第二の人生は神秘と云う魔法と共に
時川 夏目
Prologue.唯一の魔法使い
「アハハハハッ!」
星海広がる雲ひとつない晴れ渡った夜空に、甲高い女の笑い声が聞こえる。
その下に広がる星にも劣らない大都市。その一郭に、小さな林程度の木々が生えた敷地があった。そこにはひとつの古びた屋敷が暖かな火の明かりを灯していた。家の中は散乱や山積みなった本と、カルト的要素や空想上に登場する様な道具が酷く散らかっていた。
「矢張り私は間違ってなどいなかったッ!確かに実在したのだ!間違いではない!勘違いでも妄想でもホラでも無い!何が科学で証明出来ないだ!何が非現実的だ!?馬鹿どもめ!阿呆どもめ!私は見つけたぞ!神秘は実在したんだ!魔法も魔術も錬金術も!神話も実在したんだッ…」
声がガラガラに枯れてしまう程に、僅かな吐血を見せる迄に叫ぶ彼女の掌の上には、空想上でしか有り得ない球体型の魔法陣が幾重にも重なり存在していた。
金色に輝き、時折青色に、紫色に変わり桃色に変わり緑色に変わり――何度も色を変えながら、それぞれが緩やかに回転している。
彼女は求めていた。周囲から実在する訳が無いと馬鹿にされ、虐げられ狂人だと忌避的な視線を向けられながらも、それでも求め続けて来た神秘が今彼女の手に、確かに実在している。
だが些か世界というものは、残酷な摂理で成されている。
「嗚呼、神様…キミは少しばかり、欲張りが過ぎる…」
――ガタンッ
遠に彼女の身体は限界を超えていた。
最早身体に力が入らなくなり、散らかった床に倒れ込んでしまった。顔には苦痛からか、柔らかな笑顔を浮かべながらも汗が滲み出ている。
「はぁはぁっあとっ…少しの時間があればっ…」
どれだけ心から願いを叫んだとしても、時間という事象に自らが、願いが干渉するなどといった事は出来ない。
けれど、そうだとしてもあと少し、せめてあと少しの時間があればきっと、彼女は自らの病を治し何時しか時間にすら干渉する手段を得られたのかもしれない。
――そう、別の世界線であったならば…
「…神様…キミは、知っているかい…?」
乱雑に散らかった床に倒れ込んだ彼女は、ガチャガチャガサガサと音を立てながら遺物や資料を掻き分け、机を支えにふらつきながらも立ち上がる。
「過去に存在した、英雄…偉人や王族…加えて兇徒…」
譫言の様にぶつぶつと絶え絶えになりながらも言葉を続ける。
彼女は今にも倒れ込みそうになる中足を前に出すと、過去実在した英雄・偉人・王族・兇徒の使用または所持していたとされる品々が並ぶ硝子張りの棚に倒れながら支えにする。
「はぁはぁ面白い事にっ…彼ら彼女らは必ずと言って、良い程っ…」
彼女はその棚を開くと、幾つもソレを手に取り机へと戻る。
「死後、所持していた物に…対して、はぁはぁ何らかの力を遺す…まぁこれも、私の考えに過ぎないがね…」
机に置かれたのはどれも一級品、彼女の生きる世界線で無ければ厳重な設備の元保管される様な物や国宝級の代物ばかり。
魔術師マーリンが所持していたと考えられる背丈程ある樹の杖。
聖女ジャンヌ・ダルクが使用していたとされる短剣。
錬金術師ヨハン・ゲオルク・ファウストの書き記した赤黒い諸本。
古代エジプト第18王朝信仰復興王ことツタンカーメンのマスク。
その他多くの遺品・遺物が机の上に置かれて行く。これら全てひとつ残らず、幼少より人生の全てを注いでたった一人収集してきた彼女の人生そのもの。
当然彼女は周囲や一部の学者に墓荒らしや死者を弄ぶ魔女と非難を受け続けていた。それでもその歩を止めなかったのは単純に、彼女が非現実的な魔法や魔術をその目に写し操りたいという夢の元だ。
その結果として今彼女は死の間際であるものの夢を叶えることが出来た――だが彼女はまだ諦めていない。
「…賭けだ…今思いついただけの賭け…けれど人類の進化は失敗と成功…そして賭けの基で成されて来たっ…ならっ!」
マルセル・プルーストの
「この世界で駄目なら別の世界線へと行けばいいだけだ!成功率?!そんなもの0.00001%も必要ないッ!人類が今日この時これ程までに発展する可能性はより低かったッ!人類が生まれる可能性は更に低いッ!そして私が明日生きている可能性もッ!数十億年後に人類が生きている可能性もより更に更に更に低いッ!故にッ!この賭けは間違いなくッ!成功するッ!」
笑えて来る様な、何処までも馬鹿なことを言っていると感じる彼女の叫び。
願いとは奇しくも叶わぬものだが、夢とは歩んだ道程で掴み取る事が出来る。その一人が、今日この時より彼女となる。
「私は神では無いッ!偉大な英雄では無いッ!時代を変える創作者でも無ければ世界を震撼させる様な兇徒ですら無いッ!私は単なる一神秘学者に過ぎない!それでも私は!私の生きるべき世界をこの手で掴みとる!」
目の前に一心不乱に文字を書き続ける彼女は気付いていない。
外に、家とその小さな林を覆う様にしてとめどなく展開されて行く無数の文字列で形成された魔法陣。
傍から見た光景は正にこの世界で誰一人として信じる事も無ければその様な事象は有り得ないと迫害し続けて来た神秘そのもの。
既にその奇っ怪でありながら美しい光景をカメラに収めようと報道ヘリや野次馬が周囲に集まり始めている。
激しいヘリの音と野次馬から出る騒音――彼女は依然としてソレらに気付く様子は無い。
「さあ!第二の…新たな
瞬間、宙に数多展開されていた魔法陣が目を眩ませる程の光を放つ。報道陣、野次馬共に余りに強烈な閃光に目を背ける。
次に目を開けソコにむけた時、先程まで確かに存在していた魔法陣そして、家が消失していた。
西暦2198年初頭。
誰一人として神話も伝説も神秘も信じなくなった時代、たった一人の神秘学者であり魔女と呼ばれた彼女――エリファス・メーデイアは愚者から一転、その名を歴史に刻む事となる。
――実在した唯一の魔法使い、と。
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