出涸らし令嬢が全然出涸らしじゃない件。お姉様との婚約を破棄した殿下はわたしがいただきます。
uribou
第1話
「とっても可愛いわ。マーサ」
「えへへ、ありがとうございます」
わたしはカルスオキーフ公爵家の次女マーサ、一〇歳です。
世間では『出涸らし令嬢』なんて言われているようです。
だってクレアお姉様はとっても優秀なんですもの。
わたしは何をやっても、とてもお姉様ほどの域には達しなくて。
でも気にしません。
お父様もお母様もお姉様もすっごくお優しいからです。
ニコニコ笑っていることが重要ですよ、と言われました。
何故ならわたしはカルスオキーフ公爵家を継ぐからですって。
えっ? と思いました。
うちはお姉様と二人姉妹です。
優秀なお姉様が婿を取って家を継ぐべきなのでは?
わたしの考えはおかしくないですよね?
これはまだ内緒なのだけれどと、こっそり教えてもらいました。
何とお姉様は第一王子ヘクター殿下の婚約者になることがほぼ内定しているのですって。
わあ、素敵です!
何事にも秀でているお姉様に相応しいです!
ヘクター殿下と言えばお姉様の二つ年上、わたしの三つ上の貴公子です。
将来王太子となり、さらにスウェルツの王として君臨するはずのお方。
とても凛々しくて優秀と聞いています。
クレアお姉様とはお似合いですね。
出涸らしのわたしはニコニコ愛想をよくして、せめていいお婿さんを捕まえろということのようです。
了解です。
つまり可憐さ、あざとさ、キュートさではお姉様に劣ってはならないのですね?
それだけならわたしにも何とかなりそうです。
スマイルスマイル、と。
◇
――――――――――四年後。ヘクター第一王子視点。
現在までのところ、王立学校における今年一番のトピックと言えば決まっている。
僕の婚約者クレアの妹、マーサが入学してきたことだ。
カルスオキーフ公爵家の次女という高位貴族の令嬢とは言え、ただ入学してきただけのことがどうして大きな話題になるのか?
マーサは目の覚めるような美少女だからだ。
「姉のクレア嬢も美しいですが、マーサ嬢はさらに愛らしいという感じですよね」
「うむ、まさしく」
僕の側近達も大いに頷いている。
確かにクレアとマーサはブロンドの髪色も顔立ちも似ている。
が、雰囲気が違うのだな。
どこまでも淑女のクレアと違い、マーサは愛嬌というものが端々に顔を覗かせるのだ。
見ていると目が離せない。
「マーサ嬢が入学してきて、初めて殿下が評価している意味を理解できましたぞ」
「弟がマーサ嬢と同じクラスなんですよ。羨ましいことに」
「最優秀クラスだろう? 出来が悪いなんてことないじゃないか」
「うん。どうしてマーサ嬢は『出涸らし令嬢』なんて言われていたんだろうな?」
想像はつく。
姉のクレアが僕の婚約者になるから、その優秀さを際立たせねばならなかった。
相対的にマーサを落とした、ということだろう。
要するにマーサは過小評価されていたということだ。
カルスオキーフ公爵家邸でのお茶会で初めてマーサを見た時、衝撃が走ったものだ。
こんな可愛らしい令嬢がいるのか。
天使か妖精みたいだと。
学年は違うがクレアの秀才ぶりは聞いているから、僕の婚約者としてクレアの方が優れているという理屈はわかる。
でもなあ。
クレアは面白みとか可愛げがないんだよなあ。
まあ淑女とはそういうものだと言われれば否定はできないが。
「美少女コンテストも一年生の部でダントツだったんだろう?」
「さもありなん」
王立学校美少女コンテストは、身分関係なくどの子が一番可愛いか、恋人にしたいかという下世話な催しだ。
同学年の令息による投票でランキングが決まる。
家同士の繋がりや婿に入りたいなんて事情が排除されるから、女生徒の素の魅力の順位だという言い方もできる。
美少女コンテストは伝統的に下位貴族の令嬢が強いのだ。
何故なら高位貴族の令嬢は結構なプライドがあったり、淑女らしく澄ましていたりするものだから。
令息側から見てお高くとまった令嬢は、魅力という面では減点ポイントになりやすい。
ところがマーサはどうだ。
カルスオキーフ公爵家という高位貴族の令嬢にも拘らず、ニコニコと愛想がいい。
顔が可愛らしいだけでなく、高位貴族の令嬢にありがちな棘が全く見受けられないのだ。
所作も文句をつけられない程度には美しく、何と言うか、堅苦しいところがまるでない。
伝統的な淑女像ではないのだろうが、理想の令嬢像にピタリと当てはまる。
「マーサ嬢は婿を取るのでしょう?」
「当然だろうな」
カルスオキーフ公爵家に子はクレアとマーサの娘二人だけ。
長女のクレアが僕の婚約者なのだから、マーサが家を継ぐことになる。
事実僕はクレアからもそう聞いている。
が……。
……最近とみに考えることがある。
僕の婚約者はマーサではいけないのかと。
カルスオキーフ公爵家の娘であることはクレアと同じじゃないか。
僕の後ろ盾としては、クレアとマーサどちらが婚約者であっても変わらないはず。
クレアに格別不満があるわけではない。
ただ柔らかみのあるマーサの突出した個性と比べると、どうにも面白みがないのだ。
ドキドキしない。
正直クレアが優れているのは成績だけだろう? という思いがある。
そしてその成績に関しても、マーサが極端に劣っているわけではない。
マーサを婚約者にという考えを真剣に考えてみる。
問題があるとすれば、特に非のないクレアとの婚約を解消することに関してか。
カルスオキーフ公爵家からすると印象は良くないだろうな。
ではクレアに非があればどうだ?
考慮に値する。
側近の一人が笑いながら言う。
「マーサ嬢の婚約者の座は大変な争奪戦になりそうですな」
◇
――――――――――王立学校学期末パーティー直前。クレア視点。
『僕の妃ならば国民的人気も必要なんだ。もう少し愛嬌というものをだな』
『人脈が大事なことはわかるだろう? 交友範囲を広げろ。君の妹でもできていることだ』
『君の仏頂面はどうにかならないのか。マーサを見習え』
最近婚約者であるヘクター様からのお小言が多いのです。
言わんとすることはわかります。
将来の王妃たるわたくしにはカリスマ性というか、魅力が必要であるということは。
最もわたくしに足りていない部分だということも。
一方でわたくしには最高の淑女であることを求められます。
どうしても愛嬌と両立せよということになると難しいです。
また婚約者のある身でありながら交友範囲を広げることもなかなか。
令息との関わりも増えますのでよろしくないのです。
努力しますとは伝えておりますが、どう改善すればいいのか。
正直悩んでおります。
無意識に出そうになるため息をぐっと堪えます。
……考えたくないことですが、ヘクター様はマーサに惹かれているのでしょう。
マーサはとても可愛くていい子ですものね。
もうヘクター様の婚約者はマーサでいいのでは……。
「どうしたんだい? クレア嬢」
「これは失礼を。ウォルト殿下」
第二王子のウォルト殿下は、わたくしと同学年同クラスです。
とてもほっこりした、ちょうどマーサに似た角のない雰囲気の方ですね。
弟や妹の纏う空気感はこういうものなのでしょうか?
「せっかくのパーティーだよ。もっと楽しもうじゃないか」
「はい、あのヘクター様にエスコートを断られてしまいまして」
「ああ、兄上はパーティーの運営で忙しいんだろうな。俺ではどうだい?」
「はい?」
「妹に相手を頼んでいたんだが、折り悪くカゼを引いてしまってね。俺もあぶれちゃったんだ」
肩を竦めるウォルト殿下は独特の愛嬌がありますね。
勉強になります。
ウォルト殿下も水面下で婚約者の選定が進んでいるはずです。
迂闊にパートナーを頼んでしまっては、思わぬ憶測を生みそうということですね?
その点ヘクター様の婚約者であるわたくしなら、誤解されようがありませんから。
「お願いしてよろしいでしょうか?」
「もちろんですとも。未来の義姉上」
うふふ、楽しいですね。
沈んでいた気持ちが上がります。
ウォルト殿下、ありがとう存じます。
◇
「僕はクレア・カルスオキーフ公爵令嬢との婚約を破棄することを、ここに宣言する!」
パーティーも終わりがけに、ヘクター様の唐突な婚約破棄宣言です。
ああ、やはりヘクター様はわたくしへの不満が積もっていたのね。
お妃教育も懸命にこなしていたと思いますのに。
目の前が真っ暗になります。
「理由は将来の王妃たる資質が、クレアに欠けていると信ずるからだ」
わたくしには足りないものがあるのですね……。
かねてからヘクター様に指摘されていた点がグサグサと胸に突き刺さります。
「兄上、それは一方的な見方じゃないかい? クレア嬢は誰もが認めるほど優秀だよ? 資質に欠けたところがあるなんて思えないんだが」
「ウォルト殿下……」
「ウォルトには関係ないことだ。黙っていてもらおうか」
「第一王子である兄上の婚約問題となると、国の一大事だ。少なくとも妃教育担当者と父陛下の意見を容れるべきだと思う」
そうだ、陛下は?
厳しい表情ですね。
王族の発言は重いですから、もうヘクター様の婚約破棄宣言は取り消せないでしょう。
成り行きを見て落としどころを探るのだと思われます。
「ふん、猪口才な言いようであるな」
「兄上の見解はいかに?」
「僕は紳士だから、この場でクレアの欠点をあげつらうなんてできない」
いや、紳士って!
公開婚約破棄なんてこれ以上ない辱めを受けているんですけれど!
でも……。
「クレアは理解しているだろう? 自分に何が足りないかを」
「……はい」
「では婚約破棄に関して文句はないな?」
「……ありません」
ちょっとした悲鳴が上がりますが、これは仕方がないです。
わたくしには魅力が足りないのですから。
「僕の新たなる婚約者は、マーサ・カルスオキーフ公爵令嬢としたい」
ああ、やはりマーサを。
マーサがビックリしたような顔をしていますけれど、とても目を引きます。
わたくしは知っています。
マーサは元から可愛らしかったですけれども、地道な努力で魅力を手に入れたということを。
敵いませんねえ。
「マーサ。僕の婚約者になってくれるね?」
「もちろんです。ヘクター殿下のような凛々しい殿方が婚約者になってくれるなんて、とても嬉しいです!」
――――――――――マーサ視点。
クレアお姉様がヘクター殿下に婚約を破棄されてしまいました。
いえ、最近何となくお姉様の気が塞いでいる感じはしていたのです。
お姉様ほど優秀な淑女は他にいないでしょうに。
可哀そうなお姉様。
「マーサ。僕の婚約者になってくれるね?」
そして『出涸らし令嬢』のわたしにアプローチですか。
将来の王妃としての能力ならば、お姉様の方がずっと上に決まっています。
が、わたしにもいいところはありますものね。
「もちろんです。ヘクター殿下のような凛々しい殿方が婚約者になってくれるなんて、とても嬉しいです!」
「ありがとう。僕がカルスオキーフ公爵家を蔑ろにしているわけではないことを理解してもらえたと思う」
わたしは家族にたくさん可愛がってもらいました。
何故ならわたしはお姉様の出涸らしだったから。
才能に満ち溢れたお姉様は、国を導くのに相応しいのに。
でもお姉様が第一王子のヘクター殿下と相性が悪いのであれば仕方ありません。
ヘクター殿下はわたしがいただきます。
……陛下の顔が怖いですよ。
相当怒っていらっしゃいますね。
ヘクター殿下の婚約破棄宣言は寝耳に水だったのでしょう。
わかります。
大貴族であるうちカルスオキーフ公爵家との関係を考えると、わたしとヘクター殿下の婚約に異を唱えることも正解と言えませんし。
わたしにお任せください。
わたしの身につけた最大の武器である笑顔を見せて、ヘクター殿下に話しかけます。
「つまりヘクター殿下は、カルスオキーフ公爵家を継ぐわたしの婿になってくれるのですね?」
「えっ?」
「わたしの婚約者とはそういう意味だと思っていましたが、違うのですか? 陛下」
いきなり陛下に問うたわたしも相当失礼だと思います。
でも陛下は大きく頷き、わたしの意を酌んでくださいました。
「うむ、マーサ嬢の解釈で違わない。ヘクターとマーサ嬢の望みであれば、ヘクターの婿入り前提の婚約に、予も賛成しよう」
「ち、ちょっと待っ……」
「陛下、ありがとう存じます!」
ヘクター殿下が焦っていますけど、もう遅いです。
お姉様との婚約を破棄するなんておバカなやらかしは信用問題です。
各領主貴族の離反を招きかねません。
ヘクター殿下の立太子の目は消えましたよ。
本来ならばヘクター殿下に罰を与えなければならないところを、わたしの婿にというアイデアを奇貨として陛下が乗ってくださったのです。
お父様の確認を取っていませんけれど、特に反対しないでしょう。
ヘクター殿下を処罰して王家の求心力を低下させる危機を排除したわたしとカルスオキーフ公爵家に、きっと陛下は配慮してくれると思いますから。
まあ、ヘクター殿下が口をパクパクしていますよ。
立場の急変に戸惑っているのですかね。
殿下の腕を取って、ニコッと微笑みかけます。
「殿下のような凛々しい殿方が婚約者なんて、とっても嬉しいです。末永くよろしくお願いいたしますね」
◇
――――――――――後日。マーサ視点。
クレアお姉様は第二王子ウォルト殿下の婚約者となりました。
ヘクター殿下の失脚後、完全に次期王への道はウォルト殿下に一本化されたのです。
近々ウォルト殿下が立太子されるという噂があります。
お姉様はどうかしらねとはぐらかしますが、おそらく間違いないでしょう。
最近お姉様は鼻歌を鳴らしていることがあるんですよ。
きっとウォルト殿下とうまくやれているのですね。
お姉様の優秀さは、やはり王妃であってこそ輝くと思いますから。
よかったです。
わたしも嬉しくなります。
問題はヘクター殿下ですが。
「殿下、あーんしてくださいな」
「あーん」
「おいしいですか?」
「うん」
わたしとラブラブです。
ええ、わたしがうまくヘクター殿下を操縦しないと、国の一大事になっちゃいますからね。
王家やお父様と連携して、上手にコントロールしてみせます。
出涸らしのわたしだって、それくらいのことはできますよ。
ヘクター殿下は自分勝手で子供みたいなところがありますけど、とても優秀なんですよ?
公爵領の開発について画期的な手法を案出し、お父様もその手があったかと驚いていたくらいです。
たくさん褒めてあげたら鼻をピクピクさせていました。
ヘクター殿下ったら意外と可愛いんですから。
「マーサ」
「何ですか?」
「僕は君の機転に救われたのだな」
ヘクター殿下も最初は理不尽の横暴のとぶつくさ言っていました。
でも公開婚約破棄劇から時間が経ち、頭が冷えるに連れ、自分のしたことの影響を把握できるようになってきたのです。
ヘクター殿下ほどの才能があっても、自分を客観的に見るのは難しいのですねえ。
処罰され社会的に抹殺される可能性に気付いたようです。
王家の威信を取り戻すにはそれが一番近道でしたからね。
「クレアには悪いことをしてしまった」
「謝罪は無用ですよ。お姉様は今、とっても幸せなのですから」
「僕が罰を受けるのは当然だ」
「あらあら、罰なんて思わないでくださいな。わたしも殿下が婚約者になってくれるなんて夢みたいです。大変嬉しいのですよ」
「ああ、マーサ。君は素敵だ」
「うふふ、ありがとうございます」
ヘクター殿下に抱きしめられます。
ハンサムで有能な王子様なんて、望み得る最高の婿ですよ?
ちゃんとわたしの手の中で躍らせてみせますからね。
出涸らし令嬢が全然出涸らしじゃない件。お姉様との婚約を破棄した殿下はわたしがいただきます。 uribou @asobigokoro
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