第30話 目覚めの一喝

「あうう、そんな増殖する饅頭なんて、無限の宇宙へ打ち上げてやる……」


(どんな夢見てるんだよ)


 翌朝━━。徹夜明けのセンジュがエンマを起こそうとその身体を持ち上げるも、寝言が返ってくるばかりだ。


「おい、起きろエンマ! 朝だぞ!」


「ええ……? …………センジュ、先輩? おはようございます?」


「ああ、もう朝だ。起きろ」


「はい。それは分かりましたけど、なんで俺、逆さ吊りにされているんでしょう?」


 絶賛センジュのマジックハンドで足を掴まれ、朝から逆さ吊り状態のエンマ。


「お前が起きないのが悪い」


「ええ〜〜」


 理不尽の塊のようなセンジュに、ジト目を向けるエンマだったが、そんなものはどうでも良いと、センジュはエンマを放り投げる。しかしエンマの運動神経も大したもので、まるで猫のようにくるりと1回転すると、見事に着地してみせたのだった。これに呆れ顔を見せるセンジュ。


「ほら、お前の武器が出来たぞ」


 見事な着地ですっかり目を覚ましたエンマに、センジュが別のマジックハンドに持っていた何かを2つ渡す。それは全体が真っ白で刀身がないつかであり、柄元から柄頭へと護拳部が付いているが、柄頭の方は完全に柄頭に接してはおらず、僅かにスペースがある。そんな護拳部には、雪の結晶の中、ところどころに丸くて赤い実が目を引く意匠が施されている。柄の先端には短針と、ライターの着火部のような回転式ヤスリが付いているが、武器としては殴る事に特化しているように思えた。


拳鍔けんつばですか。面白いものを作りましたね」


「ほう。流石にこれが何か知っているか」


 と感心するセンジュ。拳鍔とは、メリケンサックやナックルダスターとも呼ばれる、世界各国に存在する、良くある殴り武器だった。


「使い方としては……」


「ほうほう……」


 ◯ ◯ ◯


「じゃあ、俺はもう寝るからな」


 とセンジュがベッドに近付いたところで、エンマは当然のようにセンジュの身体を浮遊椅子から抱え上げ、2段ベッドの下に寝かせた。


「じゃあ、ちょっとランニング行ってきますわ」


「おう」


 センジュが気絶するかのように眠ったところで、エンマは部屋を出た。するとまだ夜明けとしては暗い中、各部屋から様々な声が聞こえてきて、朝のランニングに備えているのが分かる。


「おはようございます」


 エンマは通り過ぎる先輩とも同輩とも分からない学生たちと挨拶を交わしながら、トイレの洗面所へ行き、顔を洗うと歯磨きを始めた。


「おす」


「おあよーござーす」


 歯磨きをしていると、他の学生も続々と洗面所にやって来ては、身支度を始める。あまりここに長居するのも憚られるので、エンマはささっと身支度を終わらせると、一旦部屋へ戻り、それからグラウンドへ向かった。


 ◯ ◯ ◯


 ぞろぞろと寮前のグラウンドに集まる学生たち。ジャージの者もいれば、制服の者もいる。また武器を携行している者も見受けられた。女子の制服もズボンの白ランだ。


 夜は分からなかったが、整地されたグラウンドは競技用にも使えそうな、1周400メートルといった標準的なグラウンドだった。そこへ男女で分かれている。思い思いに各自準備運動をしてから、特に整列するようでもなさそうだが、ジャージのラインから見るに、前から5年生、4年生……1年生と並んでいるようで、エンマも最後尾に並んだ。


 6時になる15分前、校長が使うような朝礼台に男子学生が2人、女子学生が1人上がる。男子学生の1人は、寮長の菅原アコだ。となると、女子学生の方は女子寮の寮長だろう。そしてそんな2人の真ん中に立つ男子学生は、恐らく学生会長と思われた。龍らしく先が枝分かれした角を2本生やしており、その腰には刀帯で打刀を下げていた。深い灰青色の拵で、落ち着きがある。


「おはよう」


『おはようございます!!』


 学生会長と思われる男子学生が一歩前に出て、朝の挨拶をすると、それに対して学生たちが全力で声を張って挨拶をする。


(うわあ、何かそれっぽいなあ)


 などと出遅れつつ、エンマは一応礼だけしておく。


 その後は何やら今日の日程をつらつら話し始める学生会長だったが、初めてでちんぷんかんぷんなエンマは、その内容が頭に入って来ず、自然と視線は他の学生たちに向けられる。


(制服着ている人が結構いるけど、あれって確か龍骸繊維が使われているから、行動に補正が掛かるんだよな? 良いのか? ズルじゃないの?)


 そうやって視線をあちらこちらへ向けていると、エンマは知った後ろ姿を見付けた。その2人の下へ音もなく近付くと、エンマはトントンと2人の肩を軽く叩く。それに反応して振り返った2人は、エンマが突き出した人差し指で、頬がぷにっと潰される。


「よっ!」


 しかし2人はそんな悪戯に反応するどころではなかった。


「エン兄っ!?」


 思わず大きな声を上げるシュラに、驚きで後退るラセツ。


「元気そうだな、2人とも」


 いつもと変わらぬ調子のエンマがここにいる事に、理解が追い付かないシュラとラセツ。


「しかし、ちょっと変わったか?」


 シュラは黒髪のままだったが、右眼が金眼、左眼が銀眼のオッドアイで、縦に割れ目がある。ラセツの方は前に分かれた時から更に変わっており、髪は赤い坊主頭で、額の左から、短く太い角が生えていた。


「あ? え? ええ? 何で? どうしてエン兄が?」


 混乱するシュラとラセツの姿に、してやったりなしたり顔のエンマ。しかし朝礼中に騒げば、当然目を付けられるもの。3人の騒ぎは朝礼台の上の3人にすぐにバレ、


「おい! 何をしている! 朝礼中だぞ!」


 学生会長が指導の声を上げる。


「は〜い、すみませ〜ん」


 それに軽く返事をするエンマに、眉根を寄せる学生会長。


「そこの1年! 何組だ!」


「いや、知りませんけど」


 怒鳴られても、平然といつものように答えるエンマ。これには学生会長の額に青筋が浮かぶ。それを察して、菅原が学生会長に耳打ちした。


「成程。貴様が編入生か」


「はい」


 編入生とのワードに、ざわつく学生たちだったが、学生会長が睨むと、そのざわつきもすぐに鎮火する。


「朝から元気そうだな?」


「そうですかね?」


「ああ。そんな貴様は、ランニング20キロだ!!」


 とエンマに罰を与えるかのように、学生会長が声を張るが、それに対するエンマの反応は、きょとんとしたもので、どう言う事? とシュラとラセツに視線を向けるも、2人は苦笑するばかりだった。

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