンドライト王国】の風化した建物の一部らしいものしか、当時その国が存在したという証拠はありませんから。それも本物かどうか怪しいといわれているくらいだそうです。……逆に言えば、証拠も無く何故そういった言い伝えだけが今のこの現代に伝えられているのか不思議でなりません」
パールは顔を横に振りながらふうと息をつく。その様子から大分緊張していたと見える。
「それがこの王国に伝わる伝説の全てですか?」
「……お話にはもう少し続きがあるのです。――“外来生物災害戦争”が起きたとき、当時のサンドライトの血を引く心優しき王女がいたそうなのですが、彼女は“外来種”を相手に最期まで武器を取らず、言葉で戦争を終わらせようと奮闘したと云います。ですが……そう上手くはいかなかったのです。先ほども言ったように【古代サンドライト王国】は結果として滅亡してしまいました。
清廉潔白だったと云われる【古代サンドライト王国】の王女は、自分たちの国を奪った【アウターヘル】へ生まれて初めて“憎しみ”という感情を得ることになったのです。心優しかった人間が愛する国を奪われ、途轍もない憎悪と、深い悲しみから創り出されたという赤い泪は――全世界を滅ぼす程の“魔粒子”を凝縮させたものであり、どんな生命でもその雫に一滴触れれば死に至るというのです。これが、このサンドライト王国に伝わってきた伝説の全てです」
パールは話すのも辛い、といった具合にずっと顔を顰めながら話していたが、ようやくその重りから外れたのか、途端にリラックスした表情になった。サンドライトの血族というのは皆、他人を思いやる心を持ち合わせているのかもしれない。
「ひええ……すごい話……だね」とコーラル。知ってたんじゃなかったのか? とジッパは疑問に思ったが、そのままパールに顔を向けた。
「それで……依頼というのは?」とジッパが改めて訊ねる。
「長くなって大変申し訳ありません……ここからが依頼内容となります。実は……城内部の兵士たちからある話を聞いてしまったのですが……それは非合法の“不思議アイテム”密売組織である『心許ない爪元』がこのサンドライト王国の周辺を動き回っているという話でした」
――『心許ない爪元』その名前はジッパも聞いたことがあった。巷ではアンチ冒険家などと呼ばれていた気がする。非合法の密売組織というくらいだから、おそらく冒険家協会に飼われる事を嫌い、野良で集まりダンジョン攻略を実施する団体か何かなのだろう。入手した“不思議アイテム”を高値で密売でもすれば相当な金になるだろう。奇異の能力をもった物質を欲しがる者は冒険家から一般市民、貴族まで全世界にごまんと居るはずだ。
「その『心許ない爪元』が何かしたんですか? それともこれから何かするんですか?」
「変な名前だねー、『心許ない爪元』なんて、ヘンテコだよヘンテコ」
いまいち緊張感の抜ける言葉を会話の間に挟むコーラル――それをパールは無視するように続けた。
「……後者ですね。先ほどわたくしが話した伝説の中に出てくるサンドライト王女がかつて流したとされる赤い泪――“不思議アイテム”《緋色の泪雫(ひいろのしずく)》それが実在するというのです。そして『心許ない爪元』は最近になってついに行動を開始しました。既に《緋色の泪雫》取得までのルートを抑えているという話です。数千年前に存在していた戒めの秘宝がもし彼らの手に渡ってしまえば……どうなってしまうのかわかったものではありません」
――全世界を滅ぼす程の“魔粒子”を凝縮させたもので、どんな生命でもその雫に一滴触れれば死に至る――まるで残虐な童話に出てきそうな代物だ。
“不思議アイテム”なのだから、不可能を超えた奇異の存在であることは理解できる。しかし誠には信じがたい。その《緋色の泪雫》が、この王国に語り継がれているものと連結しているせいかもしれない。
「わたくしがお願いしたいのは《緋色の泪雫》の入手です。……この件は国王である父上にも話しましたし、城の騎士団にも直にお願いに行きました。でも――笑い話になるだけで相手にもしてくれなかったのです。だからこうして冒険家の皆さんにお願いしようとこちらを訊ねてみたのですが……どうにも勝手がわからなくて……。そこで先ほどのような人助けをしていらっしゃった正義感の強そうな貴方に、わたくしとても感動いたしまして。その……躾ながらわたくしのお願いを訊いてくださるかと思ったのです……」
そして“地図無し”である自分に声をかけたというわけか――青年はパール姫の依頼内容をもう一度頭の中で反芻させていると――コーラルが椅子から突然立ち上がり、嬉々の表情を浮かべながら、唇をにっと持ち上げた。
「うんっ! だいじょぶだいじょぶ! わたしたちに任せてよ!」
「……ちょっと、君、なに勝手に――」
「……だってこのお姫様はこんなに困っているんだよ、そんな人を助けるのが冒険家じゃないの? あなただって……わたしのことを助けてくれたんでしょう? なんでお姫様は助けてあげないのっ」
少女は、青年に捕まれた腕をむっとした表情で睨み付けてくる。とても意思の強い瞳だ。きっとこの子は一度宣言したことは折れるまで実行する類いの意思力を秘めている。ジッパは直感的にそれを感じ取った。
「……何でもかんでも受ければいいってものじゃないんだよ。それだけの責任が出てくる。それに僕たちは未だ正式な冒険家にさえなっていないんだ、依頼の達成が保証できない。……それに話を聞く限りこれはかなり危険な仕事になる。おそらくそれ相応のランクの冒険家が選出されるべきだよ」
ジッパは正論を言ったつもりだった。ただ――それが本当に正しいことなのかは彼自身にもわからなかった。
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