第一章 名前を纏う男(2)

彼は、こちらに向かって歩いてきた。

その足取りは重く、まるで見えない何かを背負っているかのようだった。


私は思わず一歩後ずさる。背筋に冷たいものが走り、本能的に頭の中で叫んでいた。

「やめろ!近づくな!」


それでも、彼の歩みは止まらない。


「俺……誰だ……?」

喉の奥から絞り出されたざらついた声が、耳をつんざいた。その瞬間、頭の中が真っ白になり、寒気が四肢に広がる。


視線は彼から離れず、足も動かない。まるで何かに縛られているようだった。


彼がさらに近づいたとき、昏暗な光の中でその姿がはっきりと浮かび上がった。

血の気のない顔。空虚な目。時間にすべてを奪われたような表情。


肌には無数の傷跡が刻まれている。

それらは乱雑に見えて、一つ一つが文字を成していた。


目を凝らして見た瞬間、胸が締めつけられる。


――それはすべて同じ名前だった。「村田一郎」。


彼は目の前で立ち止まった。

動きは遅く、まるで墓場から這い出た死者のようだ。

顔に刻まれた文字が、微かに光を帯びている。その光は冷たく、不気味だった。


「俺の名前を……教えてくれ……」


低くかすれた声が再び響く。その言葉には、絶望と空虚がまとわりついていた。

これは本当に人間なのか。

それとも、何か別のものが、永遠に答えを求め続けているのか――。

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