ミシシッピ川の歌声が聞こえる 〜ブルース伝説〜

Crystal Ship

序章

第1話

 2024年10月27日、下北沢はいつもの様に賑わっていた。このちっぽけなはんか街には喜びと悲しみが、怒りと絶望が灯っていた。私は時々通っているブルースバー『下北沢Arte』に一直線に向かった。建物の二階への階段を登ると、断絶された世界がある。私は日本的コンクリート街から、ミシシッピの安酒場へと跳び込んでしまったのだ。バイトのお姉さんにそそくさと2,000円を渡す。この小アメリカの舞台に今、丁度今日のお目当てであるソングスターがいた。男が暗がりのわずかな光をも力強く反射するレゾネーターギターを掻き鳴らすと、夜の色が変わった。もう一度、今度はスライドバーを適当にあてがってかき鳴らすと、時の質感が荒々しく削られた。そして彼はチャーリー・パットンのナンバーを幾つか歌う。舞台上で暴れる様にブルースを吐き出すと、彼は少し緊張気味にバーカウンターに戻って行った。

 店のマスターがこちらに気付いて、ビールを片手に近づいてきた。

「おお、教授、来てたんだ。久しぶり。」

私が変にブルースに傾倒した結果がこのあだ名だ。

「はい。お久しぶりです。いや、最近バンド組むことになっちゃって。なかなか忙しくて来れなかったんですよ。」

「そっか〜。それでバンドって何やるの?」

「ブルースです。」

「ブルースねぇ。最近はプレイヤーめっきり減っちゃったしね。E.C. 止まりのエセブルースみたいなのはまだあるみたいだけど。」

E.C.とはイギリスのブルースロックバンドだが、ブルース好きからは不思議と嫌厭されている。

「そうなんですね。こっちはギターのSって奴がスライド上手くって。エルモアみたいな感じのをやることになりそうです。」

エルモア・ジェイムズ、言わずと知れたスライドギターの神を引き合いに出し、少し格好をつけてしまう。

「そうかい。そうだ、ブルースやるならね、アメリカは絶対行った方がいいよ。」

「ですよね。でも学生の身じゃ中々お金が無くて。」

「そうだよな〜。」

そこでギターを片付けた先ほどのソングスターが来る。

「そう言えばマスター、アメリカ行ったことありますもんね。」

「あ〜、そうそう。俺、ハープのブルースマンだから、シカゴで修行してたの。せっかくだからシカゴで聴いた面白い話、してやるよ。」


「ブルースって言えば今じゃ知らない人はいない、ロバート・ジョンソンっているだろ。なんと彼は最期の曲があるらしいんだよ。」

「最期の曲?」

私は問う。

「そうそう、昔映画のネタにもされたけどね。どうやら死ぬ前日にハニーボーイ・エドワードってハープ吹きとやった曲があるらしい。しかも録音したらしいんだよ!」

「えっ!?じゃあその録音は?」

「それがロバート・ジョンソンが死んじまった翌日には無くなってたんだと。」

「へえ〜。」

「ただ話はそれで終わりじゃない。実はな、アメリカ南部の何処かにはそれがあるらしいんだ。」

「え、どういうことですか?」

「この話をした奴はな、ある夜べろべろに酔っ払ってジャクソンヴィルかどこかの通りで寝てた時にそれを聴いたらしいんだよ!」

「じゃあジャクソンヴィルってどこに行けば......」

「いや、それがな、この話をしたのは老いぼれのジジイだったんだよ。当時の俺も流石に信じれなくて行かなかったよ。」


 この時だ、私が本当にブルースに取り憑かれたのは。

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