ナタナエルは小者騎士

小路つかさ

第1話 プロローグ

 松明の赤い光を丸い腹の中で膨らませると、一粒の水滴は、次は自分の順番が来た事を知る。

 そして石床で待つ、同胞たちの集合体の元へと身を投じた。

 暗い地下空間に、水滴の儚い断末魔が響いても、主は首を垂れたまま動かない。

 赤黒い液体で湿った服は、肌に張り付き、この冷えた部屋では身体の熱を冷酷に奪い続けるだろう。

 主は、椅子に固定されていた。

 白く細い手足は、錆の浮いた金輪で、椅子に固定されていた。

 口に巻かれた布は、頬に食い込み、筋張った首筋にも、手足と同じように金輪がそれを固定する。

 そしてまた、椅子の方も、金属の杭でもって床に固定されていた。

 椅子の他には、小さな机と、大きな桶。

 それだけで、部屋は埋まってしまうほどに、狭かった。

 その代わりに、壁には収納のためのフックが、無数に設置されている。

 床にはとても置ききれない数々の道具を、いつでも手に取れる位置に、綺麗に並べられていた。

 ペンチのような物。

 金槌のような物。

 半円形の細長い金具。

 棘のついた鎖。

 まるで、古今東西から取り寄せた、拷問道具の見本市。


 カツン…。


 不意に響く、足音は、どこからのものか。

 主は、夢から覚める。

 そして、金具で皮膚が抉れてしまうのも構わずに、椅子を壊さんとばかりに暴れる。


 カツン…。


 足音は近づく。

 どれだけ力を振り絞っても、しかし、椅子はびくともしない。

 主は猿轡の下で叫んだ。


 カツン…。


 足音が、扉の前で止まった。

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