第3話 不正の楽園

 首田にはもう1つの顔があった。

 西浦和の印刷会社で働く**首田俊明くびたとしあき**は、入社してから半年が過ぎた頃、職場の過酷な環境に心身ともに限界を感じていた。毎日残業が続き、上司からの理不尽な指示に振り回される日々。「もう辞めたい」と何度も思ったが、生活のため、そして家族を養う責任感から簡単には辞められなかった。


「俊明、お前のせいで遅れるんだ!早くこれを仕上げろ!」


 その日も、上司から厳しく叱責され、首田は机に向かいながらただ黙々と仕事を続けるしかなかった。だが、心の中でその怒りと不安が膨れ上がり、「どうしてこんな目に遭うんだ?」と自問自答する時間が増えていった。


 夜になり、ようやく仕事が終わり、疲れ切った体を引きずって帰路に着いた首田は、歩きながら不安に駆られていた。必死に働いているが、心の中で何かが足りないと感じていた。空虚感がどんどん広がっていくのを感じていた。

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 帰り道、首田は偶然にも路地裏の古びた店を目にする。すぐ近くには焼き鳥屋がある。その店の看板には『不正の楽園』と書かれていた。妙に気になり、興味本位で店に足を踏み入れてみると、薄暗い店内には奇妙なアイテムが並べられており、どこか異様な雰囲気を醸し出していた。そこで首田は一人の老人と出会う。伊武雅刀いぶまさとうに似ていた。『もう誰も愛さない』や『またまたあぶない刑事』で悪役を演じた俳優だ。

 老人は首田を見ると、にやりと笑いながら言った。

「疲れたようだな、若者よ。君には、これが必要だろう」

 老人は棚から小さな木箱を取り出し、それを首田に手渡した。箱には『不正の楽園』と刻まれており、首田はその箱を見つめた瞬間、胸に何かが湧き上がるのを感じた。


「これを使えば、君の悩みはすぐに解消されるだろう。ただし、その代償は計り知れない」


 首田は少し迷ったが、疲れと焦燥感から思わず箱を受け取った。手にした瞬間、どこか安堵したような心地よさが広がった。頭の中で、「使ってみろ」と囁かれているように感じた。


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 翌日、首田は職場を辞める決心をした。精神的に限界を迎えた彼は、転職活動を始めたものの、すぐに次の仕事を見つけることはできなかった。不安と焦りが募る中、首田は一度『不正の楽園』を思い出し、その木箱を開けてみることにした。


 箱の中には、小さな石が一つ入っていた。その石はまるで魔法のように輝いていて、見る者を引き込むような不思議な魅力を放っていた。首田は石を握りしめ、「これを使えば、すぐに状況が変わるかもしれない」と心の中で決意した。


 その夜、首田は転職活動中に、過去に知り合った知人から連絡を受ける。上島竜兵によく似たその知人は、首田に一度頼まれていた仕事をうっかり忘れていたことを謝罪し、急遽仕事を紹介してくれると言った。首田はその仕事が、思いもよらぬ条件の良いものだと知り、驚きながらもその場で受けることに決めた。


 彼は次第に、『不正の楽園』の力を信じるようになった。石を使うことで、運命が少しずつ自分に有利に動き始めていたのだ。


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 新しい仕事を手に入れた首田は、その後、次々と運が向いてきたように感じた。勤務先は武蔵浦和駅近くにある塾。教材のセールスが仕事だ。転職先では自分の実力を評価され、短期間で昇進を果たすことができた。しかし、次第に首田はその成功が『不正の楽園』の力によるものだと気付き始める。


 ある日、職場で彼は自分の上司(井浦新に似ている)が密かに不正な取引をしている現場を目撃する。普段なら見逃すところだが、首田はその機会を利用して、上司の不正行為を脅迫材料として利用しようと決意した。自分の立場を強化し、さらに金銭的な利益を手に入れようと考えたのだ。


 首田は不正の手段を次第に当たり前のように使い始め、状況が有利に進んでいくことに快感を覚えるようになった。その夜も、『不正の楽園』の木箱を開け、光る石を手に取りながら、自分の新たな「成功」に酔いしれるのだった。


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 だが、次第に首田は心の中で何かが狂っていることに気付くようになった。かつての自分が信じていた「幸せ」が、今ではただの金銭や地位、他者の操縦によって得られるものに過ぎないように感じられた。かつての親友、**井上亮介いのうえりょうすけ**との再会も、首田にとってはただの雑談に過ぎなくなっていた。井上は田中圭に似ている。亮介は心配し、首田に警告の言葉を投げかけたが、首田はそれを無視し、次第に亮介との関係も疎遠になっていった。


 首田はもう、自分が本当に何を求めているのか分からなくなっていた。幸福感と引き換えに、心の中の何か大切なものを失っているという実感はあったが、それを感じる暇さえないほど、手に入れたものに酔いしれていた。


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 時が経ち、首田は完全に『不正の楽園』に支配されていった。次第にその行為がエスカレートし、最終的には大きな犯罪に手を染めることになる。社会的な信用も失い、警察に追われる身となるが、それでも『不正の楽園』の力を手放すことはできなかった。


 金銭的には成功したものの、心は完全に空虚となり、幸せの感覚すらも過去のものとなっていた。首田は次第に孤立し、家族や友人との関係は断絶した。最終的には、どこに行ったのか誰も知らないまま姿を消した。


『不正の楽園』は再び新たな手に渡り、また新たな人々を堕落させるのだろう。それは、決して終わることのない輪廻のようなものだった。



 アイテム: 不正の楽園


 概要: 『不正の楽園』は、誰かが極度のストレスを感じている状態で『悪いこと』を犯すと手に入る神秘的なアイテムで、その持ち主には幸せを感じさせる力を与える。しかし、幸せは本物の幸福ではなく、持ち主をさらに悪い方向へと導く危険を内包している。


 効果: アイテムを持つことで、持ち主は即座に自分の精神的な疲れや不安を忘れることができ、短期間で極端な『幸福感』を味わえる。特に、社会的なモラルや規範に反する行為をすると、その効果が最大化する。


 犯罪の成功: 不正の楽園を所持した者は、次々と詐欺や窃盗、裏工作などの犯罪を成功させる能力を手に入れ、その過程で自信を持ち、さらなる快楽を追い求めるようになる。


 道徳的腐敗: 幸せを追い求めるあまり、持ち主はどんどん倫理的に堕落し、罪悪感を感じることなく「悪いこと」を犯し続けるようになる。最終的には、持ち主が自分の行為がもたらす痛みや被害に無関心になり、自己中心的に変わっていく。



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