Episode1.成功・起床


――世界線は一つだけでは無い。


 遠暦346年。

 そう呼ばれる時代、真夜中の深い森の中突如何ら前触れなく数多の魔法陣が出現しそれと共に木造の一軒家が現れた。


「…はは…アハハハハッ!流石は私では無いか!流石天才流石は私ッ!私に不可能はないのだよ!」


 その正体こそは言わずもがな、別の世界にて神秘を己が手に掴み取った唯一の神秘学者、エリファス・メーデイアである。


(それにしても呼吸が苦しくない。痛みや不快感も無い)

「ふむ…」


 自身の身体から病が掻き消えた事に何か察した事があるのか、彼女は家中を散策し始める。今居る部屋、寝室、リビング、キッチン、寝室、そして地下に至る迄隅々見逃す事なく見回った。

 その結果として彼女学者得たものは――


「成程。私が不要だと考えたモノが消えたと言った所かな?」


 そう何が作用してなのか迄には至らないものの、彼女がこの世界へと渡る際に必要で在ると脳内の片隅にでも有った物は消えずに残り、不要だと少しでも考えたもしくはは記憶の片隅にすら存在しなかった物は渡る際に消滅した…それが彼女の出した答えである。


(私の知る限りの知識を術式へと転化した結果偶然にも幸へと転じた訳だ)

「兎も角、やるべき事を始めるとしようかな」


 可能性は兼ねてより考えていた事の一つを実行する為に、今居る部屋にある殆どの遺物を地下へと運び始める。


「っ、矢張り防具系統は重たくて困るっ。この際だ、魔法で運んでしまうか」


 彼女が魔法使いを使用してまで遺物を地下へと運ぶ理由はとある一つの棺、その中に眠っている焼けた肌をした白髪のガタイの良い男を蘇らせる為である。

 彼に名前は無い…と言うよりも分からない言った方が正しく、彼が発見されたのは古代エジプト時代に建造されたピラミッドの中であった。

 ピラミッドに眠る遺体はその全てがミイラ状態であるにも関わらず、この遺体だけは一切変化が無く本来の姿の状態のまま。

 更には本来棺へと入れられる際に行われるミイラ作りの過程を行った痕跡すら無かった。


 エリファスは当初、この遺体は何らかの悪戯で運ばれた遺体であると考えていたが、身体に出来ていた傷と現代の人間では有り得ないような筋肉の付き方をしていた事からそれは有り得ないと考えた。

 そんな彼の肉体に興味のそそられた彼女は、彼を棺ごと引っ張りトラックを使い家の地下まで運び何時の日か蘇らせる為に保存していたのだ。


「さて。始めるとしようかな」


 そう言うと彼女はこの世界へと渡る時同様術式を記し始める――かと思われたが、その様な素振りは無く、彼女が軽く手を動かせば地下に有る遺物が浮かび上がり色鮮やか無い粒子へと変わり始める。


「私は魔法使い・・・・であって魔術師・・・では無いのでね。ささっと終わらせてしまおうか」 


 何やら含みのある言い方をする彼女だが、その言葉通り彼女が成ったのは魔法使いであって魔術師では無い。

 魔術師とは魔術を使用する――即ち“魔術陣”やそれに連なる術式を用いた“文字列”を使用し自然的現象又は非自然的現象を引き起こす者たちの事であり、引き起こせる事象・現象には限度が存在している。

 対して魔法使いとは、上記に記された条件とは違い想像で自然的現象又は非自然的現象を際限なく引き起こす事ができ、その他にも魔術・死霊術・錬金術etc…凡ゆる神秘を発現する事が出来る。

 そして当然の事ではあるが、彼女はこの世界へと渡る際に術式による魔術と想像によって発現する魔法を用いてこの世界へとやって来た。


 即ち彼女紛うことなき――魔法使いである。


「さて。成功率失敗率共に五分と言ったところだろうねぇ。ま、失敗したら死霊として蘇らせてるから安心してくれたまえ」


 とは言え彼女は万能の神ではない。彼女は単なる一神秘学者一魔法使いに過ぎない。だからこそ失敗も当然するので今回彼を生き返らせる事が成功するとは言いきれない。


(…これは些か骨が折れそうだ)


 額に汗を浮かばせながらも粒子と化した遺物を操り、ソレを男の身体の隅々迄に染み込ませて行く。

 その行為を続けていれば男の身体に数箇所タトゥーの様な者が浮かび上がり始める。コレこそが彼女の目的である死者の完全蘇生そして、遺物を人間へと埋め込み擬似的英雄の生成である。


 以前彼女が口にしていた様に、遺物には死者の遺した何らかの力と記憶が刻まれている。

 では果たしてソレらを人間へと埋め込んだならばどうなるのか、それが彼女の求める一つの答えであり、それと共に自身で英雄を生み出したと言う願望でもある。


「…ふぅ。一先ずはこんな所だろうね。後は電気ショックでも与えればめを覚ますかな?」


 バチバチと音が聞こえると思い彼女の両手を見てみれば、そこには一つづつのスタンガンが握られている。

 本来こう言った場合にはAEDもしくは彼女の場合魔法などを用いるのだろうが残念な事に彼女の家にAEDなどは無い。

 ならば魔法をとなるのだがどうやら彼女に魔法で彼に電気ショックを与えるつもりは無いようだ。


「念の為に威力はそれなりに上げて置いたのでね。問題は無いと信じよう」


 そして彼女の手に握られた改造スタンガンガバチバチと激しさをまして男の身体屁と強く押し当てられる。

 すると男は打ち上げられた魚の様にびくんッと跳ね上がりその鋭い眼光が一瞬にして開かれると、男はぬるりと起き上がる。

 その光景を見た彼女はまるで無邪気な子供の様に悦びの笑みを浮かべていた。


「やぁ。おはよう。気分はどうだい?最高だと嬉しいのだが?とは言っても何時ぶりかも分からない目覚めだ。声すら出すことが――」

「お前は、術師か?」

「っ、これは驚いた…」


 人間とは長い間眠りに着いていれば声帯機能が低下し直ぐに言葉を発する事は難しいのにも関わらず、何一つの問題も見せずに言葉を発した彼にエリファスは驚き顕にした。


「…お前ほどの術師は見た事が無い。何者だ?」

「此方も聞きたい事があるのだけれどまぁよしとしよう。聞いて驚くといい。私は稀代の神秘学者にして唯一現存する本物の魔法使い、エリファス・メーデイアだ」


 彼女は細く長い五本の指先を胸へと軽く当て心から自慢をするかの様に満面の笑みで自己紹介をした。


「魔法使いか…実物は初めて見るな」

「おや?キミは魔法使いを知っているのかい?」

「…誰よりか聞いた覚えがある。世界を滅ぼしうる怪物だとな」


 魔法使いを教えて来た者の名前と顔は思い出せない様だが、彼はその人物より術師ではなく魔法使いと言う存在を聞いたことがあるらしい。

 その人物が彼に語ったは、魔法使いとは気紛れであり悪魔より魔女より慈悲が無く己が好奇心の為に世界をも危機へと陥らせる傍若無人の怪物だと。


「成程、それは強ち間違いでは無いね。けれど私は世界が滅んでしまったらとても困るんだ。世界が滅べば神秘が根絶してしまう。それは些か許容出来ない」


 少しばかり真剣になったのか音の下がった彼女の言葉に一言一句として偽りの色は無い。

 世界が滅ぶという事は人類が滅ぶという事であり人類が滅ぶという事は歴史が滅ぶ事であり歴史が滅ぶという事は神秘への道も滅ぶと言う事である。

 それは神秘を何処迄も求め何処迄も愛する彼女にとって許し難い事であるのだ。


「…そうか」

「さて。それじゃあ聞くけれど、キミは何者で何故ピラミッドで眠っていたんだい?」


 最早自分の事に関する話はどうでもいいとばかりに早速本題を聞きに入る。

 すると彼は彼女の問いに名前は覚えていない、世界を周り戦に明け暮れて居たのは覚えている、ピラミッドに眠って居たのは知人が運んだからだと答えた。


「その知人というのはキミに魔法使いを教えた人間かい?」

「いや、別の者だ。俺に魔法使いを教えたのは術師では無かったが俺を運んだ者は術師だ。正確には俺から頼んだ。彼処であれば墓荒らしには会わないと思ったからな…だが宛が外れたな」

「いやはやそれは申し訳ない事をしたね」

「…先に言っておくが術師の顔も名も覚えていない」


 男はエリファスが術師の容姿や名前を聞いてきそうだと思ったようで、先にそれらを覚えていないという事を伝える。

 それを聞いた彼女は少し残念そうな様子を見せたが、直ぐ様術師の使用していた魔術に関して問い掛ける。


「…記憶が間違っていなければ泥の巨人を操っていた。他にも傷を癒していたな」

「…成程。キミの云う術師はシャーマンの様だね」


 エリファスは近くに置いてある椅子に腰を掛けると足を組み頬ずえをかく。


「神官か」

「おや、知っているのかい?」

「10前半の頃に知り合った。暫くして起きた戦で死んだがな。まさかアレも同種だとは思わなかった」

「それは何とも勿体ない事だ。争いで偉大なシャーマンが死んでしまうとは」


 彼の生きていた時代であれば戦などは日常茶飯事。その中で人が死ぬという事は当然であり、どれ程に偉大な英雄であろうともどれ程天才的頭脳を持っていようともどれ程魔術を使えようとも戦ではちっぽけな一生命いのちでしか無い。

 とは言え彼女にとって神秘関連の人間が戦で死ぬと言う事は余り良い感情を抱かない様で、少しばかり呆れた表情を浮かべていた。


「…所でキミは魔術を使えたりしないのかい?それ程魔術師やシャーマンに会って居るのなら一つ二つ使えるのでは無いのかね?」


 兎も角と言った流れで彼女は彼に対して魔術が使えないのかと聞くが、どうも彼は知人の術師から才能基適性が無いと言われたらしい。

 現に彼は魔術を使えずその他神秘的力を発現する事は出来なかったと言う。


「ふむ、ならば仕方が無いね。さて、一先ず話はこの程度でいいだろう」


 彼女は椅子からふわりと立ち上がるとくるりと周り軽やかな足取りで近くに掛けてある服を手に取る。

 彼女が手に取った黒いシャツと黒いズボンのサイズは丁度男に合うサイズ。彼女はソレを彼に向かって投げ渡す。


「いつまでも裸と言う訳には行かないだろう。それを着たら上に来てくれたまえ」


 今更ではあるが男は全裸である。

 故に漢の象徴が大っぴらげになっている。


「…気の利かん術師だ」


 そう呟くと彼は黙々と服を着始めた。



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