第5話 武家の公爵令嬢

 きらびやかな装飾が施された豪華な部屋に、二人の姿があった。少女の部屋である。


 光太郎は部屋の中心に立ち、明らかに不機嫌そうな表情を浮かべていた。一方、少女は背後でゆっくりとドアの鍵を閉めると、一息ついてから口を開いた。


「まあまあ、そんなに不貞腐れないでくださいな。昼間のことは……本当に不運な事故でしたわ」


 その声に、光太郎は顔を上げた。いつもの高飛車な調子を予想していたが、少女の態度はどこか控えめで落ち着いていた。


「……」


 光太郎が何も言わないまま睨むと、少女はふっと微笑み、姿勢を正した。


「改めて、コタロー。昼間の無礼をどうかお赦しくださいませ」


 突然の謝罪に、光太郎は驚き、思わず目を丸くした。


「なんだよ、いきなり……」


「私は武家の娘です。人前で安易に弱みを見せるわけには参りませんの。でも、今はここにあなたと私しかおりませんから、正直な気持ちを伝えたいのです」


 彼女の真剣な言葉に、光太郎は言葉を失った。


「どうしましたの?……ああ、『誠意』が足りないと仰るのですね。いいですわ、ではこれをお受け取りくださいまし」


 そう言うと、少女は自らの指輪と髪飾りを外し、光太郎に差し出した。


「これだけあれば平民の人生500人分は買えますわ!」


「……いらない、そんなもの」


 光太郎は短く返した。


「そんなもの……!?ストラングス家の調度品を……そんなもの……」


 少女は目に見えてしょんぼりしてしまった。


「じゃあ……お前、名前は?」


 光太郎の問いに、少女はよくぞ聞いてくれたとばかりにパッと表情を明るくし、その小さな身体に似つかわしくない豊満な胸を張った。


「エルヴァンディア王国が誇る武家の最高峰、ストラングス公爵家の十三兄弟の末妹!リリー・ディ・ストラングス・ストラルディアと申しますの!」


「……なっがい名前だな」


「では、コタロー。あなたの家名は?」


「家名ってほどじゃないけど、巻島って苗字があるよ。名前が光太郎」


「なるほど、マキシマという家名があるということは、少なくともあなたは平民以上の身分にあったのですね。平民には家名などありませんから。コタローという名前も、可愛らしい響きですわ」


「光太郎だよ」


「コタローでしょう?」


(……こっちの人には発音が難しいのか)


 お互い自己紹介を済ませたところで、光太郎はふと疑問を口にした。


「待てよ……お前、日本語がわかるのか?」


「お前……と呼ばれるのは、いささか雅さに欠けますわね。私を呼ぶなら、ストラングス嬢、もしくはリリーとお呼びください」


「じゃあリリーで。リリーはなんで俺の言ってる日本語がわかるんだ?どこで習った?」


「?……いいえ?むしろ、あなたこそエル語が堪能なようで」


「なんだって?」


「だって、あなたはミアージ先生とも普通に会話していましたじゃありませんの」


「あ……そっか……」


「恐らく、契約の儀式の際に、お互いの記憶が交換され、ここでの生活に必要な知識が、私の記憶からあなたに伝わったのでしょうね」


「記憶が……交換?」


 光太郎は眉をひそめた。


「ええ……締め落とした際に。あなたはよく覚えていないかもしれませんが」


「いや、覚えてるぞ……あの走馬灯みたいなやつ。あれ、お前の記憶だったのか」


「そうですわ。あまり楽しいものではなかったかもしれませんが、学習教材としては十分役立ったでしょう?」


 光太郎は絶句した。彼女が受けてきた厳しい英才教育や、山籠りのような過酷な修行が、脳裏にフラッシュバックする。


「おい……なんだよあの地獄みたいな訓練は……」


「ふふ……それがストラングス家の教育ですわ」


 リリーは微笑みを浮かべたまま大きな胸を張る。その無邪気さに、光太郎はただ肩を落とすことしかできなかった。


「今日はお疲れでしょうし、そろそろお休みになられてはいかがですか……と申し上げたいところですが──」


 リリーが光太郎に一歩身を寄せた。彼女は光太郎の胸元に顔を近づけると、少し鼻をひくつかせた。


「……あなた、少々匂いますわね」


 その仕草に、光太郎は思わず心臓が跳ねる。


(わっ……いい匂い……ミラ姉さんみたいな匂いがする……いや、何考えてるんだ俺!)


「近いし!」


 光太郎は反射的にリリーの肩を掴み、距離を取った。


「あら、ごめん遊ばせ。申し訳ないですが、お風呂に入ってきてくださいまし」


「風呂……?まぁ、確かにトレーニングの後だったし、汗臭いか……」


 そう呟く光太郎に、リリーは微笑を浮かべながら言った。


「少々お待ちを……」


 リリーは部屋の鍵を開けて外へ出ていった。

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