ひなた

@Sakamata

鶴の恩返し

 反射的に、不気味なものを感じた彼女は、即座に部屋を出た。

 自分でも、その行動の早さと、やばい、という、状況判断には彼女自身があきれた。ふと、我に返った彼女は引き返す。どこから何が落ちてきたのか確認してからでも、逃げ出すのは遅くねえべや、なんもなかったら、ちなっちゃん連れてPARCO行くべやとか思った。この時、部屋を出ていなかったら、彼女の未来は180度べつのものになっていただろう。それがこの娘の人生に、いわゆる幸せをもたらしていたかは、別として。

 部屋を開けると、彼女は仰天した。しかし、その部屋の中には、自分を見る「眼」があったので、とっさの彼女の動物的反応で、その仰天を表には出さなかった。頭のなか、彼女は今までの自分の人生は普通だったんだなあ、と思うでもなく思っていた。

 ギターがあった。

「鶴の恩返しという話を知っているかね」

 低く響く声があった。さっき落ちてきたのは、ややぼろっぼろ気味のミニサイズのギターだったのだ。

 もうひとつは、彼女は声と、眼の発信源に、恐れとは違う、眼を向ける。

「わたしはあれは、非常に」

 そこからさらに、5秒ためた。

「非常にいい話だと思うのだよ」

 声の主は、シャチだった。ただ、彼女は話を聞いていた。

「わたしの名前は、マシンガン。この犬公に、人間の素晴らしき習性、恩返し、というものを実践させてやるために、」

 彼女は話を聞いていた。

 部屋の中央に居座る、長さ30cmのシャチ(らしきぬいぐるみらしきシャチ)に。

「やってきたのだよ、けい」

 彼女は話を聞いていた。間を置いて、お母さんが

「けい~、ちょっと夕飯の支度手伝ってちょうだ  

 言い終わる前に、彼女は返事をする。

「はーい」

 いつもと同じ間で、同じ音量で、何も悟られることはなかっただろう。

 彼女は話を聞いていた。そして、彼女のお母さんは、原因不明の割れ目が、テーブルに置いてある彼女の娘のメガネにはしっていることに気がついた。あれまあ、とこのあと起きる仰天とは比べ物にならない、軽い驚きに眼を丸くした。

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