第4話 召喚されて即同居?

ミアージ先生の執務室。


部屋の中央には重厚な木製の机が据えられ、光太郎はその前に座らされていた。机の向こうでは、ミアージ先生が魔法で羽根ペンを浮遊させている。


ペンは宙に浮かびながら、光太郎の話す内容を滑らかに紙へと書き記していた。


「うわ~……」


その光景を、光太郎は目を丸くして見つめる。ペンが宙を舞いながら音もなく動く様子は、現実離れした不思議なものだった。


「ふむ……」


ミアージ先生が軽く咳払いし、書き上げた紙に目を通す。

その仕草に、光太郎は現実に引き戻されたように口を閉じた。


「何か、気になることでも?」


「いや、その……ペンが勝手に動くのがすごいなって思って」


「魔法の基本ですよ。我々にとっては日常の一部ですが……君にとっては驚きでしょうね」


ミアージ先生は柔らかく微笑むと、羽根ペンを指先で軽く弾いた。ペンはひときわ大きく宙を舞い、再び光太郎の言葉を待つように静止する。


光太郎は気恥ずかしそうに頭を掻きながら答えた。


「……まあ、慣れないですけど、面白いっちゃ面白いですね」


「面白い、と言ってもらえるのは光栄です。では、続きをお願いします」


「はい。さっき星の話を聞かれましたけど、俺が住んでいた星は地球です。間違いありません」


ミアージ先生は再び羽根ペンを動かしながら頷いた。


「……『地球』という言葉は理解できる。この星も我々の認識では『地球』と呼ばれている。この世界にも天文学が存在するからね。しかし……」


「本当なんです!信じてください!」


光太郎は身を乗り出し、声を張り上げる。


「私は信じますわ!」


隣に立っていた少女が、当然のように割り込んだ。


「お前はさっきから声がうるさいんだよ!ちくしょう!こんな所に呼びつけやがって!」


光太郎が苛立ちを隠さず怒鳴ると、ミアージ先生は静かに手を上げた。


「あーストラングス嬢……少し静かにしていなさい」


「はい」


少女は髪をいじりながら気の抜けた返事をする。どこ吹く風、といった態度だ。


「さて……コタロー君、その鞄のようなものは?何が入っているのかね?よかったら見せてくれないか?」


ミアージ先生が手元の記録から顔を上げて、光太郎に目を向ける。


「あ、これですか?俺の学校の鞄です。中には教科書とか筆記用具が入ってるんですけど……」


光太郎は足元に置いていたスクールバッグを机の上に持ち上げ、中身を取り出して並べていく。


「どれ……これは……なんと精巧な印刷物だ……!……それに、未知の文字だ……」


ミアージ先生が手に取ったのは、日本の学校の教科書だった。その緻密な印刷に、彼の顔に驚きの表情が浮かぶ。


「それにこの透明な板……これは?何かね?」


「それは下敷きです。ノートを書くときに、こうやって紙の下に敷いて文字を書きやすくする道具です」


光太郎は簡単に使い方を示してみせる。


「では、この棒は?」


「ペンです。ボールペンって言うんですよ。この中にはインクが詰められていて、ほら、こうやって使います」


光太郎はノートを広げると、ペンを使って文字を書いてみせた。その動作はあまりに自然で、ミアージ先生は思わず見入ってしまう。


「……なんという技術力だ」


彼はつぶやきながら手を止め、教科書やペンを眺める。やがて深い息をついて、光太郎に向き直った。


「……コタロー君。君は、もう一つの地球、あるいは、過去か未来からの来訪者だと言いたいのかね?」


「いや、俺にもわからないんです。でも、さっき話した通りで……気がついたら広場に寝かされてて、こいつに首を締められてたんですよ!」


光太郎は隣に立つ少女を指差して睨みつけた。少女は肩をすくめ、悪びれる様子もなく言い訳を口にする。


「だって仕方ないじゃありませんの。どんなモンスターが召喚されるかなんて、こちらにはわかりませんもの。あなたがもしヒトの形をした化け物だったらどうしますの?」


「黙ってろ!」


光太郎が苛立ちを露わにして怒鳴ると、ミアージ先生は静かに手を上げた。


「ストラングス嬢、いい加減になさい……君も落ち着いて……」


「はぁ……」


光太郎はミアージ先生に諭され、怒りをおさめた。


「さて……気がついたら、ということだな。では質問を変えよう。君が彼女に召喚される直前、どこで何をしていたのかね?」


光太郎は記憶を掘り起こすように、眉を寄せて考え込む。


「それは……日本の東京で……」


彼はぽつりぽつりと話し始めた。学校で部活を終えた後、喫茶店「ムーンリリー」へ向かい、ミラ姉さんに会いに行った。そしてコーヒーを飲んだ。その後──。


「……どうなったんだっけ……?」


記憶はその先で途切れていた。何度思い出そうとしても、頭が真っ白になるような感覚が押し寄せる。


「落ち着いて……よく思い出してみるんだ」


ミアージ先生が穏やかな声で促す。


「えっと……俺は学校の部活の後、喫茶店に寄って……それで……」


「ふむふむ、キッサテン……また新しい単語が出てきたぞ。学校や部活動はわかる」


「……駄目です。これ以上、思い出せません」


光太郎は拳を握りしめ、悔しそうにうつむいた。


「……なるほど。いわゆる『召喚酔い』のようなものだろう。通常の召喚獣もこの世界に召喚された際、様々な影響を受けることがある。君の場合も似たようなものだろう」


「はぁ……」


光太郎は深いため息をつき、椅子の背にもたれかかった。少女はその様子を見て、にんまりと笑みを浮かべる。


「気にしなくていいですわ。うふふ」


「どの口が言ってんだ……!」


光太郎が静かな怒りをにじませながら睨みつけると、ミアージ先生は苦笑しながら羽根ペンを再び動かし、記録を続けた。


──事情聴取がひと段落すると、ミアージ先生は羽根ペンを机に置き、光太郎に向き直った。


「よろしい、今日のところはここまでにしておきましょう。コタロー君。部屋を用意させよう。ゆっくり休みたまえ」


「はい……ありがとうございます」


光太郎はまだ混乱が残る表情ながらも、礼儀正しく答える。


「しばし待ってくれたまえ。今、使用人に部屋を頼むからね。どれ、お茶のおかわりでもどうかね」


そう言うと、ミアージ先生は空になった光太郎のカップに再びお茶を注いだ。


「ありがとうございます」


光太郎はカップを手に取り、ひと口含む。柔らかなハーブティーの香りが広がり、わずかに張り詰めていた心がほぐれるのを感じた。


そのとき──。


「コタロー」


少女が不意に声をかけてきた。


「ん……?」


ぶっきらぼうに答える光太郎。


「私の部屋に泊まったら?」


「んんッ!」


光太郎は、もう少しでお茶を吹き出しそうになったが、なんとか踏みとどまった。


「なっ……ストラングス嬢!そんなこと許可するわけないでしょう!!」


ミアージ先生が青ざめた顔で声を上げる。


「だって、本館の寮は全部埋まっていますもの。部屋がありませんわ。私、嫌ですわ。自分の召喚獣が田舎貴族や使用人の使う部屋に泊まるなんて」


「ストラングス嬢……学校にいる間は、差別意識は忘れなさいと、いつも言っているでしょう!」


「『区別』ですわ。品がない連中は嫌いですわ。それこそ差別をするから」


「本館の寮に泊まったからといって、それが高貴だというのは暴論でしょう」


「ですから、私の部屋なのです」


「駄目と言ったら駄目です!年若い男女が一つの部屋でなどと……!」


ちょうどその時、執務室のドアがノックされ、使用人が入ってきた。


「先生、申し訳ありません。本館も別館も離れも全て満室です……しかも離れは現在改築中でして、当面使えません」


「何……部屋がない?そんな……それでは……」


ミアージ先生が困惑する中、少女が勝ち誇ったように微笑んだ。


「話は決まりましたわね。ご心配なく。先生が心配しているようなことは絶対に起こりませんから」


「むむ……」


ミアージ先生は頭を抱えるようにうなったが、使用人の報告と少女の執拗な提案に反論する材料もなく、苦々しい表情で押し黙るしかなかった。


「よろしい、コタロー。私の部屋に参りましょう。広さは十分ですから、窮屈な思いはさせませんわ」


「いや、俺は嫌なんだけど!?なんでそうなるんだよ!」


光太郎の抗議の声は、少女の強引な笑みの前にかき消されるのだった。

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