空降る京
2121
祇園祭の音
帰り道のため息は、一際白く闇に浮かんで消えていく。見上げると空を背景に桜の木があったけれど、花はまだない。あと一ヶ月、いや二週間もすれば花は咲くだろうか。入社式の日にも花が咲いているといいなと思いながら、一人暮らしのマンションへと帰路を進む。
入社してすぐの配属先が、晴れて希望していた京都の事業所になった。しかしながらこの京都という憧れの土地に来たというのに、三月から事前研修はあるし段ボールの荷解きをしないといけないしで意外と時間は無い。それこそ京都らしさを感じれたのは、新幹線で京都駅に着いた日に駅から徒歩でいける西本願寺に行ったくらいで。
不意に上から祇園祭の音が落ちてくる。思わず見上げるもそこにあったのはやはり蕾の桜ばかり。
お囃子の音だ。笛と太鼓の綺麗な音。脳裏にテレビで見た祇園祭の映像が浮かんだが、音はテレビから聞こえる物よりも鮮明で余韻が美しい。
なぜこんな三月に?
音の行方を耳で追うと、おそらくとあるビルの二階から漏れ聞こえているらしい。
どうやら祇園祭自体は七月だが、今の時期から練習しているようだった。前々から練習しているなんて当然のことなのに、この土地にいなければそんなこと頭に浮かばなかった。京都の人は祇園祭を中心に一年を過ごしているなんてことをどこかで聞いたことがあったが、もしかしたら本当のことなのかも知れなかった。
街のらしさはどうやら観光地でしか味わえない訳じゃないらしい。だって私が今立っているのは京の土地。電柱を見ればこの辺りの住所は鉾の名前が付いていたし、手にしたスーパーの袋の中には京野菜が入っていなかっただろうか。気付いていないだけで、京都らしさはそこかしこにあるらしい。
近くに暖かい光の灯るにしんそば屋を見付けて、空腹のままに足を進ませながら改めて思う。
私は京都にやって来たのだ。
空降る京 2121 @kanata2121
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