第6話 緑髪の美少年

しばらくして、リリーは一人の人物を連れて戻ってきた。


「お待たせしましたわ」


光太郎はその人物を見た瞬間、一瞬目を奪われた。


リリーも十分以上に整った顔立ちの美少女だったが、連れてきた相手はそれをも凌駕するほどの美貌を持つ人物だったからだ。


「え、リリー……この子は?」


光太郎が戸惑いながら尋ねると、リリーはにっこりと微笑んで答えた。


「彼にお風呂場を案内してもらってくださいまし」


「えぇっ!?いやいや、その子と風呂だなんて……『彼』……?」



光太郎は自分の耳を疑った。


「ええ、彼はれっきとした男の子ですわ。名前はセリオン」


「……!」


あ然とする光太郎の前で、緑色の長髪を持つ美少年──セリオンが口を開いた。


「リリー……ボク、やっぱり嫌だよ……風呂はいつも一人で入りたいんだ……」


その小さな声に、リリーは悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「ごめんなさいセリオン。私の使用人はみな女性ですので、男湯を案内することはできませんの。行って、案内するだけですわ。彼を浴室まで連れて、使い方を教える。それだけですから」


「でも……」


「……あら、構いませんのよ。断ってもいいですわ。ただし……来年のルビードール家の領地が、もぉっと小さくなっているかもしれませんけどね?」


リリーは悪い笑顔を見せた。


「うう……お父ちゃぁん……ボク、がんばる……」


セリオンは泣きそうな顔で拳を握りしめた。


「偉いですわ。お父上も孝行息子を持って、きっとお喜びでしょう。では、コタロー。行ってらっしゃい」


リリーに見送られながら、光太郎とセリオンは風呂場へ向かうことになった。


「かわいそうに……」


光太郎の呟きは、誰にも届かなかった。


──とぼとぼと廊下を歩くセリオン。


その背中は小さく、リリーとほぼ同じぐらいか、それ以下の背丈で、光太郎とはかなりの身長差があった。


光太郎はその憂鬱な後ろ姿を見ながら、気まずい沈黙に耐えかねて口を開く。


「あのさ」


「は、はいぃ!」


セリオンが驚いて声を上げる。その反応は小動物のようで、光太郎はさらに申し訳なくなった。


「俺、光太郎。巻島光太郎。よろしく」


「あ、あぁ……ボクはセリオン・ディ・ルビードール・ラヴィエール」


「セリオンでいい?」


「いいよ。コタロー……?で、いい?」


「うん」


「よろしく……」


「あぁ、こちらこそ」


セリオンは小さな手を差し出し、光太郎はそれを優しく握り返した。


その温かい握手に、セリオンの緊張が少しほぐれたのか、彼はぽつりと話し始めた。


「……急だったんだ。リリーが部屋に来て、ドアをドンドンドンって叩いてさ。何かと思ったら、自分の召喚獣と風呂に入ってくれって……」


光太郎は目を閉じて軽くため息をついた。


「ごめん……」


自分のせいではないとわかっていても、セリオンの不憫な様子に光太郎は思わず謝った。


「君は、悪くないよ……リリーはいつも急なんだ。何かというとボクんちの領地を人質にして、ボクを脅すんだ」


「あいつ……悪いやつだな」


「でも……感謝してもいるんだ。ストラングス家が援助してくれなかったら、ウチなんてすぐに領地を取られちゃうもの」


「複雑……なんだな」


「うん……ウチ、没落貴族だから」


そんな会話を交わしながら、二人は目的地に着いた。立派な扉の前でセリオンが足を止める。


「あ、ここが風呂」


「そうか。ありがとう、セリオン」


セリオンは控えめにうなずき、光太郎を脱衣所へと案内した。


脱衣所に入ると、光太郎は周囲を見渡しながら、なんとなく使い方がわかった。


「このカゴに服を入れておいて、風呂に入るんだろ?」


「そうだよ」


セリオンが小さく頷く。


「じゃ、早速」


光太郎は迷いなく服を脱ぎ始めた。


「わぁー!?た、タオルを先に取るんだよ!」


セリオンは光太郎の行動に慌てて、リネン置き場からフェイスタオル、バスタオル、さらにもう一枚の中くらいのタオルを急いで手渡した。


「お、サンキュ。この細長いのは?」


「それは顔用。中くらいのは足用で、大きいのが身体用だよ」


「なるほど。細かいのね」


光太郎は言われた通りタオルを受け取り、衣服を全て脱いだ。


「まっ……前くらい隠せよ!タオルを巻くの!」


「はいはい、わかったよ」


光太郎は適当にフェイスタオルを腰に巻いた。そして、準備が整うと扉を開き、セリオンと共に大浴場へと入っていった。


広い浴場には蒸気が立ち込め、温泉特有の心地よい香りが漂っている。


「ここは温泉がずっと流れてるんだ。こっちがかけ湯の場所で、頭や身体を石鹸で洗うんだ。それから、洗い終わったら向こうの湯船に浸かる。それだけ」


セリオンが指差しながら説明するが、どこか投げやりだ。


「まあ、わかったけど……なんで服着てんの?」


光太郎が不思議そうに尋ねると、セリオンは俯き気味に答えた。


「ボクは……入らないから」


「そうか……」


(変なやつだな)


光太郎は首を傾げつつも気にせずに進む。


「役目は果たしたから、じゃあボクはこれで……」


「ちょっと待って」


「何……?」


セリオンが振り返る。


「俺さ、服持ってないんだ。なんでもいいから、着られるものないかな?」


「あぁ……じゃあ、リネン置き場にバスローブがあるから、それを使えば?そのまま部屋に帰る人もいるよ」


「バスローブか……無いよりはマシか。ありがとう。じゃあな、セリオン」


「……じゃあね、コタロー」


すると、セリオンは大浴場を出て行った。

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