もし最強の魔剣士と無敵の焔姫が恋に落ちたら?

楪 紬木

決闘、そして恋に落ちて~Falling in love~

 世界の中心「流星光の庭園スターズ・フラワー」 


 満天の星空の下に一面の可憐な花畑。二人の男女が対峙していた。


「宝具を破壊する。どけ。さもなくばこの凶刃が貴様を穿つだろう」 


 ドスのきいた低い声。


 その青年はローシュ・ラインハット。さらりとした銀髪で片目を覆い隠している。もう片方の瞳は蒼天。黒装束に身にまとい、手には魔剣キリシュタルトが握られていた。悠然とした立ち姿は、まさしくライグライト公国「最強の魔剣士」。


「いいえ。宝具は回収しますわ。王女候補としての誇り(プライド)に懸けて」 


 凛として澄んだ声色の女性。


 彼女はエリザ・ガリアリウス。つややかな金髪に紅蓮の双眸そうぼう。紅の着物から垣間見える、たおやかな花のごときスラリとした体型からは威厳が滲み出ていた。絶対不可侵領域・魔導衆ぜったいふかしんりょういき まどうしゅうの女王選抜儀式を勝ち抜き続ける「無敵の焔姫」。


 花畑中央にある台座の上には、願いを叶える「星の指輪」。


 ライグライト公国と絶対不可侵領域・魔導衆がこれを求め争って長い年月が経過していた――。


 二人はそこに向かって疾駆。


「『暗黒一閃』!」 


 ローシュは魔剣をサッと手で払う。するとそこに漆黒の雷が宿った。


「『揺蕩う火炎の大剣フランベルジュ』!」 


 エリザが魔法を高速詠唱。無数の大剣が顕現けんげん


『はぁっ!!!』 


 最強と無敵の、全身全霊。それが直撃。土煙がもうもうと立ち込める。


 ……煙が晴れた。そこには。


 「はっ???」 

 「えっ???」 


 なんと二人が、抱き合ってしまっているではないか。恐らく衝撃でもつれた際に……だろう。


 二人は頬を紅潮させて、固まる。


『はっ』 


 互いに距離をとった。


「な、ななっ、これはよ!?」 

「不可抗力だろう!?」 


 しどろもどろ。王女候補であるエリザはもちろん、こんなことには慣れていない。不思議なステップで後退。


「退却よ! わたくし、これじゃちっとも集中できないわ!」 


 そのまま踵を返し、乙女らしく左右に手をふって走り去ってしまった。


「おい、待て! …………くそっ、調子が狂った。私もいったん退くとしよう」 


 居ても立っても居られず、ローシュも自国へと歩き出す。


 これが「最強の魔剣士」と「無敵の焔姫」の出会い。


 千載一遇のチャンスを逃すという珍事件。これを皮切りにして。


 二百年に渡る永き戦争に大きな変革を生むのだった――!







 ライグライト公国。


 城壁に囲まれたヨーロッパ調の街並みは活気に満ち溢れていており、それが途絶えることは絶対にない。


 「世界統治国家」を完成させるという理想を掲げ、着実に同盟国を増やしつつあ。ついに、世界統一まであと一歩。


 とある大国を残して――。


 公国の心臓部に居を構える、ライグライト王城。謁見の間。  


「只今戻りました、国王様」 


 レッドカーペットの上にひざまずく剣士。


 ローシュ・ラインハット。流れる銀髪が右目を覆い隠している。左目は深い海色。さらには端正な顔立ち。極限まで鍛えられた肉体に黒装束をまとう。背負うのは魔剣キリシュタルトだ。彼はライグライト公国における「最強の魔剣士」。


「……うむ。まずはよくぞ帰った。あの『無敵の焔姫』を相手に」 


 ローシュの目線の先。玉座に座るライグライト王の七代目。厳格さがこれでもかと溢れる。


謁見の間の両脇に並んでいる大臣たちからは、嘲笑。


「最強とはなんぞ。敗北しているではないか」

「あぁ、気味が悪い。魔法を積極的に行使しているだけある」

「くく。間違いない」


卑屈ひくつな嗤い声。 王はそれを諌めることもない。


「とはいえ、此度こたび失態しったいに関する処罰は受けてもらう。もうよい、下がれ」

「はっ」


ローシュは立ち上がり、丁寧に一礼。


舌打ちを浴びながら謁見の間を出る。


バタ、と扉をしめてから。


「ふぅ」


髪をかきあげ、嘆息たんそくを一つ。


――流石にまいるな。確かに自分の性格で誰一人寄り付かなくなってしまったのは事実だが。


ローシュは確かに「最強の魔剣士」。だが、重大な欠点があった。


それは、絶望的に人との交流が苦手であること。この国の意向である「世界統治国家」とも相反する。


さらに相容あいいれないのは在り方。魔法を恐れ、忌み嫌う国王とその大臣たちに対し、ローシュは魔法を得意としているのだ。


「……私は間違っているだろうか」


と、腕組みして己を悔やんでいると。


こちらへ向かってくる男の姿が、一人。


「やぁ、最強。またこっぴどくやられたみたいだねぇ、くくっ」


――また厄介な奴だ。


 色鮮やかな菫色すみれいろの頭髪。いつものにこやかな表情。そして灰色の貴族服をまとうその男はレイアジュ王子だ。いくつもの人間と友好的関係パイプを有しており、実質的な国の頭脳役ブレイン


「明日は休暇、だったかな? 良いよねぇ。休む時間。僕はないけどぉ?」

「そうですか」


 王子の嫌味ったらしいねっとりとした口調。わざとらしく肩を組んでくる。反抗したくなる気持ちをぐっと堪えた剣士。


「ふん、まぁいい。次に会う時を、楽しみにしているよ」


レイアジュは謁見の間へ。


「……?」


 ローシュは王子の発言の意図を理解しかねたが、ろくでもないことに間違いない。


「やはり、こんな国に宝具を渡すわけにはいかない。破壊しなくては」


 ふと、宝具から連想したのは……焔姫の顔。


「っ! なっ、なんなのだ一体……!?」


 蘇る、花畑での記憶。なぜか高揚。


 ローシュはかぶりを振る。


「精神を統一せねば。トレサムラにでも行くか」


理解しかねる感情から逃げるように、次の予定を決めたローシュだった。







 とある海域の上空。


 浮遊する広大な土地が、そこにはあった。


 流れる滝が美しい、自然豊かな森林区。


 雅やかな景観に、人々が暮らす居住区。


 あらゆる資源を回収する、険しい山々の鉱山区。


 女王の血族が住まう中央区に別れている。


 ここが絶対不可侵領域・魔導衆。


 独立を決め、国名すら変えてその意思を強固なものにした。


 ライグライト公国が唯一同盟国にできない、魔法を極めた国だ。


 中央区。一面の湖に足は沈まず、歩けるようになっている。陽光を反射する水面は青空を美麗に映し出す。

 

 湖に並ぶ、いくつもの鳥居。そこをくぐっていくと……六階建ての寺院。


 ここが魔導宮廷。この浮遊する大陸における、姫たる人材のみが居住を許される。


「姫様が帰ってこられたわ!」

「キャー! 焔姫様ー!」


 ぎしぎしと、木製の廊下を女性が行軍する。その先頭には――。


「もうっ、執拗しつこいわね。自室に戻りなさい!」


 星のごとき輝かしい金髪。燃え盛る紅蓮の瞳。整った眉目。炎のような激しさを象徴しながらも、淑やかな歩き姿をしている。彼女こそ、まさにエリザ・ガリアリウス。次期女王候補筆頭の「無敵の焔姫」だ。


「休息に入りますわ。 邪魔をしたらただじゃおかないから」

『えぇーっ』


 エリザは厳しめにそう言って、両手で自室の襖を開けた。


 焔姫に与えられた私室は、旅館のような和室。


 なぜか玄関で、胸に手をあてて立ち止まる。


――な、なんなのかしら。これ。あの時からずっとドキドキが止まらないわ。


 思い浮かべるは魔剣士。輝きを放つ宝具の前で抱き合ったあの瞬間から、気持ちが昂って仕方ないのだ。


――よ、よく分からないけどなんか駄目な感情な気がするわ。忘れましょう。


 ぺちぺちと、自身の頬を叩く。


 靴を脱ぎ、いつも通り彼女を呼ぶ。


「ヴィシュ! ただいま戻ったわ」

「……お帰りなさいませエリザ様。女王様がかんかんに怒っていましたよ」


 エリザが呼びかけると、か細い声がした。襖が空くと――。


 ちょこんと、小柄な少女が正座している。


 静かな翡翠色ひすいいろの髪。尖った耳が特徴的だ。純白の着物をまとうのはヴィシュリア・クロエリッテ。焔姫専属の従者じゅうしゃであり、珍しい種族エルフの最後の生き残り。


「うっ、確かに今回しくじったのはまずったわね」


「無敵の焔姫、敗北か」。その記事が国内に出回るのに時間はかからなかった。国中は大騒ぎ。


「でも、わたくしからの女王様への報告は明後日にするわ」

「えっ」


 ヴィシュリアのか弱い身体が跳ねる。まずい。


「だって明日は、回遊街かいゆうがいに絶品のスイーツを食べに行くもの!」


 始まってしまった。彼女が我儘を言うともう手に負えぬ。


「さっ、早く準備して明日に備えなきゃね!」

「あの……!」


 そう言うとウキウキで風呂場に向かったエリザ。ヴィシュリアはそれを止めない。


「はぁ。私も、女王様も身内に温厚おんこう過ぎますね」


 従者は一つ、溜息をついた。

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