第6話
努力が足りない看守たちが、智が牢屋に新しい鉄を作ったことに気づいたのは、21時18分のことだ。
もう手遅れだ。
19時45分からの自由休憩で、いつものように睡眠時間10分の泉谷智が、ふらふらと高橋巧のところにやってきた。同じ境遇ということで、5分間で知り合いになったのだ。高橋巧は、OK、と言った。そして、共同の穴を掘り始めた。
智は牢獄のの背面にある鉄の一本を、できるだけ静かにもぎ取った。それでも、少しゴォ、と重低音が響く。
知り合いになれた理由は、同じ境遇だったほか、高橋も睡眠時間が30分程度だったので、おんなじ気持ちだったのだろう、2人はすぐに意気投合したのだ。
そして、数万円が入った袋が牢獄に届いた。泉谷一家が「社会復帰の資金」として送ってきたものだ。牢獄の喜びそうな言葉。
努力が足りない看守たちは、鉄が部屋の外から動かせないことに気づいた。泉谷と高橋コンビは、鍵穴を作ったのだが、その鍵がいくら探しても見つからない。なるほどふたりは、まだ、鉄と鉄の間が広い時に牢獄の中へ入って、そこから自分らを閉じ込めたのだろう。
穴を掘り進めていく。地震が起きた。あの伝説の——逃亡者の起震〜刑務所地震〜——だ。
とある看守は「ヒエ〜」と言った。
「ヒェー」と別の看守の声。「やはり祟りだ。来たのか、ついに」
その声を聞いて、地下路では泉谷智がポカンとしている。高橋もポカンとしている。が、それもしばらくの間だった。間も無くそのわけがわかった。
それは、とある看守の一言だった。
「阪村は同姓同名だった」
それでもまだ、泉谷Aはポカンとしている。が、高橋は思い当たるものがあった。
「2009年、武橋望が逮捕された。ま、それもペンネームらしいんだけどな……武橋は、有名な事件の黒幕だったらしいんだ」
高橋は、淡々と語っている。その顔を、泉谷智が淡々と高橋に顔を向け、高橋は、やはり泉谷智を見ている。
「証拠は、俺が盗み見たLINEだ。『サカちゃ〜ん』って書いてあったんだ」
泉谷Aにもその話が大体わかってきた。
「なるほど、その送り主が本物だったって言うわけか」
高橋は、いや違うんだ、と言った。
「なんと本物は、あの武橋と偶然すれ違った時、スマホをスったんだ」
泉谷Aは、呆れて口を開けている。高橋は苦笑いをしながら、「上等だよ」と言った。
「つまり、武橋は冤罪だったんだなぁ…」
感慨深そうに、泉谷Aが言った。夜の中でも風が涼しい時間帯になっていた。
「行くぞ」
「おう」
地下の土管を掘り進めて、土埃や石を後ろにやる。間抜け看守たちは、やはり鉄が抜けない。最前面の鉄は、牢獄の入口の鉄なのだから、固くして当然だ。配慮が、仇となった。
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