第31話 独自ルール
「分かったのか!?」
「はーい」
再度エンマに指示を出す学生会長だったが、気の抜けたエンマの返事が癇に障ったのだろう。
「はい! は短く! そのような態度だと、更に10キロ追加するぞ!」
しかし対するエンマは、それを気にも留めない態度だ。
「はいはい。10キロでも20キロでも100キロでも、好きに追加すれば良いじゃないですか」
と嘆息を漏らす。これには我慢ならなかったのだろう。腰の打刀に手を伸ばす学生会長を、寮長である菅原が嗜める。
「まあ待て、
仁々木と呼ばれた学生会長は、自分を止めた菅原を睨み付ける。
「最初だから、指導が必要なんだろう! 菅原、お前こそ何故昨夜のうちにちゃんと指導しておかなかった!」
「分かっている。彼があのような性格だとは、昨夜は分からなかったんだ。それに指導ならランニング30キロで十分だろう」
そう仁々木の肩を叩きながら、菅原の視線はエンマに注がれる。
「司馬! ランニング30キロだ! 自ら課したのだから、完了するまで見張らせて貰う!」
「分かりました。どうぞ、ご勝手に」
「先に言っておくが、ランニングの時間は1時間と決まっている。が、その時間内にランニングを終わらせられなければ、次の朝食の時間を割いて、ランニングを続けなければならない。分かっているな。最悪、お前は今日の朝食を摂れない可能性があると言う事だ」
「…………分かりました」
それはつまり、エンマが1時間以内にランニング30キロを終わらせなければ、寮長である菅原も食事時間が削られる事を意味していた。菅原からしたら、それはエンマへの指導を怠った自分に課した罰であった。
「はあ。時間だ! 全員ランニングを始めろ!」
6時になったところでチャイムが鳴り、菅原の号令で、全員ランニングを開始した。
「何か、面倒な学校だな」
走り出した学生たちに合わせて、エンマも、シュラとラセツと共に走り始める。
「あれは10:0でエン兄が悪いと思う」
シュラが先程のやり取りに関して口を開き、ラセツが同意するように頷く。
「まあ、それはそうだけどさあ。あの、ニニギ? って人、怒りっぽ過ぎない?」
「ああ、学生会長の仁々木海彦さんって、優秀なんだけど、規律に厳しいって噂、同室の先輩たちから聞いているから、1年でも、あの人の前では大人しくしているんだよ」
シュラの説明に、うんうんとラセツも頷く。
「ええ、何それ? 恐怖政治かよ?」
このエンマの言動には笑えないシュラとラセツだった。普段であれば、ゲラのラセツくらいは笑うと思ったエンマも、ラセツが笑わない事で、これが的を射ていると感じ取った。なので話題を変える。
「30キロ走るのは別に構わないんだけどさあ、ちょいちょい制服着ている学生がいるのは、良い訳?」
「ああ、あの人たちは、支援科の学生だよ。早朝ランニングは、1年と支援科の学生が10キロ。兵科の学生が20キロ走るんだ」
シュラの説明に納得するエンマ。それともう一つ疑問に思った事を口にする。
「武器の携行ってオーケーなの?」
「うん。物騒に思うかも知れないけど、皆が武器を持っていると分かっていれば、下手にケンカをふっかけて、刃傷沙汰なんてならないでしょ?」
「アメリカの銃理論みたいだな」
「ぶふっ」
これには笑うラセツ。
「そしてシュラっちの武器は銃か」
エンマがシュラの腰に目を下ろせば、そこにはホルスターに収められた自動拳銃が2挺、ジャージの腰に巻かれたガンベルトからぶら下がっている。
「意外だな。シュラっちが遠距離武器をメインに据えるなんて」
「自分でも意外だったよ。ただ、エン兄なら俺の眼の色が変わっていたのに気付いただろ? この眼が優秀でね、凄い命中精度を出すんだ。それが面白くなっちゃってねえ」
「トリガーハッピー」
「マジかよ」
ラセツの補足に、エンマは目を見開く。円月流でも銃術は一通り習うが、シュラの銃術は上伝止まり。それを極めた
「んで? ラセっちはどんな武器にしたんだ?」
「僕はこれ」
とラセツは何もない空間へ手を突っ込むと、そこから1本の長柄武器を取り出した。柄の先端には槍の穂先、その横に斧と鈎爪が付いている。
「おお! 方天画戟!? 呂布!? 現代の呂布奉先になる気なのか、ラセっち!? と言うか、どこからそんな長物持ち出したんだ!?」
何もない空間から思いの外長大な武器が現れ、興奮するエンマ。
「方天画戟と言うより、西洋のハルバードかな。何もない空間からこれを出せるのは、僕の龍血の次元深度が他の人より深いから、現世じゃない異空間に物を収容出来るんだ」
とラセツは走るのに邪魔だと言わんばかりに、直ぐ様ハルバードを異空間に仕舞ってしまった。
「へえ、便利だな。お菓子とか持ち込み放題じゃないか」
「ぶふっ」
これに笑うラセツ。しかしそんな笑う事を言った覚えのないエンマは、不思議そうな顔になる。
「それ、俺がもう言っているから」
とシュラが補足してくれた。期せずしてお笑いで言う天丼を行った事をエンマは理解し、相変わらずラセツはゲラだと認識する。
「それで、その代償が、その赤髪と額のタケノコなのか?」
「くくっ」
これにはラセツは肩を落とし、シュラが吹き出す。どうやら本人も気にしていたらしい。
「うう。なんか会う人会う人にタケノコって言われるんだけど。どうにかならないかなあ?」
「タケノコなんだから、掘り起こせば?」
エンマのこの発言には、流石にゲラのラセツもジト目である。
「おい」
「いや、悪かったよ」
「おい!」
「そんな拗ねるなよ」
「おい! そこの白髪頭!」
後ろから声を掛けられ、まさか自分が声を掛けられていたとは思いもしなかったエンマと、それにシュラとラセツは振り返る。そこには、何とも偉そうにエンマたちを睨む、相撲取りのような体型の少年と、それに歩調を合わせて走る、五分刈りの坊主頭にどこか眠そうな眼をした、些か背の低い少年がいた。
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