第14話 薬師瑠璃光

(終わった。もう、指1本動かせねえ)


 ドサリと地面に仰向けに倒れるエンマ。その姿は勝者と呼ぶには程遠い、今にも仏様が迎えに来そうな、死に体であった。


 ◯ ◯ ◯


「行くわよ!」


 決着が付いたのを見届けたルリは、ガスマスクを付けて看護師を伴い、担架と共にエンマの下へ走っていく。


「あっつ!?」


 エンマの下までたどり着いたところで、持ち上げようとエンマの脇と足を持つと、エンマの身体があまりに熱く発熱していた為、思わず手を引っ込めてしまったルリと看護師。ルリが診断の為にその瞳を縦に線の入った瑠璃色に変えると、その異常さが良く分かる。


「無茶な戦闘による全身の筋肉の断裂に、龍毒による各内臓の損傷、左肺に穴も空いていて、気胸で呼吸困難。何より、この体温は何!? 100℃を超えているのに、何で焼けただれていないの!?」


 その異常さにルリと看護師は寒気さえ覚えながら、しかし医療従事者としてまだ息のあるエンマを救う為、再度ルリは自身の手をエンマの脇に差し込む。自分の皮膚が焼ける音を聞きながら、足を持った看護師と共に、エンマを担架に乗せる。


「剣の回収も!」


「はい!」


 看護師はルリの命で柄だけ残った小剣を回収し、2人は直ぐ様医療院へ駆け込んでいく。


「お兄ちゃん!」


「エン兄!」


「エンマお兄ちゃん!」


 院内に入るなり、子供たちが寄ってくるが、今はそれに構っている暇はない。


「絶対助けるから、どいて。道を開けて!」


 ルリのお願いに、子供たちは素直に従い、エンマは担架で治療室に運ばれていく。


 ◯ ◯ ◯


「はあ……!」


 まだ熱いエンマを治療台に乗せるだけでも、汗が吹き出す一苦労だった。しかし治療はこれからが本番だ。


 ルリはエンマの額に手を当て、エンマに念話で話し掛ける。


(司馬くん、意識はある?)


(なん……とか……)


 反応があり、ホッとするルリ。


(良い? 今から君に龍気治療を施すけど、普通の龍気治療では、君を完治させる事は難しい状況よ。それだけ今の君の症状は重い)


(はい……)


(でも運が良かったわね。君には先程の戦闘に使った龍血がある)


(……小剣に注入したやつ、ですか?)


(そうよ。あれには戦闘の経験を蓄積して、その能力を向上させる機能があるのは、さっき話したわね?)


(はい……)


(これを応用して、戦闘に使った君の龍血を君の中に戻す事で、君の体内の龍血もその性能を向上させる事が出来るの。そうやって体内の龍血の性能が上がる事で、龍気治療の効果も上がるわ)


 ルリが説明している間に、看護師が小剣から注射器で龍血を抜き出す。


(ただし、これは相当な荒療治になる。経験を積んだ龍血は、元々身体に流れている龍血からしたら、異物扱いになるから、身体が拒否反応を起こすのよ。それを私の龍気で馴染ませながら、同時に龍気治療で身体の傷を癒していく)


(分かりました……)


 そうやって即答するエンマであったが、ルリには懸念があった。


(司馬くん。残念なお知らせを先にしておくわ)


(……何でしょう?)


(普通はこの治療を行う場合、麻酔で拒否反応の痛みを和らげる施術をするのだけど……)


 看護師が龍血獲得者用の麻酔用マスクを、エンマの口に取り付ける。


(恐らく君は、麻酔が効かない体質だわ)


 ルリはエンマがこの医療院に運ばれてきてから、何度も龍血効果の抑制剤を投与した。その時にも麻酔を使用したのだが、エンマは激痛に呻いていたのだ。


(…………)


(この場合、拒否反応の激痛に耐えきれず、ショック死する人間もいるの。だから、選んで。完治はしないけれど、普通の龍気治療をするか、ショック死の可能性があっても、龍血を注入しての龍気治療をするか)


(血を注入してください……)


 エンマは即答した。ルリとしては予想はしていたが、これから苦痛を与える事を思うと、胸が痛む。


 そんなルリの気持ちを知ってか知らずか、エンマは震える手で口に被された麻酔用マスクを外した。


「……何か……噛むもの……を、……下さい……」


 エンマの願いにルリは看護師に目配せし、看護師は白いタオルをエンマの口に噛ませる。


 エンマの覚悟が決まっているなら、こちらも覚悟を決める必要がある。ルリと看護師は互いに視線を合わせると、エンマの身体を治療台にベルトで固定していく。


(今から龍血を注入するわ)


(はい……)


 これで念話は終え、看護師がエンマの左腕に龍血を注入する。エンマはビクンと身体が反応したのを感じた。そしてそのすぐ後に身体中を駆け巡る痺れるような激痛。


「うううううううううううううううううううッッ!!!!」


 タオルを噛んでその激痛に耐えるエンマだったが、そんな事は些事であると、激痛は収まらない。そこへルリの龍気治療が始まると、その激痛は更に痛みを増した。ルリは馴染ませると言っていたが、それをエンマの身体が拒否し、排除しようと激痛に激痛を重ねる。


「んんんんんんんんんんんッッ!!!!」


 更に歯を食いしばるエンマ。あまりに強く噛む為に、歯茎から血が吹き出し、白いタオルが赤く染まっていく。その様相に看護師はエンマから顔を背けながらも、身体を拘束するベルトさえ破りそうな程に藻掻くエンマの身体を、その身でもって押さえ付け、ルリは1秒でも早く治療が終わるように願いながら、必死になって治療用の龍気をエンマの身体に流し続けたのだった。

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