ペンギンとマシンガンと女の子(名前はけい)

 哀れな姿で見つかったのは、一羽のペンギンだった。マシンガンは話の途中だったので、続けた。

「、、、わかったか兎瓦けい以上が、ETIATIAGXNOLOGYと呼ばれるお前たちの言葉で、言う学問だ」

「なあ、ネギ。ネギ食べたいわたし、、」

「たわけがっん?」

 見れば、マシンガンの小柄な、身体に備え付けられた、これまた小型の背びれをつつくものがいた。一羽のペンギンだった。

「なんだ、貴様は」

 だが、マシンガンはそれほど、苛立っている風でもなかった。どうやら、ペンギンを捕食しているわけでは、ないらしい。けいはほっとした。

「ペンギンだっ。すげえそんなに寒くもねえのになっ」


「あ!赤道線にも住んでるんだ、確か!知ってっか?マシンガン~」

「やけに機嫌がいいな、けい。弁慶でも打ったか」

「絶対にそれその対応はおかしい」


 ペンギン と マシンガン と 女の子


 どん。おかしな格好をした人魚は、高い岩の上から、マシンガンと女の子(名前はけい)を観察していた。単純に疑っていたのである。マウヅ、と言ったが、本当にその彼だという証拠はないし、女の子の方もどうやら、人違いのようであった。疑っていた。ひなた、と書かれた大層な酒の瓶を、ぐいっと喉に、アルコールらしきものを、飲み干し、一言発した。

「相変わらずまじー」

 辺り一帯の説明を加えておこう。 ここは、マシンガンによると、G&Aと呼ばれる場所である。まばらに散らばるミニサイズ森林が、点々と存在し明らかに日本ではないだろうな、という印象を抱かせる。風は強くなく、波も静かだ。けいは、ほんとうになぜ、この初めて来たはずの場所がこうも、自分にしっくりくるのか、不思議でならない。ちょん、と寄せてくる、何十億回目かにやってきた同じ波に、けいは「新しい」少なくともここにとっては部外者である自分の、肌を、控えめに足の指先から、投じた。

「つめった!」

「馬鹿めっやめろ!!!!!!!!!!!!!!!」

 マシンガンは叫んだ。

「え?」

 一瞬のことだった。おろらく一つ間違えば、女の子はここで命を落とすところだった。マシンガンは、特に何をしたわけでもなかった。だが、とりあえず兎瓦けいの目の前には、実に、一瞬にして数えると、きりのない数の、ワカメとそれを取り押さえる、三匹のサメが出現したのである。その全ては、次の瞬間には、波が去るように消えていた。ぽた。自分の髪が、その先が、切られ、わずか10cm砂に落ちた。

「、、、」

「言ってなかったが、けい(ごほん)」

 申し訳なさそうに、マシンガンが顔面蒼白のけいに話しかけた。

「海には入るでないぞ?」

 この場所は、日本ではなかった。

 -

「弁天、と言うんだ」

 マシンガンが話すが、けいはさっきから一言も答えない。

「、、、」

「さっきのあの、なんだ、お前たちの言葉で海草、、、か?」

 あのマシンガンが気を使っている。

「、、、」

 マシンガンは、丸太を飛び越えけいに近付いた。

「うん?何か言ったか?今」

 けいは、答えた。

「帰りたい!っつったんだよ!ばか!」

 けいは、顔面蒼白のままだった。マシンガンは困った。

「、、、あの、サメの方は?一瞬しか見えなかったけど、、、」

 マシンガンは、答えた。

「わたしの、何と言うのだ、!おお、あれだ部下だ要するにそんなところだな!はははさっき、もし助けが必要な時は、 S-2eaSuntwiceと言えと言ったろう?あの三匹が出てくる!お前の心強い味方だ、けい」

 けいは、笑った。だが、力のない笑いだった。

「次は、わたしが食われそうだっぺよ」

 -

 周りの者すべてが、糞に見える。少年は、そう呟いた。そんなつもりは毛頭なかった。一時間前に話を戻そう。

 彼は、野球部だった。だが、もうやめた。おもしろくないからだった。おもしろくないのには、理由が、あった。おもしろくない理由だった。

「だってお前上手くねえもん。いらねえ。もう来なくていいよ」

 チームメイトにそう言われたのだ。少年は滅入った。確かに、少年は野球は初めてだった。だが、意欲はあったつもりだったのだ。買ってもらえなかった。少年は今、一人で川辺にいた。

「なんなんだよ、くそ。これから上手くなんだよ」

 川には、流れてくるものがあった。巨大な桃だった。なんてことだろう。クラシックにも程があった。少年は、かえって驚いた。

「変化球なしかよ!普通に桃!」

 野球部だっただけに。

 桃は、少年の前であしに引っ掛かり、止まった。が、流れによって再び下流へと、連れ去られ始めてしまう。少年は声を出す。

「待て、桃太郎!」

 それはまだ、言ってはいけなかった。

 さすがに桃太郎では、なかった。拾って開けてみると、中には(そう、開けられてしまったのだが)桃太郎ではなく、別の生き物が入っていたのだ。

 少年は今年で、高校二年生になる。いつの間にやら、歳を重ね、いつのまにやら、目立った苦労も恋愛などもせず生きてきた、と思っている。その彼に、桃が流れてきたのだ。少年は思った。冴えなかったおれの人生が一変する? 実際、変化はもたらした。今、少年は川辺から引き上げ、ただ何を考えるわけでもなく、帰路についていた。何も覚えてなかった。なんと、桃のことをこの時点で忘れていた。中身のことも、よって、覚えているはずはない。

「はいはーい、安いよ安いよ!」

 商店街は、月曜からバーゲンである。とにかく絵に描いたようなにぎやかさだ。仏頂面で、その中を歩く少年がいた。ただいま、朝の7時半である。少年は登校中だった。なんてことはない。いつもの日常だ。

「召しませ召しませ」

 声がした。少年は振り返った。誰もいない、ということはない。人行き交う街の中で、この中の誰かの声が、やけに響いたのだろうか。

「召しませ召しませ。はいはいはい咲かしましょう桂の花!」

 おかしい。辺りを見回す少年は発信源をさがした。携帯屋の売り子さん?ヘルメットをかぶったあの、おっさん?あの奥のパン屋の店員さん?いや、どれでもない。少年は、耳の病気というわけでもなかった。明らかに普通の聞こえ方ではない。形容しようのない妙な方向感覚。あえて言うなら、頭上_______。

 少年は思い出し、しかしその前に声を上げた「わあっ!」昨日、川辺で発見した中身を今更思いだした。目の前に居たからだった。

「ぎゃああああああ!」

 叫んだ少年は、走ってそこを辺りの視線を受けながら、抜け出した。少年は、また忘れた。何も覚えてない。

「あれ?」

 今、自分は商店街で何を見、ここまでかけてきたのだろう全く思いだせない。認知症、その言葉がよぎる前に、再び声がした。

「召しませ召しませ」

「誰だ!」

 少年は、指を指した。目の前に現れたのは、不思議な生き物だった。ネッシーのイメージに近い。今、思い出した。こいつだ、おれが桃の中で見たのは、、、。だが、思い出せないそのあとおれはどんな行動を取った。次の瞬間、少年は学校に着いていた。

「、、、いくらなんでもおかしい。」

 どん、と後ろから来る他の生徒たちに、舌打ち付きで、ぶつかられながら、少年は思考を止めなかった。

「なんだあの動物、、、」

 明らかに、自分の記憶が操作されている。気味が悪いにも程があった。若干の、吐き気がした。うつろな目で、校庭に咲く桜を見た。板には、「さとざくら」と書いてあった。ああ、この木のことは覚えている、と思った。それにしても、少年はまた思考を開始した。今は、下駄箱付近である。ぶつぶつ、と独りごちた。おそらく、おかしい、おかしい、と早口で言ったに違いない。声をかけるクラスメイトの声も、全く耳に入っていない様子だった。

「坂口くんってねえ!」

「は!」

 少年は驚かされた。相手は、驚かすつもりはなかった。

「無視してんなよ、もう!」 「わるい」 

 吐き気は治まらない。

 声がした。今度は今までで一番近かった。

「召しませ」

 ざん。少年の、頭部が断たれた。少年は絶命した。

 気がした。

「わああああああああああっ!」

 保健室だった。

「なんっなんだよ、これもう!」

 飛び起きた生徒に、保健室の先生は声をかけた。

「大丈夫?」

 悪くもない先生を睨みつけた。「あの!おれべつにどこも悪くないんで行っていいですか?すいませんでした失礼しますっ」 少年は身体を起こした。すると、「いや、大丈夫って聞いたのは、あなたの体のことじゃなくて」「??」自分の腰付近に何かを発見した。

「ええええ?」

 それは魚のようであった。魚のような生き物が、自分の腰に付着していた。わけがわからない。

「??ええっちょっとこれ先生!取ってください!なんなんですかこれ!」

 暴れ出す少年。すると、目の前にいたはずの先生の姿は消えていた。代わりに、先ほど見たネッシーが登場していたのだ。「こんにちは!」

 ネッシーは、あいさつをした。少年は、保健室のベッドで、魚のような生き物に、腰にて付着されながら、なおかつ、目の前のイスに腰掛けたネッシーにあいさつをされた。言葉を失った。しかし、彼の手は力を失いながらもまだ、魚のような生き物を引きはがそうとしていた。

 ネッシーはしゃべった。

「しほ、と言います。よろしくね?」

 窓の外で、物が落ちる音がした。どっっ 見るでもなく、少年はイってしまった目をしながら、窓の外を、見た。 

 カメだった。 大きなカメだった。

「いやね?本当はこっちも、百通りくらい、私たちの登場の仕方っていうかパターンはあったんだけどね? 結局、無難なところに落ち着いちゃった。恥ずかしかったから、こっちで、あなたには直後にそのことは、忘れてもらっちゃったけどっ」

 少年の耳には入っていなかった。カメは本当に大きかった。今はどのクラスも、室内で授業中。校庭には誰もいなかった。

「あなた坂口浄介君が、求喰川(あさりがわ)構築のための、最後の一ピースよ!」

 少年は、やはり、聞いていなかった。

 ゴミ捨て場が、アフリカ産肥料がばらまかれていた、場所である。キリン発生5分前。

 声がする。

「絶対おかしいと思うんだけど!ねえ、ちょっとレノン!」

 どういうわけか、二人のおそらく、この学校の生徒ではない私服の若者二人が、言い争っていた。周りに人はいないようである。もう一人が、反発する。

 「こんくらいインパクトあった方が、いいんだよバカ!」

 そしてこの二人が、のちに、起こる大混乱の元凶である。

 -

 ペンギンは、ケガをしていた。けいは、マシンガンにほんの一瞬だけ、目で確認し、こう呟いた。

「恩返しの時間だべ、マシンガン」

「その通りだ。兎瓦けい」

 辺りを見回すと、ここは見渡しのいい緑まばらな高山植物の茂りに茂った、おかしな角の山羊でもいそうな、丘の上という形容が正しいだろうが、ずばりそうではない。マシンガンと兎瓦けいは、自分たちについてくる、健気なペンギンの存在に、今、たった今気付いたのである。

「ごめん、気付かなかったよ!こんな高いところまで、歩かせて悪かったな、アルマジロウ」

「今、何と言った?名付けたのか、今? 瞬時にして!お前、天才か!」

「あはは!おい、アルマジロウっ今すぐ、お前のケガ治してやっかんな~?」

 しかし誰も、名前の由来が不鮮明であることは、聞かなかった。 そのペンギンは、アルマジロではなかった。

「出でよ、ギター」

 ギターは出てきはしなかった。「肝心なこと忘れてたべ、これ」

 けいは、マシンガンに顔を向けた。もうさっき死にかけたことは、忘れてるとしか思えないあっけらかんとした顔つきだった。

「ギター、どこいったんだべ」

 -

 坂口浄介は、今、見知らぬ人間に会わされていた。

「逢(あい)」

  坂口は、言葉が発せられた方へと、顔を向けた。

「神」

 別の声へと、耳を傾けた。

「坂口くん。頼みがあるのよ」

  花瓶が、その奥で微笑む5人の人物と、浄介との間にあった。

 背後には、ネッシーと魚とカメである。 話を戻そう。

 「わああ!」

 上がり込んできたカメを、両腕で制止する浄介。ここは保健室である。

「わあ!うわあ!」

 パニック状態に陥ってしまった少年は、無理やり窓から上がり込もうと、身体を上下左右に、ただぐいぐいとのた打たせるカメに、決死の抵抗をする。腰には、魚のようなものがくっついて、いる。ネッシーが、デスクのお茶をヒレですすっていた。頭部にある呼吸孔から、ふう、と煙を出した。異常事態発生とは、このことであった。

 さらに、近づく声があった。どんどん、と保健室のドアが、廊下から、中に入れるようノックが響いていた。

 「た!助けて下さい誰かあ!か、、、!カメが校舎の中に入ろうと」

 浄介は叫んだ。たまらない気持ちだった。

 ばっこ!ドアは、蹴破られた。蹴破られたのではなかった。ばちばち、と電気が辺りの、いろいろを拒むように、ほとばしっていた。

「あのさ、別に壊さなくても良かったと思うんだけども」

「ああ!?時間がねえんだよ!早くしねえと、ゴミ捨て場の、キリンが見つかっちまうだろうが!」

「まあ、そうね。とりあえずは、あの、ギターを奪うのが先決だものね」

 入ってきたのは、生徒ではなかった。

「、、、は?」

 坂口浄介は、ずるずると窓縁にもたれかかる恰好になった。

「いやもう間に合わねえよ、あれをこっち側にすんのは、、、ん?いや、待てよ」

 説明して欲しい気分だった。坂口は、今自分は何星にいるのだろう。

「地球だよ」

 坂口は、肩を震わせた。偶然だろうか、心を読まれた気がした。

「、、、。ああ、読んだぜ?」

 現れたのは、二人の少年少女。歳は、おそらく自分と同じくらいであろう。マシンガンのように、二人でトークを繰り広げている。坂口は、彼らの恰好に目を、見張った。_男の方は、こともあろうか着ぐるみだった。ガチャピンのような腹に、背中にはつけ羽、おそらくは鳥類のものに近い形だ。もう一人の女の子の方は、男に比べれば控えめな、衣服だがやはり、異質さは、間違いがなかった。非常に、長めのローブのようなものに身を包み、頭上、頭のてっぺんからは、二本の太いピアノ線のようなものが、伸び床まで、30センチ手前のところで糸の先は、安っぽいアクセサリーのように、まが玉が両方に付着していた。

 何の冗談だろう、と思うような恰好である。坂口浄介は、カメを瞬間忘れた。あれから、一人また一人と、意味の解らない人物に連続で会わされ、坂口浄介は、わけがわからなかった。自分が求めていた非日常は、こういうものではない。

 ここは、ミュージシャン達が、バンド等で練習用に使うレンタルスタジオである。アンプなどが置かれている他、ステージから距離を取って休憩用のテーブルが置かれており、その上には花瓶が。坂口浄介と他、見知らぬ5人は、これを囲む形で着席しているのだった。付け加えると、言葉を話すネッシーと、魚に似た爬虫類、最後に巨大ガメが、室内には共に時間を過ごしていた。

「いろいろと混乱しているかもしれないけど、私達を助けて欲しいの、坂口浄介くん」

「、、、はあ」

 しかしだ。この、自分と同じ制服を着た女の子には、見覚えがあった。確か、親友の彼女である。なんでこの変なメンバーの中にいる、そして溶け込んでいるのか全く掴めなかったが、確か名は、うさぎ、、、。 何といったろう。その制服の女の子は、自身を名乗った。

「わたしの名前は、兎瓦けい」

 

  レノン。かや。ツチノト。はんだあさり。桂。 坂口浄介。 は、一緒に居た。 とりあえず、坂口浄介が、親友の彼女だ、とピンときている、その目の前の女の子は、ただただ自分には、理解不能の内容を喋り続けている。もうたくさんな気分だった。あいつ、彼の親友、奈良さとしは、こんないかがわしい彼女といて何が楽しいんだろう、と、けいらしき、女性と目を合わせながら思って、演技で真面目な顔を続けた。

「何か質問は?」

 質問だらけだった。だが、要求は一つだった。ウチへ帰して欲しい。

「えっと、、、。あのさ、確かその、奈良の彼女だよね?あなた」

「うん。質問は?」

 ぎくりとしてしまった。余りにも、流された。坂口浄介の質問は、余りにも流されてしまった。どうしよう、と浄介は思った。それにしても、後ろのネッシーしゃべったなあ、と思っていた。

 -

「おーい!ギター!どこいったー?」

 ペンギンを連れて、2頭は歩く。幾分、寒さが増してきた森の中を。

「っていうかでも、見つかるわけねえべや。一緒に来てるんかい? あの木材」

 マシンガンは、ここに来る前、兎瓦邸にて、あのけいの体を乗っ取った、不気味な月、自身が

 そう呼んだあの女が、ギターを叩き割ったことを、今思い出した。

「あ!」

 間の抜けた声を出した。けいは、振り返った。

「どうした?」

「、、、いや、すまん、間の抜けた声を上げてしまった」

「いや、いつもとそんな変わんねえよ。いて」

 手裏剣のように、枝が飛んできた。

「すまんが、けい。ギターはもう」

 ずどん。

 2頭は唖然とした。いきなり、目の前の木が、大木である、真っ二つに裂けた。と思ったら、元に戻った。何事もなかったかのように、大木は何かのショーの最中でもあるかのように、元に戻ってしまった。直立するその木に、2頭は顔を見合せた。ペンギンは、早く行こう、と興味なさげに、けいのけつにぶつかった。

「な?」

「ちょっと待てよ、そこの2人」

 顔を上げると、その大木の上先っぽに、何か、居る。

「なにかいる」

 けいは、呟いた。

「さっきは冷たくあしらって悪かった。思い出したよ、マウヅ」

  さきほどの、おかしな人魚だった。さびしかったのだろうか。

「さびしかったんけ、あいつ」

 もう、けいは怯えてはなかった。マシンガンはこう、反応した。

「光栄だ。月」

「その、呼び方やめてくんねえか?」

 さっきも思ったが、このおかしな人魚はなぜ男口調でしゃべるのだろう。見た目は、普通に女子であった。

「なら、なんて呼ぶのだ。求喰柚宇(あさりゆう)」

「がはは。そう、そう呼べよ」

 けいは、ペンギンと手をつないだ。意味はなかった。もうわけのわからない展開になったら、無理矢理エンジョイしようと心に決めてあり、それを実行したに過ぎなかった。しかし、ペンギンはヒレの不自由を嘆いた。 そのペンギンは、腹に切り傷が、深くはなさそうだが、なかなかの長さの裂傷を見せており、なかなかに可哀相な風体だった。

「ははは。恩返しか?マウヅ。お前らのやりそうなこったな」

「月、頼みがあるのだがこの付近で、何と言ったかあの」

「月と呼ぶなと言ってんだろうが、シャチ!」

 人魚は手を振り上げると、時間を止めた。本当に、説明のつかない感覚だった。けいは、ただ静止を感じた。と思ったら、空に、漠然とだが、噛み殺される、と思った。

「きゃああああああああああああ」

 叫んだ。マシンガンは、目を光らせた。

「だまれ、けい。ピンチのときは、あれを言え」

 焦点の合わない目のまま、けいは唱えた。

「え、、す、2、、サン!サンっTWICE!!!」

「上出来だ」

 覆いかぶさる空の色に向かって、マシンガンは尾びれを振り上げた。小さく、頼りなさすぎるヒレである。が、何かが起こった。

「うお!」

 求喰柚宇は目を丸くさせた。

 地面から、ロケットのように噴射した三つの何かに、驚嘆の声を上げたのだ。サメだった。三匹の巨大な(おそらくは違う種類)サメが、木の上に飛び上がり、柚宇を襲ったのだ。

「はっはっは!」

 感心という表現が合う、柚宇の奇声のような笑い声。瞬間、マシンガンも笑った。けいは、「は?」と言った。瞬き一つで、サメ達は消え、マシンガンも、先ほど殺される、と錯覚するほどの恐怖を自分に与えた柚宇も互いで目を、合わせながら、笑い転げ始めた。ゆっくり、表情を戻すけい。手は、ペンギンの手をにぎり始めた。

 -

 高い空は、高くそびえるビルディング、我々の造った人工建築物を優しく、包み込むかのように見えた。こういった感覚は、大抵は、そう捕えた者の、現在の精神状態、それ以上を反映したものではない。そう見えるだけである。だが、もし、実際に空に意思があったとしたら、どうだろう。もっと、言おう。惑星に心があったとしたら?地中何万キロも奥深く、そびえたつ意思なんてものが存在する、と言ったら、「科学」はおれを大声で笑うだろうか。もっと、言おう。

 神、がもし、「居たら」?話を、ストーリーに戻す。

「たぶんこの感じだと、もう一回説明した方が良さそうね、、、」

「いや! けいちゃん! おれ、いいよ!成績も中の下くらいだし全然!けいちゃんのせいじゃないよ!っていうかおれ、もうかえ」

「特に解らなかったとこはどこ?」

 スタジオの中は暑い。こともあろうか、目の前の「兎瓦けい」は、凄まじい恰好だった。いや、服装は坂口浄介と同じ制服なのだが、着こなし、いや、着崩し、違うそういうレベルではないとんでもなかった。普通にパンツが見えている。人間や常識や道徳や客観性が全く欠けてしまっている人間なのである恥じらいが1ミクロもないので、微塵のエロスも感じないいや、それはないが坂口は動揺した。

 「(奈良の彼女こんなんだっけ? 確か、もっと栃木弁きついし、こんな大胆な感じじゃなかった気が)」

 兎瓦けいは、袖をまくり上げ、スカートを折り上げ、腰部分のゴムに入れている。左手はさっきから、鎖骨付近から、胸元へつっこんでセーラー服の生地を、ぱたぱたと繰り返すままである。「、、、」

 坂口浄介が、話に集中できないのは、一重に会話内容の居心地の悪さだけでは、なかったようである。けいは構わず続けた。

「この惑星は、3つのもので、できている。どこかの部分で、あなたたちの科学を否定してしまうかもしれないけど、そこは笑って流してくれても構わないわ。ふふ」

 -

「求喰柚宇(あさりゆう)。会わせてほしい奴がいる。」

「誰だ? どのビオラ?」

 うち溶け始めるマシンガンと人魚は、けいとペンギンをおいて地元トークのような雰囲気をかもしている。

「アルマジロウ、、、。どっか駆け落ちしに行くか。二人で」

 ペンギンはぱたぱたと、羽を動かすままである。けいは、太宰治の小説を思い出していた。いや、中身を読んだことはなかったが、彼の感じた苦しみとは、こういうものだったかな、といっちょ前の思考を、浮かばせた。マシンガンは、少し恥ずかしそうに声を発した。

「ゆしという名の、、、」

 柚宇は、表情を変えずに言った。

「マジ?」

 -

 スティーブはへらへらしていた。カレーであった。鍋。崖。男と女。空。昼(おそらく)。カメ。キッチン。コンロ。さら。カレーであった。

 スティーブはへらへらしたまま、仁美の後ろ姿を堪能していた。声を出さずに、エプロンええなあ、と言った。

「ちょっと、早く玉ねぎ切ってよ」

 スティーブはへらへらしていた。

 -

「あ!その前に一つだけいい?」

 坂口浄介は、初めて割り込んだ。

「後ろのネッシーしゃべったよね?これテレビ出したらいいんじゃない?」

 けいは、吹いた。

「ぎゃっはははははははははははははあははっはははははははははは」 

 何か可笑しいことを言ったろうか、自分は、と思った。坂口は腹を立てず、え?と息をこぼした。

「そうね。ツチノト~! 明日、この3頭連れてお台場行ってきてよ、きっと有名になれるぐふふ!」

 何がそんなにツボに入ったのか、坂口の疑いはその色を確かなものにした。

 こいつ、奈良の彼女じゃねえ。

「浄介君。えっとね。ちょっと見てて」

 けいは、いや、マシンガンが月と呼んだこの女は、どこから出したのだろうダーツを3本、ばば、と片目を閉じ構えた恰好のあと、打ち放った。

「は?」

 浄介の顔をかすり、後ろの3頭それぞれに突き刺されたダーツ。ばち、と音がした。ネッシーの表皮に刺さったダーツは、一瞬で黒焦げに、間もなく灰となった。

「?」

 他の2頭も同様である。ぱら、と思うままの時間を過ごす、ネッシーとカメと魚爬虫類は自分たちの、行動をやめることはなかった。気にもとめてない様子のその動物たちを見ていた目をぐるりと、けいに戻し、坂口浄介は言った。

「???」

 いや、何も言わなかった。瞳で状況説明を促そうとした。

「生き物じゃないよ?こいつらも」

 手を広げた。気付かなかったが、2本の触手のようなもの、いや花についているめしべやおしべに近いもの、そんな不可解な器官が、月の頭から伸びていた。 髪の中で隠れて見えなかったのだろうか。違った。

 今、出したのだ。

「わたしたちモ、、、」

 坂口浄介は、鳥肌を立てた。

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