◆第一章 持たざる者の末路は
第1話
ダンジョンといえば、地下に存在し、辺りは暗闇に包まれていると思われがちかも知れないが、奇異の源である“魔粒子”が生命反応を感知すると、壁や天井が仄かな発光現象を引き起こすため、陽の入らない閉鎖的なこの空間でも、松明の必要はない。
必要な物があるとすれば経験と知恵。それと数々の用途を持ったアイテムに他ならない。
ひんやり冷えた廊下をただひたすらに進む青年ジッパは、師匠にそう教わってきたのだ。
「この胸の高鳴りは幾つになってもやめられないなあ」
齢十九になったばかりの青年は満面の笑みで、特徴的なくたびれた帽子を被り、少し猫背の気味の背中には大きな鞄を背負っている。
淡い碧色の瞳と優しげな笑みは彼の人柄の良さを体現していて、悪戯に跳ねた少し長めの赤みがかったブラウンの髪を揺らしながら、今にも鼻歌でも歌い出しそうな勢い。
「またそんなことを言いおって。下も見ずにそんなに笑っていると今に痛い目を見るぞ」
「平気だよ、このダンジョンそんなにモンスター強いわけじゃないし、“ダンジョン特性”もあってないようなものだし。あれ、もしかしてクリムってばビビってるの?」
「ビビる? はっ、笑止千万。我がこの程度の難易度のダンジョンに腰を抜かすわけがあるまい。何を言うかと思えば、実につまらん」
「そんなこと言って、クリムは僕の頭の上に乗ってああだこうだ言うだけじゃないか」
「ここは……居心地がよいのだ。そんなことより早く前に進むがいい。ジッパよ」
「どこまでも偉そうな奴だなあ……」
帽子の上で小さなあくびをする小さな体躯の生き物は、ジッパが幼少期の頃に久しぶりに家に帰ってきた師匠がどこからか連れて帰ってきた『竜族(ドラゴン)』のクリム。自分と共に育った相棒であり、家族でもある。
「このクリム・バベルサーガの誇り高さは現世をも超え、いずれ天界にも届きうることだろう。喜べジッパよ、お前は我が伝説を一番に受け入れることを許された若き伝承者となるのだぞ」
つぶらな深紅の瞳でクリムは小さな翼をぱたぱたと揺らしている。
「はいはい、そんなに可愛い眼をしといてまだそんなこと言ってるんだから、むしろ尊敬するよ。それといつまで言うつもりなの? バベルサーガ。あれでしょ、うちにあった小難しい伝奇小説のなかの登場人物からとったんだよね、確か。昔過ぎて覚えてないけど」
「お主、グイン・バベルサーガを愚弄するつもりか!」
「しないってば、痛い痛い」
クリムは帽子のつばの下へ首を入れ込み、ジッパの耳たぶにがぶりと噛みついた。しかし、そこまで痛いというわけでもないのが本音だ。秘密の力を秘めた高貴なドラゴンであると信じて疑わない可愛い相棒の為に、ここは本人の意思を尊重して痛がっておく。
クリムがこんな小難しい口調で喋るのも、幼い頃に一緒に読んだ伝奇小説のせいで、当然子供だったジッパには小説の内容が理解できるはずもなかったが、クリムは違った。人間の文字や言葉を覚え、やがて人語を喋るようになった。それ以降数々の本に魅了され、生粋の読書家となった小さき竜は、大好きな物語の主人公であるバベルサーガの名を勝手に受け継ぐことにしたのだ。
「まあ名前似てるしね。僕が付けてあげた名前は気に入ってくれてるの?」
「ふん、似ているのでは無い、我はクイン・バベルサーガ。グインの意思を継ぐ者だ」
こうなってはもう聞かない。クリムの中では確固たる理想の自分像が存在しているのだろう。そんな小さき相棒を少し可愛いと感じながら、ジッパは頬を緩めて歩み続けた。
長かった廊下を抜けると、ある程度の広さを持った空間に出た。“魔粒子”がジッパたちに反応し、辺りを幽かに照らし出す。ジッパたちの目前に鈍い光を持った物質が落ちている。
「おっ、アイテム発見」
ジッパは《鈍色のねじ曲がった槍》を拾った。
「うーん……なんの槍だろうね、これ。少なくとも似たような物を見たことはないよね」
「それも拾うのか。一体何個目だ、がらくたばかり拾ったって何の意味も無いだろう。捨ててしまえ、そんな物。こんな簡単なダンジョンに落ちているものだ。きっと大した物ではないぞ」
「そうかなあ……それでも僕は拾うけどね」
ジッパは手にしたアイテムを嬉しそうに背中の鞄へ入れ込んだ。
ダンジョン内で発見されるアイテムは全ての物が“魔粒子”により創造された物であると云われている。さらに一つとして同一の物は存在しないとも。それらを総称し、““不思議アイテム””と言い、それらは奇異な能力を持っているのだ。
「あっ、また見つけた」
ジッパは《妙にさらさらした薬》を拾った。
「その薬だってどんな薬かわかった物ではない。致死性の毒薬だったらどうするのだ」
「まあ……その時はその時かな。別の使い道があるかも知れないよ。武器に塗ったりさ、そのアイテムの用途を色々考えるのも楽しいもんだよ、これがもし毒薬だったら、ってテーマで今夜一緒に考えてみようよ、きっと楽しいよ」
「いや……遠慮しておく」クリムは小さく溜息をついて、「まったく……貧乏性も良いところだ、後でアイテムの整理するのはお前だぞ。我は絶対に手伝わん」
「ふふ、そんなこと言って何だかんだいつも手伝ってくれるじゃない」
ジッパは笑みを絶やすこと無く、次々と落ちているアイテムを背中の鞄へ放り込んでいく。
「あ、やった。またあったよクリム。次はなんだと思う?」
ジッパの双眸の先にはキラリと光るアイテムが映っている。無論ジッパの瞳もきらきらと輝いて。
「お主、本当いい加減に――」
クリムがそろそろ叱りつけようかと思い始めたときだった――突然ふわりと宙に浮いたかと思いきや、ジッパは全身の毛穴が瞬間的に引き締まるのを感じた。
彼らはそのまま抜けた床から落下したのだった。
「――しろと言っただろうがあぁっ!!」
「うわっ~!!」
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