ダンボールおじさん

鈴寺杏

第一話 空き地

 俺は今、文房具屋の隣の空き地でダンボールに入っている。

 何をしているかと言うと、拾ってくれるのを待っている。

 古い漫画に出て来る犬や猫のまねをしているのだが、今のところ成果はない。

 未だに拾われないのは何が悪いのだろうか。

 顔だろうか。それとも年齢。

 いや、まさか異臭がするとか⁉

 確認のために胸元を摘まみ、鼻に近づけて嗅いでみたが臭くはない。



 この空き地は良い。

 程々に人通りが少ない高級住宅街、近所の人達はおかしな者を見る様にしながら目の前を通り過ぎて行くが、嫌がらせはされない。さすがお金持ちの集まる地域。余裕を感じる。


 都会はダメだ。都会すぎるとダメだ。

 写真を撮られるし、変な奴らに絡まれもする。そして、すぐに通報されて警察が来てしまう。悪いことをしていないのに退去しないと捕まってしまう。俺は、拾ってほしいのであって捕まりたいわけではない。


 田舎もダメだ。田舎すぎてもダメだ。

 だれも来ない。寂しい。拾われない。



「兄ちゃん、今日もダメそうだね」


 文房具屋のオヤジさん。

 現在、俺はこの人の犬と言っても過言ではない。

 食事の時間になると、食べ物をくれるニセの主人だ。

 今日は、手作りおにぎりとみそ汁。ちゃんとおにぎりに具として鮭フレークが入っている。非常に贅沢。海苔まで巻いてある。


 この優しいオヤジさんが拾ってくれれば良いのだが、奥さんに怒られるので無理らしい。悲しい。

 別に奥さんも悪い人ではない。このおにぎりだって奥さんの手作りだ。気にかけてくれてはいる。でも、ダメらしい。


「オヤジさん。これからですよ。何てったってもうすぐ小学生が下校して来ますから。チャンスは無限大です!」


 もぐもぐと頂いたおにぎりを咀嚼しながら、右手の親指を立ててやる気をアピールする。


「まあ、今日もがんばんなよ。いつも通り入れ物は、あとで回収に来るから」

「すみません。ありがとうございます」


 今日のみそ汁の具は、ワカメと豆腐に油揚げに大根などの野菜。ネギが無いのが少々残念だが、買い忘れたとさっき聞こえていたので仕方がない。



 小学生が帰っていく姿を見つめている。

 一時期この道を通る子供が減っていたが、最近はまた増えてきている。

 漸く俺が無害であることに気付いたようだ。

 この地域の子供たちは賢い。


「やあ、おかえり」

「おじさんまだ拾われないの? かわいそう」

「そうなんだよ。君んちダメなんだっけ?」

「うん。パパねダンジョン関連の仕事で忙しくてあまり家にいないから、おじさんはダメなんだって」

「そっか。おじさん犬にジョブチェンジしても無理そうかい?」

「うん。ママもパパも猫派だし無理だよ」

「世の中厳しいね」


 近所のこまちゃん。

 本名は小町。

 給食で出たパンの残りを分けてくれた時からの付き合い。

 ちなみにおかずはくれない。あと、コッペパンが甘い日もくれない。おいしかった話だけがお土産だ。


「じゃ、ピアノの先生来るから帰るね。ばいばーい」

「はい。バイバーイ」


 いつも通りの会話をして、彼女の帰宅姿を眺める。

 すぐそこの道を曲がると、彼女の家。この辺りにも随分詳しくなってきた。


 次回は猫にジョブチェンジすることにしよう。

 するときっと彼女はこう言う「ママもパパもやっぱり犬がいいかもって言ってた」と。彼女は、賢い。


 今日は、お土産がないので米飯の日だったのかな。



 下級生の子達が下校を終えた時間。

 次のターゲットは、高学年。

 高学年になると少し難しい。女の子たちが塩対応になってくる。

 そういった趣味があるわけではないが、適切な距離感は悪くはない。

 逆に男子たちは、積極的に話しかけてくる。少し面倒。


「賢治! おっさん今日もいるぜ!」

「おじ様、今日もお暇なのですか?」


 最近よく来る謎コンビ。

 悪ガキの大樹ひろきと、良家のお坊ちゃん賢治くん。


「やあ、賢治くんごきげんよう。今日は下校する小学生を見守るボランティアをしているので、暇そうだが暇ではないね。そして、明日は仕事の予定が入っているので『も』の命も今日までだ」

「おっさんが仕事⁉ うっそでぇー!」

「それがマジなんだなぁ。ダンボール被ってダンジョンを歩く仕事」

「そんな仕事聞いたことねぇよ! どこでやんの? 言ってみろよ」

「大樹。大人の仕事には、守秘義務ってのがあるんだ。だから言えない。意味が分からなければ、両親か賢治くんに聞くと良い」

「賢治マジ?」

「はい。守秘義務は存在しますよ。ダンジョン関連の仕事なら、おそらく本当のことでしょう」


 大樹はいつも、賢治くんの言葉は素直に受け入れる。「へぇー」の声が俺に対するものと違うのでわかりやすい。


「そういえば大樹。文房具屋の奥さんが、今日ネギを買い忘れたらしいぞ」

「マジ⁉ おっさんサンキューな! ちょっと行ってくる! 賢治ちょっと待ってて!」


 そう言うと、賢治くんを置いて文房具屋に入っていった。


 大樹の親は、近所でスーパーマーケットの店長をやっている。そのため、近所で情報を仕入れて店や地域の人の役に立つとポイントが貯まりお小遣いが増えるらしい。以前、大樹本人が言っていたので事実だろう。

 

 俺は情報屋でもある。

 今回の報酬は、明後日のみそ汁の具であるネギだろう。

 我ながら良い仕事をした。

 

「おじ様。以前から気になっていたのですが、なぜこのような場所で犬や猫のまねごとをされているのですか?」

「なるほど。話したことが無かったね。実は、父親と妹に家から追い出されてしまってね。所謂『追放』と言うやつだよ。流行りってのは怖いね」

「おじ様のは、流行りの『追放』とは違うと思いますよ」

「うん。知ってる」


 若干、困った大人を見るような表情をしながら賢治くんは「でしょうね」と呟いた。


 大樹が小走りで戻って来たが、今日の俺への興味は薄れてしまったようで、そのまま二人は帰って行った。

 おそらく大樹は親に伝えてから配達をして、更にポイントを加算するつもりだろう。いつもより足取りが軽かった。若いって素晴らしい。


 そういえば、大樹のお小遣いはスーパーのポイントだったりするのだろうか。その場合、俺だったら悲しい。

 いやまて、好きなお菓子を買えるのは悪くはないか。ふむ。



 この後は、中高生の時間となる。

 この道を通り過ぎる彼らは少し怖いので、ダンボールの蓋を閉めてしばらく休憩とする。


 次に蓋を開くのは、社会人の帰宅する時間。

 男女どちらもターゲットではあるが、出来れば女性が良い。

 ただ玄関のブーツが臭い女性はダメだ。それだけはダメだ。

 そんな俺は謙虚なダンボールおじさんだ。

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