ココロ ―YAMI―

木子 すもも

前編

1.


 ――その昔、イエス・キリストは語った。


 『汝の隣人を愛せよ』と――。




2.


 ――ぼくの名前はアダム。

 先日十五歳になったばかりの健康優良不良少年だ。


 まず最初に言っておく。

 ぼくは宗教には興味がない。

 神さまがいるのかいないのか、そんなことはどうでもいい。

 しかし、その昔イエス・キリストが語った、『汝の隣人を愛せよ』という教えには、どこか心打たれるものがあった。


 いつからだろう。

 こんなにも『あの子』のことを考えるようになったのは。


 いつどこにいても、頭の中は彼女のことでいっぱいだ。

 

 ――あの日あの時、彼女の笑顔を見たぼくは、全身に激しい電流が走った。

 今までにない、初めて抱いた感情――。


 『きれい』


 それは、ぼくの心に一つの思いを抱かせた。

 彼女の純白の長い髪がサラサラと揺れる。

 

 そう、ぼくは健康優良不良少年。


 頭の回路が壊れてしまった、哀れで無垢な――業人ごうにんだ。


 狂おしいほどに愛しいキミへ。

 どうかその美しい手で、ぼくの頬を優しく撫でておくれ。

 

 ――人類が心を排除してから、幾星霜。

 ぼくの心は静かに彩りを深めつつあった――。




3.


 ――わたしの名前はイヴ。

 先日十五歳になったばかりの健康優良不良少女だ。


 まず最初に言っておく。

 わたしは宗教には興味がない。

 神さまがいるのかいないのか、そんなことはどうでもいい。

 しかし、その昔イエス・キリストが語った、『汝の隣人を愛せよ』という教えには、どこか心打たれるものがあった。


 最近、わたしの心がざわついている。

 人類から心は排除されたというのに何故?


 わたしの視界には、いつも『あの子』の笑顔がチラつく。 

 

 ――あの日あの時、彼の笑顔を見たわたしは、全身に激しい電流が走った。

 今までにない、初めて抱いた感情――。


 『きれい』


 それは、わたしの心に一つの思いを抱かせた。

 彼の黄金色の瞳がキラキラと光る。

 

 そう、わたしは健康優良不良少女。


 頭の回路が壊れてしまった、哀れで無垢な――業人ごうにんだ。


 狂おしいほどに愛しいキミへ。

 どうかその美しい手で、わたしの頬を優しく撫でて欲しい。

 

 ――人類が心を排除してから、幾星霜。

 わたしの心は静かに彩りを深めつつあった――。




4.


 もしも、彼女に告白をしたら――。

 

 最近はそんなことばかりを思っている。

 しかし、人類は皆一様に心がない。

 彼女の笑顔がいくらどんなにきれいでも、それが本物であるかどうかはまた別の話だ。

 たとえ告白をしても、答えが返ってくることは、まずないだろう。

 そもそも、ぼくはなんで心を持っているんだろう。

 ついこのあいだまでは、ぼくも皆と一緒だった気がする。

 何を見ても、何をしても、ぼくの心が動くことはなかった。

 そもそも心というものが、どんなものかよく分かっていなかった。


 それが気付いたら、こんなにも胸が苦しいという状況だ。


 意味が分からない。


 やはりあの時――。

 ぼくの全身に電流が走ったあの時――。


 彼女を見た瞬間――。


 あそこからだ。

 ぼくの心が動き始めたのは。


 心が動く。


 彼女のことを思うと、胸の真ん中あたりが締め付けられるように苦しくなる。


 何なんだろう。

 この不思議な気持ちは。

 その昔、人類は恋をして、愛を知ったという。

 もしかしたら、ぼくは今、恋をしているのかもしれない。

 それならば、愛というものも知ることになるのだろうか。

 心を持ち始めたぼくには、まだ何も分からない。


 純白の彼女――。

 彼女の名前は、なんて言うんだろう。


 それを考えただけで、何故だか幸せな気持ちになる。

 苦しくなったり、嬉しくなったり、恋というものは、いったい何なんだろう。

 ぼくたち人類の先輩方も、皆こんな気持ちを抱いていたのだろうか。


 ああ、彼女の真紅の瞳が恋しい。

 彼女の瞳にぼくを映して、あのきれいな笑顔がまた見たい。


 どうしてぼくたちは、意思が統一されているのに一つじゃないんだろう。

 意思が統一されているのなら、一つの集合体で良いではないか。

 なまじっか個を有しているから、ぼくのような健康優良不良少年が生まれてしまう。


 ぼくたち人類は、群体の生き物だ。

 それは昔も今も変わらない。

 それならば、いっそのこと、彼女と一つの運命にして欲しい。


 彼女と触れ合いたい。

 彼女がぼくで、ぼくが彼女で、何もかも分からなくなるぐらい、液体のように溶け合いたい。


 しかし、今のぼくたち人類にその術はない。

 神さまがいるのかいないのか、そんなことはどうでもいい。

 しかし、これだけははっきりしてくれ。


 ぼくは彼女を愛しても良いのか?


 誰かが言った。

 愛することは人の罪だと。


 誰かが言った。

 愛することは人の業だと。


 それならば、ぼくはこの気持ちをどうしたらいい?


 愛することが禁忌とされるなら、ぼくは人を捨てる。

 名前も知らないキミよ。


 どうか、この思いを受け取ってくれ――。




5.


 もしも、彼に告白をしたら――。

 

 最近はそんなことばかりを思っている。

 しかし、人類は皆一様に心がない。

 彼の笑顔がいくらどんなにきれいでも、それが本物であるかどうかはまた別の話だ。

 たとえ告白をしても、答えが返ってくることは、まずないだろう。

 そもそも、わたしはなんで心を持っているんだろう。

 ついこのあいだまでは、わたしも皆と一緒だった気がする。

 何を見ても、何をしても、わたしの心が動くことはなかった。

 そもそも心というものが、どんなものかよく分かっていなかった。


 それが気付いたら、こんなにも胸が苦しいという状況だ。

 

 意味が分からない。


 やはりあの時――。

 わたしの全身に電流が走ったあの時――。

 

 彼を見た瞬間――。

 

 あそこからだ。

 わたしの心が動き始めたのは。

 

 心が動く。

 

 彼のことを思うと、胸の真ん中あたりが締め付けられるように苦しくなる。

 

 何なんだろう。

 この不思議な気持ちは。

 その昔、人類は恋をして、愛を知ったという。

 もしかしたら、わたしは今、恋をしているのかもしれない。

 それならば、愛というもの知ることになるのだろうか。

 心を持ち始めたわたしには、まだ何も分からない。

 

 黄金色の彼――。

 彼の名前は、なんて言うんだろう。

 

 それを考えただけで、何故だか幸せな気持ちになる。

 苦しくなったり、嬉しくなったり、恋というものは、いったい何なんだろう。

 わたしたち人類の先輩方も、皆こんな気持ちを抱いていたのだろうか。


 ああ、彼の純黒の髪が恋しい。

 彼の美しい髪を撫で回して、あのきれいな笑顔がまた見たい。


 どうしてわたしたちは、意思が統一されているのに一つじゃないんだろう。

 意思が統一されているのなら、一つの集合体で良いではないか。

 なまじっか個を有しているから、わたしのような健康優良不良少女が生まれてしまう。

 

 わたしたち人類は、群体の生き物だ。

 それは昔も今も変わらない。

 それならば、いっそのこと、彼と一つの運命にして欲しい。

 

 彼と触れ合いたい。

 彼がわたしで、わたしが彼で、何もかも分からなくなるぐらい、液体のように溶け合いたい。

 

 しかし、今のわたしたち人類にその術はない。

 神さまがいるのかいないのか、そんなことはどうでもいい。

 しかし、これだけははっきりしてくれ。


 わたしは彼を愛しても良いのか?


 誰かが言った。

 愛することは人の罪だと。


 誰かが言った。

 愛することは人の業だと。


 それならば、わたしはこの気持ちをどうしたらいい?


 愛することが禁忌とされるなら、わたしは人を捨てる。

 名前も知らないキミよ。


 どうか、この思いを受け取って欲しい――。

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