第4話 わらわは小坂部姫

 わらわはいったい何をしているのか、ここはいったい何処であろうか。


 わらわは美しかった。


 わらわを取りおうて、いくつもの殿方とのがたが争うたのを覚えている、それほどわらわは美しかったのじゃ。


 わらわを一目観ようと遠き国より使者ししゃつかわした者も居ると聴いたこがある。


 それも一人ではない、片手では足りないほどの人数じゃ。


 わらわの行く所にはいつも人がって、わらわのすることをいつも羨望せんぼう眼差まなざししで見つめて居るのじゃ。


 その頃のわらわはちょうよ花よと育てられ、世の中のことは何一つ解っていなかった。


 世の中はわらわの為にあるのだと思うておった。


 わらわは幸せであったのじゃ。


 遠い昔に大きないくさがあった。


 何が原因で何が目的なのかはわらわにはよく解らぬ。


 外で慌ただしく音がして、城が燃え始めてから戦じゃと気が付いたのじゃ。


 いや、戦じゃ、戦じゃ、と誰かが叫ぶ声を聴いて、これが戦なのじゃと初めて気付いたのじゃ。


 わらわは腕を引かれ右へ左へと駆けずり回った、その時お気に入りの美しい羽織はおり何処どこかへ行ってしもうた。


 気が付いたらわらわは暗闇くらやみを独りで走って居た。


 遠くから今まで暮らして居た城が焼け落ちるのが観えた。


それよりもわらわは足が傷だらけで所々皮がやぶけている方が悲しかった。


その時わらわを喜ばす出来事がおこった。


姫、姫とわらわの家臣かしんたちが追いかけて来てくれたのじゃ。


しかしその者達は嬉しくて抱きすがるわらわのほほを力一杯張り倒したのじゃ。


わらわは一瞬何が起ったのか解らなかったのだが、その者達がわらわの着物きものをはぎ取り始めたので理解した。


しとねのことは次女達じじょたちから色々と聞いて居ったので、それが何かは解って居ったが、その時のわらわにとっては、ただ痛いだけの儀式ぎしきであった。


わらわの秘部ひぶへ次から次へとその者達がのしかかって来た。


散々弄もてあそばれたわらわは、そのまま近くの谷へ蹴落けりおとされた。


わらわは谷から落ちる途中にある木々に引っ掛かっていたことを、炭焼すみやきの弥平やへいから聴かされた。


始めはあれこれと介抱かいほうしてくれて居た弥平も、やはりわらわの上にのしかかって来るようになった。


弥平の行為こうい興奮コーフンすると、わらわをひっぱたいてみたり、ころがしたりするものだった。


わらわは逃げ出さないように、日中は縄で柱に縛り付けられていた。


たまに弥平は、連れを連れて帰って来ることがあり、その時は三日昼夜みっかちゅうやも眠らず連続してその行為が続く。


どうやら弥平はその連れ達から銭を取って居たようだ。


一度わらわはすきを見て逃げ出そうとしたのだが、今一歩のところで弥平に見つかり失敗しっぱいに終わった。


当然弥平は激怒げきどした。


散々殴さんざんなぐるをされた後に、もう二度と逃げ出さないようにと、両足をももの上辺りから切断せつだんされた。


血止ちどめは切断面を熱した鉄鋏てつはさみで焼き止めると言う簡単なもので、いつまでも痛みが続き、もう気がくるいそうじゃ。


それでも毎日しとねは続いた。


いつしか弥平が興奮コーフンして、両腕も切断されてしまった。


わらわは、しとねをするだけの人形となった。


弥平はわらわにもうきたのだろう、ざつあつかいになり縄もけられなくなった。


三日程小屋を空けることも珍しくなく、そんな時も縄は掛けない。


勿論食料もちろんしょくりょうも置いて行かない、弥平もわらわを人形だと思って居るようだ。


弥平が小屋を空けるのを見計みはからって、わらわは芋虫いもむしの様にして谷まで行った。


普通であれば一刻いっこくもあれば到着とうちゃくするであろうが、わらわは芋虫なので丸一日は掛ったであろうが、弥平は追いかけても来なかった。


谷に到着したわらわはそのまま谷へと身を投げた、今度は木々に引っ掛からなかった。


わらわは長い間暗闇まっくらやみ彷徨さまよい続けた。


気の遠くなるほど長い間だったが、怨みだけは忘れなかった。


 怨みはドス黒いのじゃ。


怨みだけを思い続けていると、他の事を考えなくて済む。


そうして怨みだけをかかえ、長い間暗闇を彷徨い続けていたわらわは、夜叉やしゃに生まれ変わっていた。


わらわは夜叉になったのじゃ。


夜叉になったわらわは、まず弥平の所に行った、勿論食い殺すためじゃ。


しかし弥平は居なかった、なつかしいあの小屋もてている。


どうやらわらわは暗闇の中を、数百年以上も彷徨って居た様じゃ。


にくき弥平はもうこの世に居らぬ、うらめしい、ああ恨めしい。


復習出来ぬ、ああ恨めしい。


弥平の墓を探し出して骨を食ろうたが、それでは気が済まぬ。


わらわをこの様なもののけに姿を変えてしもうた。


 弥平はもう居らぬのじゃ。


ああぁ、弥平が憎い、男が憎い。


ああぁ、生きたままの男を食らいたい。


はらわたを食らい、生き血をすするのじゃ。


わらわは夜叉になったが、人であった頃の記憶を覚えていた。


それは随分後ずいぶんあとになって解ったのじゃが、もののけになり人であった時代の記憶があるのは珍しいものだそうじゃ。


わらわは夜を彷徨うた、昼は嫌いじゃ。


美しい姫じゃった頃の自分に化けて男をさそうた。


誘うて人気ひとけのない所でくらうのじゃ。


姫であった頃の自分はなんとも非力じゃったが、今のわらわは男なんかよりも力ははるかに上じゃ、まるで小動物をもてあそぶ様なものじゃ。


彷徨うて居る内に、数匹の夜叉にも出逢うたがわらわの方が強いのが解った。


睨み合うた瞬間にそれは解るのじゃ。


ある夜叉が、狩場かりばには縄張なわばりがあると言うて居ったが、わらわがひとにらみしてやったらその夜叉は何所どこかに消えて行った。


男は若ければ若い程旨いのじゃ、年寄りは肉も堅いし血も苦い。


 若い男の血は甘く肉はとろけそうじゃ。


しかし一番旨いのは子供じゃ、子供なら女でも食える、大好物だいこうぶつじゃ。


わらわが得意とするもは盛りの付いた男じゃ、姫の自分に化けて笑いながら暗闇に歩いて行けば、間違いなく付いて来る。


今までに数千は喰ろうたかの、食えば食う程にわらわの力は強くなって行く様な気がするのじゃ。


あまり狩場を荒らし過ぎると、坊主ぼうずどもがやって来る事をわらわは学習した。


一度坊主を喰ろうてみた事があるのじゃが、不味まずうて食えたものじゃなかった。


あ奴らのとなえる念仏ねんぶつも嫌いじゃ、頭が割れそうになる。


坊主は喰わぬ様にした、殺すだけじゃ。


今まで出遭うたどのもののけよりも、わらわの方が強かった。


わらわをしたって家来けらいになるもののけも少なくない。


わらわはもののけに生まれ変わっても姫なのじゃ。


わらわは皆にちやほやされるのが好きだから、それは夜叉になっても同じじゃ。


力は必要じゃ、力が弱いと思うようにされてしまうからの。


今のわらわは思うようにする側じゃ。


 ホホホホホ。


憎しみと怨みがわらわに力を与えてくれたのじゃ、人であった頃のわらわを不憫ふびんに思うて、神様がわらわに力を与えてくれたのじゃ。


人も、もののけもこの世に共存きょうぞんして居るのじゃ、ただわらわ達は、昼間は何処どこか暗闇に隠れて居るだけじゃ。


暗闇から今夜の獲物えものを探して居るのじゃ。


わらわは姫なので綺麗な城が必要じゃ。


そう思って遠い昔の記憶を頼って置塩おきしおの城へ行ってみたが、城はもう無うなって居た。


城跡しろあとがあるだけで草木が生え、気味の悪い森になって居った。


何処かに城は無いものか。


美しい姫が住むのに相応ふさわしい城が必要じゃ。


もののけの一匹が姫路ひめじに美しい城があると申して来た。


姫路ならここからそう遠くは無い、早速わらわは姫路に行った。


それを観た瞬間わらわは心をうばわれた。


なんと美しい城か……わらわが住まうに相応しい。


わらわはこの城に巣くうのじゃ。


それはきっと昔から決まって居ったに違いない、これはわらわの城じゃ。


わらわの名は坂部さかべ


人はわらわのことを小坂部姫おさかべひめと呼ぶ。


姫路城にくうもののけじゃと

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