苦痛タイムリープ
ボウガ
第1話
田舎の研究所に、さえない記者が尋ねる。かつては一流の作家だったが、今ではつまらない記事ばかりを書いている。才能が枯れた、その再生方法を探しているが、見つからない。
挨拶もそこそこに、インタビューが始まる。柔和な感じの白髪の白衣の男性からは、世間でうわさされるほどの気難しい性格をかんじとれなかった。
「あなたは天才宇宙物理学者ですよね?どうして今回の研究をあきらめたのですか?」
「それは君の取材を受けたからには明らかだろう」
「というと?天才の言う事は私にはわかりません、かつて私も天才だといわれたことがあったけれど、凡人になったから」
「すでに研究と実験を終えたからだ、結論、あれは世に出していい代物ではない、あれは人を人ならざるものに変える」
「って、それはあの人間ほどの大きさのものは光速を超えられないとかなんとか?」
記者は天井のシミを数えながら考えた。
「そうじゃない、物理的な意味じゃない、感情的に大事な意味なんだ」
「はあ……」
記者は学者の眼をじっくりとみた。立派な大学の教授でもある為、妙なカルトに走っているわけでもないだろう。ただ、権力バイアスに引っかかってもならないだろう。“立派な人のいうことだから”と信用しては、きっと間違った方向に物事が進むこともある。この人が妙な商材をうりつけてくるとかいう事はないだろうが。
「君のいいたいことはわかる」
「はあ、なんですか?」
「君が質問したいことをあててみせよう、念のため君も一緒に発言してくれ」
「それはかまいませんが」
いよいよ怪訝な顔をして、記者は学者と睨みあう。学者は腹が立つほど冷静で、まるでどこかの仙人のようだ。
「「未来は変えられるのですか?」」
「あっ」
記者が驚くよりも早く、学者は言葉をつづけた。
「結論からいうと、実験は成功した、だが成功したが故にこの計画は封じられた、そして君意外の記者の取材も受けていない……絶望の原因はタイムパラドクスだ、未来は変えられない、それどころか、大きな代償があった」
「ってことは?」
「諦めだ、神は明らかに意図をもって俺たちを“ある形”にはめ込んでいる、形からは逃れられないんだ」
「でも、それが全ての科学者がタイムマシン開発をあきらめる理由になりません、近頃では陰謀論が蔓延ってますよ、国が隠しているとか、だってほかの科学者もほぼ同じ時期に研究にとりかかって、結果を出そうって時にキャンセルしたんですから」
「……私はひとつ説を提唱する、つまり君がさっきいった天才と凡人をわけるものだ、私は君のいう天才なのかもしれないが、しかし、知ってしまったあとでは、もう未来に希望を抱くことはないのだ、哲学者が真理をみつけたら、哲学に与えられていた思考の快楽は、感情は奪われる、結局、感情を前に進めることができなければ探求心もわかない、哲学も感情から逃れられなかったのだ」
何か重苦しい運命の重さをその体に感じたような気がしたが、記者はまだ話をつづけた。
「もしかして、私が次に言う事もわかりますか?」
「ああ、それが最善であり、逃れられない答えだからだ、君の女房は蘇えらせることはできない、君の才能は以前の花をもたらすことはできないが、しかし君は、この記事によって、私との付き合いによって、生きていくことに苦労はしなくなるだろう」
苦痛タイムリープ ボウガ @yumieimaru
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